幸せパンデミック

ぽんぽこ@書籍発売中!!

幸せ対策はできていますか?

「最悪だ……、明日からどうやって過ごせばいいんだ」


 春ウララ。

 桜の花びらが舞い、別れからの新たな出会いが起こるこの季節。

 俺はさっそく途方に暮れていた。


 なぜかって?

 俺は今日、晴れて大学生になった。


 ……なったのに、明日からは家で大人しく待機なんだぜ!? オカシイだろ!?

 予備校に通い、好きなゲームも我慢し、苦労してやっと合格したと思ったのに。

 だけど入学式も行われず、さっそく明日からはオンラインで授業と言われた。


 え? こんなの思ってた大学生活と違うんですけど……?

 サークルの勧誘うぜぇ~とか言いながらちょっと可愛い先輩に誘惑されちゃって、新入生歓迎会で「ちょっと私酔っちゃった~、●●君、家まで送ってぇ。私、独り暮らしだから……ね?」とか言われてムフフな展開になるところまで妄想していたっていうのに!

 むしろその為に俺は禁欲生活をしてまで大学生になったんだぞ!?


 それもこれも、ぜぇ~んぶあの感染症のせいだ。

 断じて某有名ブランドの香水のせいなどではない。

 あのとんでもウイルスのおかげで、俺の人生プランが総崩れになってしまったのだ。

 返せよ俺の青春!!



「はぁ~、せっかく彼女でも作って連れ込もうと思ってアパートに独り暮らしまで始めたのに、誰も来ないんじゃただの贅沢な引きこもりじゃん。バイトでも探してみっかなぁ~?」


 だけどどの飲食店もこの自粛ムードで不景気だ。

 正直言ってアルバイトを雇う余裕がある店舗なんてほとんどないのが現状で、ネットで検索した近隣のファミレスやカフェを当たってみたがどこも断られてしまった。


「くっそ、じゃあ家で何してろっつぅんだよ……」


 まだ段ボール箱が生まれた我が城はお世辞にも今から何か始められるような環境に無い。

 せいぜいテレビで昔のアニメを見るかパソコンで調べものをするぐらい。


 今もパソコンのモニターに映し出された『今だからこそできる●●!!」といった見出しのサイトを片っ端から見て暇をつぶしていたところだ。

 だけど家でできることと言っても、料理やDIY、動画配信といった技術のいるものだ。

 ただの普通の大学生としてやってきた俺には別になんの技術も無い、

 せいぜい昔やっていたゲームが得意なぐらいで……



「そういえば、大学受験のために止めてたオンラインゲームがあったな……」


 高校三年間をつぎ込んだ思い出の青春ゲーム。

 オンラインで集ったメンバーと恐竜に似たモンスターを倒しに向かう大人気ゲームだったが、あまりにも時間泥棒でとてもじゃないが受験勉強にならないので親に禁止されてしまったのだ。

 それきり大学受験が終わってもこうしてゲームから離れた生活をしていたのだが。


「確かゲーム機自体は持って来ていたよな? ちょっとやってみるか、どうせ暇だしな」


 そういって段ボールを引っ掻き回し、お目当ての黒いゲーム機を発掘するとさっそくテレビとネットに繋いで起動した。


「いやぁ、この何千回と見たオープニングも久々に見ると感慨深いものがあるな。そういえばあのギルドのメンツはまだやっているんだろうか……」



 俺はいつもギルドと言われる仲良しグループのメンバーと一緒に狩りをしていた。

 他のガチなギルドと違い、緩いルールの下でやっていた所謂エンジョイ勢なのだが、それなりに上手い人もいたりなんかして、楽しくプレイすることができていた。

 俺が受験でしばらくインできないと言ってもギルドのみんなは快く送り出してくれたし、いつでも帰っておいでと言ってくれたイイ奴らだ。


「特にギルマスなんてプレイ動画を投稿してめっちゃ再生回数稼いでたもんな~。あれはもうプロだわ。なんでウチのギルドに居たのか分からんくらいだったし」



 筋骨隆々のスキンヘッドキャラが大剣を使って自分の何倍もの大きさの恐竜を何もさせずにハメ倒すのは爽快だった。……ちょっとモンスターが可哀想だったけど。

 あの人だったら、もしかしたらまだやっているかもしれない。

 いつも夜はオンラインになっていたけど……昼間は仕事をしていたらどうだか分からない。


 たしかギルドのチャットでは会社員って言ってたっけ。

 すごい言葉遣いもシッカリしていたし、ギルドのメンバーをまとめるのも上手かったからきっと仕事もできるんだろう。



「まぁ、いいや。誰も居なかったらソロでやればいいしな……っと、なになに? おうちキャンペーン中? 超凶悪モンスター出現中。倒せば限定武器をゲットするチャンス。マルチ推奨。みんなで協力して倒そう……だって? へぇ、何かイベントやってるのか」


 どのゲーム会社もこの自宅待機を利用して顧客をゲットしようと様々なイベントを開催しているみたいだし、このゲームもそれに漏れず新イベントをスタートしたようだ。


「でもマルチ推奨かぁ……久々にプレイでやるにはちょっとな。……っておいおい、あの人インしてるじゃん! ちょっとチャットしてみよう」



 ギルドが集まる集会所に入ってみると、閑散とした建物の中にポツンと例のスキンヘッドのマッチョが酒場のテーブルでジョッキ片手に座っていたのだ。

 いや、飲み物は能力向上のためのアイテムであって、本当に昼間から酒を飲んでいるワケじゃないんだけど。

 俺はさっそく、彼に挨拶をしてみた。


『おひさっす、ギルマス』

『……? ま、まさか!? 高校生君!?」

『ははは、今日からは大学生っすけどね。……もしかしてギルマスはイベントに参加する予定で?』


 俺のハンドルネームは何の捻りも無く“高校生ハンター”という名前でやっていたので、みんなからは高校生君と呼ばれていた。みんな年上っぽかったし、それで可愛がってくれてたっていうのもあったんだけど。

 それはともかく、話を聞いてみるとなんとギルマスはテレワークの仕事の合間にゲームにインしていたらしい。


『どうしてもソロじゃイベントモンスターが倒せなくてね……この時間じゃ他のメンバーもログインできないし。困っていたところに高校生君が来てくれてね』


 ということで、さっそく俺たちはそのイベントモンスターの攻略に向かった。

 なんでもウイルスに感染して凶暴化したモンスターらしく、何度も発狂して閃光攻撃をしてきたり、プレイヤーにもウイルスをうつしてきたりと厄介な動きをしてきた。


 俺たちは何度もゲームオーバーにさせられ、それでも立ち向かった。


 そして部屋の窓から夕焼けが差し込み始めた頃……。



「やっと倒したぁあああっ!! マジでウイルスうぜぇええっ!!」


 コンテニューのギリギリになって、俺とギルマスはようやくパンデミックモンスターを倒すことができた。

 もうアイテムも尽き、精神的な疲労もピークになっていたけど、ギルマスの鬼神のような剣捌きが華麗に止めを刺した。

 ぶっちゃけ俺なんて囮になって逃げ回るばっかりだった気もする。


 それでも数時間かけて倒せた喜びはひとしおだった。


『高校生君!! ありがとう!! 私一人ではとてもじゃないが倒すことは不可能だった!! 念願の限定武器もゲットできたし、感謝してもしきれないよ!!』


 そんな嬉しいことを言ってくれるギルマス。

 何度も俺がゲームオーバーになったせいでやり直したのに、なんて良い人だ。

 それだけ喜んでくれると、こっちもなんだか嬉しくなるね。


 でもさすがに久々にこんなに集中してゲームをすると、疲労感がすごい。

 もう夜になるし、夕飯の買い出しに行かないといけないな。


 俺も『楽しかったです。これからまたチョコチョコとインするのでよろしくです』と返し、ゲームからログアウトした。



「うぅ~ん、なんか久しぶりにゲームをやったけど楽しかったな。どうせ家にいる時間が増えるし、また始めてみるかな。ギルマスとも約束しちゃったし」


 コントローラーを置いてググーっと背伸びをする。

 すると、隣りの部屋からも何か物音がした。


「うわぁ、やっぱりケチって格安アパートにしたのはミスだったかな。結構物音が響くからゲームも気を付けないと」


 さて、とにかく買い出しに行こう。暗くなってからじゃまたコンビニ飯に頼りたくなっちまうしな。

 机の上のサイフをポケットに入れ、マスクを装着して玄関に向かう。


 カギを片手にドアを開けると、オレンジ色の強い夕焼けがゲームで疲れた俺の目を刺激してきた。


「「まぶしっ! 閃光攻撃喰らった!!」」


「……え?」

「あ……」


 声が被ったと思ったら、さっき物音がしたお隣さんが同じタイミングで玄関から出てきていたようだ。

 しかも同じゲームのセリフを……。


 さらにそのお隣さん。

 メガネとマスクをした綺麗なお姉さんなのだが、なぜかさっきプレイしたゲームのマスコットキャラクターのTシャツを着ている。


「も、もしかしてダイナソーハントをプレイしているんですか?」


 って、引っ越したばかりでこれが初対面なのになんてことを聞いているんだ俺は!?


 しかしそのお姉さんはそのゲームのタイトルを聞いた瞬間、目を光らせた。


「キミもやっているの!? 私もプレイしていてね! 今、新イベントやっているでしょ? ずうっとソロで頑張っていたんだけどダメで……でも私がギルマスやってるところの高校生君って子が協力してくれたお陰でやっと倒せてね!! それで……」


「ちょ、ちょっと待って!? お姉さん、もしかして……スキンヘッドの……?」

「え……? ウソっ。キミ……高校生君?」




 その後、俺たちは一緒に夕飯を買いに行き、俺の部屋でゲームの話で盛り上がりがらご飯を食べた。

 そして日付が変わるまでゲームをプレイした。


 そんな俺たちがゲーム以外でもタッグを組むようになるのだが……それはまた別のお話。


 このウイルスは世の中を混乱と苦しみをもたらしたけど、思わぬところで新しい出会いと幸せを感染させてきたようだ。

 だから俺は、このおうち時間でもっと愛を彼女と感染しあうことにするよ。

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