第26話 十四日目 ハッピーエンド
ーーー日曜日。
塾はいつも通り夕方からだった。
土曜日に息抜きをして、日曜日に学習のペースを取り戻し、平日に集中して取り組むのが悠一の学習スタイルだった。
が、昨日のみんなの様子に今日は勉強が手につかず、駅前の本屋にでも行って参考書でも探しに行こうかと家を出る。
何の気も無しに裕一郎の店の前を通りかかった。
通るときは店の中を周りに気づかれないように覗き見ていた。窓の前には植え込みがあり、夏樹の特等席は奥まっている場所で気を付けていないとよく見えない。夏樹はそこで決まってPCと睨めっこしていた。
今日はそこに裕一郎の姿が見えた。
(あいつ、今自由時間かーーー)
さっと通り過ぎようとしたとき、裕一郎の目の前の席に長い黒髪が見えた。
男の形ではないそれに心臓が早鐘を打つ。
踵を返し、店の中へと気持ちは駆け込んだ。
途端に金曜日の昼休みの光景が頭をよぎった。
夏樹の机の周りに集まるすみれ、と仲間たち。夏樹と茉莉花はいい、恋人同士だから。だけどそのすぐそばですみれが裕一郎に微笑みかけていた。
廊下からその様子を見た時、気持ちが抑えられず夏樹のクラスに入り声を掛けていた。あの衝動が悠一をまたもや襲う。何も考えられず、店の扉に手を掛けた。
「よ、窓から郎が席についてるのが見えたから。って、お邪魔だった?か、な?」
「……俺は、別に」
裕一郎はすみれに視線を向けながら、少し不審な様子で返事をした。
「私は、大丈夫!」
ニッコリ笑いかけてくれるすみれにちょっぴり安心したが、それでもバクバクとした動悸は収まらない。が白々しい言葉を繋げる。
「ごめん。てっきり夏樹と話しているんだと思って」
「あの二人は今日もいちゃラブ中ですよ~。ほら」
といってスマホの画面を俺に見せてくれた。茉莉花のゲーム垢のコメントの羅列が充実したゲームライフを満喫中であることを前面にアピールしていることがわかる。
「これこれ、この画像見て」
一緒にあげられている画像の一枚にさりげなくその場所が夏樹の部屋であろうとわかるものがさりげなく写り込んでいた。
「リア充あるあるだよね~。ほんとなら、許さん!っていってやりたいところだけれど、新婚さんだからね、許してやろう」
うふふ、と邪悪な天使のように笑うすみれは黒いオーラを撒き散らしていたが可愛かった。
「で、二人は今日、何してんの?」
発した声が自分でもとげとげしい言い方だったのがわかり、見ていた裕一郎から思わず目をそらした。すみれは気づいた様子も見せず質問で返してきた。
「悠一は、今日はどうしたの?これから塾?」
「塾は夕方。本屋にでもと思って家を出たんだけど」
「そうなんだ。じゃ時間があるなら一緒にお茶しようよ」
「え、いいけど。いいのか?」
「ん?なにが?」
「だって、二人……」
「全然大丈夫。家にいるのもなんだしと思ってお茶しに来ただけ。時間あるならおしゃべり付き合って」
「光栄です」
「じゃあ、おれはそろそろ仕事に戻ろっかな」
「…せっかくだから郎も話そうぜ」
「いや、お客さん増えてきたし親父に指摘される前に戻るわ」
「そっか」
「付き合ってくれてありがとう、裕一郎くん。じゃあね」
「…ああ」
「バイト、がんばれ。あ、俺、コーラで」
「ああ、かしこまりました~。ごゆっくり、どうぞ」
「俺…、邪魔してごめんな」
「ふふふ、そんなんじゃないよ、全然」
「……そっか」
「気にしすぎだよ、いろいろと、ね」
「いろいろって、なんだよ…」
「いろいろは、いろいろでしょ」
「そりゃあ、気にするだろ。友達だからな」
友達の一体何を気にするというのか。友達の郎のことか、すみれが友達だからか、好きな女の子が友達と二人っきりで楽しくおしゃべりしていたからか、友達がすみれのことが好きかもしれないからか、すみれが友達の郎を好きかもしれないからか、全てを包含した「友達だから」。
「ふーん。ね、そういえば、昨日は残念だったな。一緒にゲームできると思ったのに」
「お前ら、急なんだよ。いきなり今からゲームする、集まれったって無理だから」
「そ?私と禎丞は大丈夫だけどね」
「二人は日常だからな。違うのは、ボイチャつなぐかどうかだけだろ」
「ま、ね。茉莉花から連絡来るまで普通にゲームしてたしね」
「でも、正直俺も混ざりたかったな」
「悠一が忙しすぎるからねー。また今度、一緒にしようね」
俺は昨日、昂輝とその友達と隣の大きな町に出かけていた。高校生になったら出かける約束を以前からしていて、その約束の日だった。
出先で知った、みんなの楽しそうな様子に正直焦った。動揺したし、これ以上ないくらい挙動不審だった、らしい。
頭の中で、どこかのネカフェに駆け込んでダウンロードしてと脳内シミュレーションしては見たもののうまく頭が回らず、時間的にも無理だとようやく悟り、諦めた。のんびり映画なんて見てる場合じゃなかったと正直思ったが、今日のこの約束は俺も行くことが大前提のものだったので、どうしようもない。昂輝と二人きりになった時、俺の動揺した様子をめっちゃ指摘された、恥ずかしい。
だけど、今はそれ以上に動揺している自分がいる。
郎とすみれが休みの日に二人きりで会っていた。いくら平静を装っていてもその事実に飲み込まれてしまう。
朗が運んできてくれたコーラを飲んでひとしきりすみれと、すみれが、話した後、俺は言った。
「店でて、どこかで話がしたいんだけど、駄目かな」
「……ここじゃダメな話ってことかな」
「まあ、そういうところかな」
「…うん、いいよ。どこいこっか」
すみれはなんだか、楽しそうに笑った。その様子を見て俺は少し安心した。少なくとも休日に俺と二人で過ごすことに抵抗はないんだと、そんなちっぽけなことに喜びが湧く。
席を立ちホール内を見渡す。裕一郎の姿が見えないことに少しほっとし、敢えて奥に声もかけずに店を出たが罪悪感がスマホを起動させ、帰るとだけメッセージで送った。
「さて、どうしよっか」
「そうだねー。たぬき公園?」
「この間見てショック受けてたんじゃなかったのか」
「あれは、衝撃の小ささだっただけで、べつに。あ、このあたりでさ、長めのいい所とかってないの?」
「眺め?そうだなー。歩いて行けるところだと、役所が入っている建物の最上階の展望室か、ちょっと歩くけど山の中腹にある神社の境内か、たぬき公園近くの河原とか」
「でたな、たぬき」
「たぬきは出てない。しかたないだろ、小さなまちだし、ここが俺らのテリトリーなんだから」
「うらやましいなぁ、そういう場所。で、どこがロマンチック?」
「…一応すべて、ここら辺の高校生の無料デートスポットだけど」
「デートスポット?では、悠一がデートしたことがない場所で」
「じゃあ、どれでもどこでも選びたい放題だ。なにせ俺は生まれてこの方デートをしたことがない」
「デート、ホントニシタコトガナイノ?」
「ああ、もちろ、ん、?……スミレトダケダ」
「ですよね」
「はい、毎日放課後デートさせていただいております」
「わかってるなら、よろしい。じゃあ、今上げた中で悠一がわたしとどうしても一緒に行きたい場所を選んでもらっても良くってよ」
「だったら、ちょっと歩くけど、神社の境内。靴、大丈夫だったかな」
「スニーカーだから平気。じゃあそこまで索敵ごっこしよう」
「しない」
「えー、なんで。楽しいよ」
「お前はな」
「悠一も楽しくなるかもよ」
子どもの頃、みんなで探検ごっこした町。隠れたり、追いかけたり。車の影や自販機の横に息をひそめて、うるさく吠える犬や長い紐に繋がれた寝てばかりの猫、お化けの出そうな古い空き家に心が躍った。一人で歩く道もみんなとなら違う世界のようにわくわくしたんだ。
その街を、その道をすみれと共に歩く。いつもなら制服姿で隣に並ぶ彼女の私服姿にどきどきと嬉しさがごちゃ混ぜになって、つい見とれてしまう。可愛いトップスだったけど、下がデニムパンツであることに気休めでしかないが、安心したことは確かだ。郎と会うのに、女子力満開のミニスカートなんて履いていたら嫉妬で燃え尽きて灰になってしまうに違いない。
そんな事を考えながら神社に向かう階段を登っていたら「スカートは履かないの?」って思わず言葉が付いて出た。
「履くよー。どっちかっていうとスカートの方が多いかな。今日は、珍しいかもデニムパンツだし。でも、この階段ならパンツでよかったかな。登り切ったら、大の字になってごろんとするー」
「はは。あとちょっとだから、がんばれ。もう、着くよ。ほら」
眼下には自分たちの住む町がすっぽりと収まっている。
ベンチに腰を下ろすとすみれは「すごいね」と声を漏らした。
「まさかこんなに眺めがいいとは思ってなかったー。いま、めっちゃ感動してる。これが私の住む町なんだ」
「そうだな。ちっぽけな町だろ。ほんとにちっぽけなんだ。なのに……」
言葉が続かなかった俺をすみれはみつめてきた。
「思ってることがあるなら、言葉にしなよ。じゃなきゃ、何も伝わらないよ」
言葉の続きを促されたことはわかった。だけど、すみれの想いとは別のことを思い切って伝えることに決めた。きっと今がその時の筈、だ。すみれに向かって座りなおす。すみれの瞳をしっかりと捉えてから思ってることを言葉にした。
「俺、すみれが好きなんだ。一目ぼれ、なんだ。出会ってすぐに告るような奴は信用ならないかもだけど」
俺の突然の告白にすみれは口と目を大きく見開き,二度三度瞬いたかと思うと、ようやく小さな声で、返事を返してくれた。
「私も、悠一のこと、一目惚れ、です」
そこからはさらに至福の時だったのは言うまでもない。
今日にいたる過程を互いに話しさらに距離が縮まった。驚くことにすみれは俺の新入生代表の挨拶の時に一目ぼれしたらしい。「代表やっといて良かったよ」と漏らすと「私のほかにも一目ぼれした子は何人もいると思うけどね」とジトッとした目で見られたがそれすらも可愛い。
「じゃあさ、郎とは、さ…」
「裕一郎くん?ああ、今日?」
「今日だけじゃないんだけど、ね。ごめん俺、焼きもち」
「ヤキモチ焼かれるようなことじゃないんだ。私が皆の過去について知りたがった噂好きな女ってだけ」
「すみれは俺たちの現状に気付いただけだろ。だけどなんで郎?俺に聞いてくれればよかったのに」
「だって、悠一は茉莉花のこと好きだったんだろうなって思ったからだよ。今好きかどうかはわからなかったけど、以前はきっと好きだったのは間違いないって思って」
「……」
「それにちょっと前まで裕一郎くんは茉莉花のことあまりよくは思っていない風だったから、きっと悠一達とは違う視点で物事を捉えてるんじゃないかって思ったし」
「で、郎はなんて?」
「過去のことは悠一がきっと話してくれるだろうって。茉莉花のことは、今はもう嫌ってないし、夏樹くんとのこと心底応援してるって言ってた」
「そっか。郎にはなんでもお見通しだな。じゃあ、俺の口から全部ちゃんと話すよ。ちょっと長くなるかもだし、感情ぶり返しちゃって、まとまらなくなるかもだけど、いいかな」
「うん、聞きたい。ゆっくりでいいから、教えてほしい」
そうして俺は今までのことを全て話した。どうしようもなく格好悪い俺の話とどうかしちゃうくらいカッコいい夏樹、そして一途な茉莉花のことを。そしてそれを見守ってくれた友達のこと。
「俺の後悔が引き起こす行動は、すみれにとって迷惑な行為かもしれないってはわかってる。だけど、あのときの、あんな思いを繰り返したくないんだ。すみれを守りたいと思ってる。だけど、すみれは俺なんか」
「悠一、私もね、そんなに強くはないんだよ」
すみれが射るように、でもどこか切なそうに俺を見た。
「悠一に守ってあげたいって言われたら素直に嬉しいし、めっちゃ喜んでる。もう学校で武装しなくてもいいのかなって」
へへっとすみれは笑った。その姿があまりにも愛おしくて咄嗟に抱きしめてしまった、強く、高ぶる思いと共に。
「お願いだから、俺に守らせて。俺、前に進みたいんだ。好きな子を守れる男になりたい」
「ふふ。私も守られる可愛い女の子になりたい。…でもね、それと同時に好きな男の子を守れる強いパートナーでありたいと思ってるよ」
「ああ、そうだな。すみれとタッグを組んだらきっと最強に違いない」
抱き締めた腕の中ですみれは小さく笑った。
その安心しきった笑顔に俺の胸の奥底で劣情に火が付く。だがその前にもう一つある俺の燻りをなくしてしまいたい。
「なあ、聞いていい?……リックって誰?初デートで、カフェ、いったやつ?ゲーセンで何取ってもらったの?」
「……リックとはゲーセンもカフェも一緒に行ったことないよ。一緒に行くのは主に戦場で、リアルであったこともないし、ましてやデートだってしたことない。リックに取ってもらったのは、ドロップするレアアイテム。そもそも私のデートの相手は悠一で、初デートは悠一といった裕一郎くんちのカフェ、だよ」
一気に捲し立てるようにすみれは言った。なんか最後の方は若干ドヤァ感が見えてすみれの瞳がキラキラしてるように見えた。だけどその様子に俺は胸を撫で下ろした。
「そっか。俺は俺に嫉妬してたのか。俺ってばほんと、かっこ悪い」
「そんなことないよ、妬いてくれて嬉しい」
「俺、夏樹のようにかっこいい演出もエスコートもできないと思う。だけどすみれに、俺が大切にしているってことがわかる様に態度に示したいと思ってはいる」
「ありがと。でも、そのままの悠一を素敵だと思ってるから、ほかの人と比べる必要なんて全然ないからね」
「馬鹿、そんなこと言うなよ。止まらなくなる」
俺はすみれの頬に手を当て顔が上向きになる様に仕向けた。俺の熱にすみれも気付いたのだろう、瞳が潤み震えた。
「悠一…」
「さすがムードメーカーであり司令塔だな。この雰囲気にあらがう術を俺は持っていない」
そう言ってすみれの柔らかくしっとりした唇に自分の唇をそっと重ねた。しばらく重ねた唇をゆっくりと離すとすみれは唇を少し尖らせて拗ねたように言った。
「別に指示出したわけじゃないもん。悠一がそんなこというなら、しないもん」
「ほんとに?キス、したくない?俺はしたくてたまらなかったのに。すみれは俺とのキス、嫌だった?」
「……嫌じゃない」
「俺は気の利かない男だからさ。すみれに従う気満々なんだけど、駄目かな。すみれにただただ奉仕したいよ」
「奉仕って!!私はただ、悠一と同じ気持ちでいたいだけなのに」
「俺と同じ気持ちはすみれには無理だな」
「なんで?私だって同じくらい想ってる」
「だって俺は、今お前のこと押し倒してしまいたいって思ってるからな」
少しばかり意地悪な視線を投げかけてすみれをぎゅっと抱きしめた。俺の胸の中にすっぽりとおさまっている様子は何というか、もう愛おしい。腕の中ですみれが強張った様子が感じ取れたが、そのまま優しく抱きしめた。押し倒すつもりなんてないんだと伝えるために。俺の気持ちが伝わったのかすみれはふうっと息を小さく吐くと俯いたまま聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。
「私だって押し倒しちゃいたいって、思うんだから」
すみれはやっぱり、無双だった……。
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