溜まり場

徳野壮一

第1話

 僕はあるホテルのレストランで、その辣腕を振るい素晴らしい料理を創造し、同僚にホテルのスタッフ、お客様から羨望の眼差しを受けている……ことを想像し、鬼のような料理長に叱られないよう、せっせと手を動かす料理人だ。

 働きはじめて3年目となる今年、世界中でコロナという病が流行した。日本でもその猛威を振るう病によって多くの人が外出を躊躇った。それにより客足が遠のき、僕が勤めているホテルも無論影響を受けた。忙しさが半減し、料理長に叱られ無くなったのは僥倖だが、僕みたいな下っ端はいつ解雇されるか気が気ではなかった。

 意外なことに、僕の勤めているホテルは太っ腹のようで、僕は2ヶ月の間の休暇と相成った。

 料理長に合わなくていいとはこれ幸いと、ゲームを買い込み、家賃が安いく一人暮らしには勿体ないと思うほどの我が部屋で引きこもるつもりだ。

 僅かばかりの休みをもらった料理長は山に入って、狩をするのだと風の噂で聞いた。僕には到底信じられない所業であった。休みを山で過ごすとは……。霊や妖魔といったオカルトを一切信じない僕が、料理長は人間ではなく物の怪の類ではないかと邪推するほどだ。

 休みの時に料理長の事を考えるとは脳の無駄遣いだと、僕は頭を切り替えることにした。

 

 休暇1日目。起床はとても晴れやかな気分だった。午前10時に起きるという大罪も、休みでは許される。しかも後2ヶ月もこの罪が見逃させると思うと世界が輝いて見えから不思議だ。

 優雅に紅茶でも飲みながらブランチでも頂こうかと寝室を出た私は、目に入ってきたその光景に思わず私の目を疑った。


 なんかいたのだ。

 昨日の夜、酒の勢いで女の人を連れてきちゃった。とかならこれっぽっちも問題なく、むしろ手厚くもてなすところだが、僕の目の前にいるのは、おそらく妖怪と呼ばれら者たちが。

 目ん玉が一つしかないおっさん、角があり腰に虎柄の布を巻きつけた赤い肌の——年齢が全くわからないが、とりあえず——おっさん、目と耳と鼻と口がない着物を着た女の人、頭に矢が刺さっており血だらけの鎧を着ているおっさんが、食卓とは別にある座卓の周りに座って和気藹々としていた。

 僕は棒立ちだ。

 料理長に頭を叩かれすぎて脳がおかしくなったのかと思っても不思議ではないはずだ。だって見たことないもの。こんな奴ら。

 僕の気配を感じ取ったのか、妖怪がこちらを向いた。


「あん?なんで人間がいるんだ?昼間だぞ?」と角が生えた赤いおっさんが。

「何々、今日から家で仕事?と書いてありますぞ……」

 一つ目はのおっさんがその大きな目を凝らして、壁に貼ってある仕事予定が書き込まれたカレンダーを見て言った。

 どうやら僕の仕事予定は彼らに把握されているようだ。

「ああん?マジかよ。俺、人間がいると気になって酒が進まねぇよ」

「まぁまぁ赤鬼さん。邪魔なのは分かりますが仕方ないのでおいておきましょう」

 気になるのはこっち!邪魔なのはお前ら!此処は俺の家!

「それより、あの御仁、私達を見てござらぬか?」

「あん?人間が俺達を見えるわけないだろ」

 鎧姿のおっさんの言葉に、角の赤いおっさんがこっちを睨んだ。

 僕は何も見てな風を装って食卓の方に座った。その歩き方が、手と足が一緒に動いているのは、僕が古武道の使い手だからだと、ここに注釈を入れさせてもらいたい。

「ほら普通に座った。気の所為だろ」

「ふむ。私の気の所為だろですか……」

「そうですぞ。それより今日の仕事も終わりましたし乾杯するとしましょう」

「ささ、のっぺらぼうさんも一献どうぞ」

「おお、いい飲みっぷりでござるな」

 僕から視線を外して乾杯している彼らの姿に胸を撫で下ろすも、私は自分の浅薄な行動を後悔した。何故なら、注意しづらくなってしまったからだ。初めから妖怪に強気で「家から出て行け」とガツンと言えば、部屋を出てくれたかもしれないのだ。もしくは僕がガツンとされる可能性もあるにはあるのだが……。何事もなく座ってしまった今、今更見えるだなんて言えない。

 というか、のっぺらぼうがどうやって酒飲んでるのか凄い気になる。

「やはりあの御仁、私達に気付いておらぬか?起きたばかりなのに頭を抱えて座っているだけと思いきや、チラチラとコチラをみてござらんか?奇妙でござる」

 しめた!このタイミングでガツンと彼らに言えば!と立ち上がった。

「そんなことねぇだろ、落武者。まぁもし見えてたら俺の金棒でホームランだかな!ガッハッハ!」

 さて、ブランチの準備でもしますか……。

 僕は体の向きを直角に変え、冷蔵庫に向かった。

 ……断じてビビってはいない。戦が絶えなかった戦国時代より続くと言われている我が流派をもってすれば赤鬼など一撃で沈めることも可能だ。

「いよっ!出ますかな、赤鬼さん自慢の金棒!」

「おお、戦国時代に一万を超える人間を潰したという噂の金棒でこざるか!?」

 ……僕は古武道の使い手として無闇に力を奮わないだけである。



 妖怪達の会話に耳を澄ませながら、ブランチを食べ終えて気づいたことがある。どうやらあの妖怪達は我が家を溜まり場にしているようである。

「おっと、チョコもらい」

「一つ目さんよぉ、そんなに頻繁に食べると人間に怪しまれるだろうが」

 知らなかった。

 毎日少しずつ食べてたウイスキーボンボンが、残りの個数があわなくて、おかしいな、俺が食べたかなと思ってたけど、一つ目が勝手に食べていたなんて……。

「大丈夫ですぞ。バレないようちゃんと計算してあります故」

 一つ目さんはどんな計算をしたのだろうか。

「そういう赤鬼さんこそ大丈夫ですかな?知っていますぞ、赤鬼さんあなたこの前トイレ流し忘れてたでしょ」

「何故それを!?」

 知りたくなかった。

 あのとても臭かったウンコが赤鬼さんが流し忘れたものだったとは……。

 こんな臭くて大きなウンコしたかなと自分の大腸に疑問を抱いていたのが解決したのは喜ばしいが知らない奴のウンコを流していたとは……。

「はっはっはっ!一つ目殿も赤鬼殿も気をつけねばいけませんな!」

「何言ってやがる落武者!俺は知ってるんだぜ!……その……あれ、……あの……知ってるんだぜ!」

 勢いで言ったけど赤鬼さん特に思いつかなかった様子。

「私は知っていますぞ。落武者殿がこの前ゲームデータを消したところを私は見ましたぞ!」

「それはそこの人間が源氏のきゃらくたーを育成しているのが悪いのでござる。確かに拙者、怒りのあまりせーぶでーたを消してしまいましたが、ちゃんと元の状態より進めておいたでござる」

 知らなかった……。

 難しすぎてやるのをやめてたゲームを、久しぶりにやってみたら平氏のキャラが強くなっていたのはそういうことだったのか……。

「それじゃあ何もやってないのはのっぺらぼうだけか?」

「拙者。のっぺらぼう殿が観葉植物の置き場所を移動させているのを目撃したことがあるのでござる」

 そうだったのか。

 うちの部屋がなんだかお洒落な感じになっていたのはのっぺらぼうさんのおかげだったのか……。のっぺらぼうさんがどうやって物を見ているのかが凄く気になるところだ。

 こんなに色んなことが妖怪達の所為だったなら、僕がドジなのも、料理長によく怒られるのも全部妖怪の所為ではなかろうか。

「……………………」

 のっぺらぼうさんは身振り手振りで会話をしているようだった。

「ふむふむ。はっはっは!確かにここの人間は美的センスがありませんからな!」

「ちげぇねぇ!」

 余計なお世話だ!

「のっぺらぼう殿は毒舌でござるからな」

 のっぺらぼうには口どころか舌もないと思うのだが……。

 ていうか本当に人の家で勝手にしすぎではないだろうか。やはり此処は勇気を持って文句の一つでも——

「あ、皆さんお疲れ様でーす」

「お、アマビエ殿ではござらんか!遅くまでご苦労様でござる」

 アマビエ!?家にアマビエが来てるのか!?アマビエが来てくれるのなら今までの無礼も許してもいい気がするから不思議だ。こんなに崇められてるのだから、きっと素晴らしい妖怪に違いない。

「おお!アマビエさん。最近随分と人間達に崇められてるそうですな!」

「あれだろ、人間世界で言うところのアイドルってやつか!」

「もう、揶揄わないでくださいよ赤鬼さん!人間達が勝手に言ってるだけですよ」

「でも病を食べてるのは事実でござろう?」

「ええ。ですけど流石に多すぎですって。病の食べ過ぎて太っちゃった子ばっかでて、今アマビエ界ではダイエットがブームなんですよ。それにほら私、天邪鬼じゃないですか。いや私はアマビエですけどね。慣用句的なアレですから。で、何か食えって差し出されたものは食べたくない、みたいな感じなんで、あれ今日は人間がいるのね?」

 ………………。

「ああ、でもこの人間超静かだから空気みたいなもんだよ。気にすんな。それにほれ、何処かに何処かに行くみたいだぞ」

「聞こえないだろうけど、いってらっしゃい」

「行ってきます。しばらく帰ってこないんで戸締りよろしくお願いします」

「承った」

「ささ、皆さん邪魔者の居なくなりますし乾杯しましょう」

「「「「かんぱ〜い」」」」

「あれ?いま人間と話しませんでしたか?」








「もしもし、料理長、僕です。山へ狩りに行くと聞きまして……ええ、はい……それでですね、僕も狩りについていっていいですか?」

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