師匠と弟子、そして魔の炬燵
月夜桜
恐るべし、炬燵
「ふぅ……」
額から垂れてきた汗を拭い、一息つく。
うん、我ながら良い出来だ。
「し~しょうっ! 何してるんですか?」
「おっと、雅、おはよう」
「おはようございますっ」
後ろから腰に抱きついてきた弟子の頭を撫でて和む。
甘栗色のツインテールを揺らして俺に抱きついているのは、
俺の弟子で、
「はい、これ」
「なんですか、これ?」
出来たての杖を彼女に手渡して説明する。
「俺の系譜ではな、弟子の実力を認めたら師匠から弟子に杖を贈ることになってるんだ。だから、その杖」
「──っ!! 師匠っ、大好きですっ!」
「うわっ」
腰から首に飛び付いてそのまま抱き締めてくる。
君ね、スタイルがいいんだから柔らかい部分が当たってるんだけど?
「ああ、それと──」
机の上に置いておいた紐を手に取り、自然な流れでリボンを取り換えていく。
「うん、似合ってるよ、雅」
そう言いながら鏡を渡す。
彼女は鏡を覗き込み、目を輝かせる。
赤がメインの白縁リボンは、いつも活発な彼女にとても似合っている。
「し、師匠。あの、その、あ、ありがとう……ございます……」
突然、汐らしくなった彼女の頭をぽんぽんと叩き、リビングへと移動する。
「雅~、今日は訓練な~し! シャルも姫芽も出掛けてるし、二人でゆっくりしようか」
「はいっ!」
今は冬。
この世界の中でも北の方に位置するここは、冬になると雪が降り、気温が極端に下がる。
向こうの世界では暖房器具があったから何とかなったが、この世界ではそうでも無い。暖炉はあるのだが、家の密閉が足りていない為、そこら中からすきま風が入ってくる。
そんな気候に耐えられなかった俺と雅は、向こうの世界でお世話になった【炬燵】様を作ってしまったのだ。
冬と言えば炬燵様。
そういう偏見の下、完成させたこの世界唯一の炬燵。
電気の代わりに魔石を使い、加熱する。
炬燵に入った者の体温を計測し、最適な温度に保つのだ。
その結果、生まれたのが──否。生まれてしまったのがこのコタツムリだ。
俺と雅は並んで炬燵の中に入り、弛れる。
「はぁ~~、やっぱり、炬燵はいいですねぇ~」
「そうだなぁ……《飛べ》」
キッチンに置いてある蜜柑擬きを入れた籠に魔術を掛け、手元へと手繰り寄せる。
色のいい蜜柑を一つ手に取り、割る。
「雅~、いる?」
「ん~、いります~。ししょ~、たべさせてください~」
「んー、仕方ねぇなぁ。ほらよ」
ぱくっ。
一欠片ずつ割こうとし、片割れを雅の口に近付ける。
ぱくぱくっ。
……一口で半分も食われた。てか、手ごと食われかけた。
「ししょ~もう半分もください~」
「ダメだ。もう半分は俺の物。食べたきゃ自分で取れ。魔術が使えるんだから」
「はぁ~い」
雅は指を振り、無詠唱で蜜柑擬きを浮かべあがらせる。
……無詠唱って、かなり難易度の高い技法なんだけどなぁ。この前教えたばっかりなのに、もう使いこなしてやがる。
「はぁ、やっぱり炬燵には蜜柑だな」
「そ~ですね~」
段々、雅の声が怪しくなってきた。
「炬燵で寝ちゃダメだぞ」
「わかってますよぅ……すぅ……すぅ……」
「ああ、ダメだこりゃ。はぁ、起きろ、雅。脱水で倒れるぞ」
いくら揺らしても起きない。
机に柔らかほっぺを押し付けてビクともしない。
「……はぁ」
俺は炬燵から出て、可愛い弟子を抱えあげる。
むっ、こいつ、数ヶ月前の健康体重よりも重くなってるな? 流石に甘やかしすぎか……ダイエットさせなければ。
そんな決心を胸に抱き、寝室まで連れてくる。
寝心地を求めるあまり、かなり高い出費だったふかふかベッドに寝転がせて、掛け布団を掛ける。
……何時、この子を元の世界に帰してあげられるのだろう。
俺はそんなことを考えながら部屋から出るのであった。
師匠と弟子、そして魔の炬燵 月夜桜 @sakura_tuskiyo
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