第25話 十二日目 武装に無双
その声は爽やかな風に乗って流れてきた。
凛としたそれでいてどこか甘えるような不思議な声。教室で何人かの女子の声がするがその中に混ざってすみれの声が聞こえた。
「すみれって、まじのゲーマーなんでしょ」
「びっくりだよね。そんな風には見えない」
「いつからぁ?」
あきらかに蔑んだニュアンスが含まれていることがわかる声色に腹の中が煮えたぎるような感覚がした。ごおっと燃え盛る炎は全身を駆け巡り髪の毛が逆立つような感覚を覚える。ゲーマーの何が悪い。ゲーオタに人権はないのか?今度こそ、今度こそ俺は大切な人を守るんだ。
そう思った一時が出遅れる一瞬を作ってしまったのだろう。
「そうだよー。小さなころからゲーム好きなんだー」
空気を読まないのんびりとした口調にふわりと肩の力が抜ける。爽やかな風は心地の良い温かさをのせて俺の耳をくすぐる。
「ゲーム、みんなもする?楽しいよ」
廊下でがっくりとうなだれる。流石うちのチームの司令塔。流れを作るのに長けている。
「そんなっ、しないよ」
「ゲームなんて」
「そうなの?始めれば、悠一くんとも一緒にできるんじゃないかな。悠一くん、すっごい上手なんだよ。優しいし、慣れてるし。とても紳士的で、扱いが大人。身を任せていても安心できるんだ」
「……っ」
女子たちが言葉に詰まったのが分かった。
だよね、そうだよね。おれもなんか、ドキドキしたもんな。冒頭のゲームって単語を聞いてなければ、勘違いされるよね。俺、とんだスケコマシ野郎だよ。
「ねえ、一緒にする?…ゲーム」
うう、無駄に色っぽい、がこれは俺のせいですみれが巻き込まれたことはわかった。タイミングは遅れてしまったが、ここで、出ていかないわけにはいかないだろう。俺はもう逃げないって決めたんだ、後悔はもうしたくない。
「ゲームって聞こえたけど、どうかした?」
「「「「悠一くん」」」
「みんなもゲームに興味あるの?」
「「「わ、私たちは、そんな…」」」
「俺すみれを探してたんだ。教えてもらいたいことがあって」
「わたしも悠一に用事があったの。教えてもらいたいことって?」
「アメリカの実況者さんの動画なんだけど、聞いててちょっと意味が分からないところがあって。すみれに訳してもらおうと思ってさ、これなんだけど」
「ああ、この人、面白いよね。超絶上手いんだけど、興奮すると早口でまくし立てて変な動きして。でも、それがナイスアシストになったりしてさ」
「そうそう。普段は綺麗な英語なんだけど、途中よくわかんない言葉があって聞き取れないんだ」
「この人たしか、北欧系だったかなんかで、スウェーデン語とか時折混ぜちゃうみたい。英語だと思って聞いてると、イミフになる」
「いま時間あるなら、一緒に見て教えてほしいけど」
「いいよー。どこで見る?」
「どうしよっかなー。とりあえず帰りながら決めよっか。俺んちでもいいけど」
にっこり笑うと、じゃあ、みんなまたね、と女子たちに笑顔で手を振る。すみれもさっきまでの様子はおくびにも出さないでにこやかに「じゃあね~」と教室を出ていく。颯々とした清風のようなすみれの一連の流れに俺は導かれた。
すみれはこの町に来る前、インターナショナルスクールで過ごし勿論英会話は自由自在だ。英語のほかにも何か国語か日常会話程度ならできるらしい。両親が海外に赴任することになって、高校の間は祖父母の元で過ごすことにしたらしい。大学進学は日本にするか、海外の大学を受けるかは今のところ未定だそう。
「助けてくれたんでしょ。ありがとう」
「全然、必要なかったけどな。おまえ、リアルでもどこでも無双だな」
「そんなことないよ。廊下に悠一くんの姿見えたからね」
「安定の観察眼と洞察力」
「日々、鍛錬だと思ってますから」
すみれに言わせればカースト上位になったのは必然。ゲームの為に観察・行動・反省のローテを日々の生活の中で実践していたら、そうなっていたというだけのことだそうだ。
「この学校に入る前はいろんな国籍の人がいたから観察が面白かったし。推測できないこともいっぱいあって。そのおかげでゲーム内上位だわー」
「人生も上位か?」
「人生に順位はないって悠一は思ってるんじゃないの?」
「そうだね。そう思ってる」
「奇遇だね、私も」
二人で肩を並べて歩くのも馴染んできて、さっきまでの強張った体がすみれの笑顔でほどけていく。
「……そういえばさ、昼休み、めずらしく郎のところいただろ?あれって」
「ああ、茉莉花ねー」
「茉莉花?」
「夏樹くんにいろいろやり込められちゃってるから、どうにか仕返ししたいらしいよ。そのせいで纏わりついてる」
にこにこしながら茉莉花たちのことを話しながら、時折心配し、そうかと思えばすみれなりの悪だくみを披露したりして、茉莉花と夏樹のことを気にかけているのが伝わってくる。
「郎はさ、どんな感じなの」
本当は朗とはどんな感じなのかを聞きたかったが、核心を突くのは躊躇われてひどく曖昧な物言いになってしまった俺は情けない男だった。
昨日の「またね」に含まれたニュアンスを感じ取れない俺ではない。俺が気づいたことに気づかない二人でもない。なのに敢えてあそこですみれは「またね」と言ったのだ。意味があるのは間違いない、のに
「夏樹くんのことを気に掛けていることだけは、なんかすごく、わかる。それと、今日はなんか、今までと雰囲気が違った、気がする。どう?」
「どうって?」
「どんな感じって聞くから、悠一の見解があるかと」
「悪い、そんな意味じゃなかった。俺は…、いや何でもない」
「……ふーん、ま、いいか。あ、ねえ、昨日のさ」
すみれは何か言いたそうにしていた。だが俺は決定的な何かになることを恐れて、何も言えなかった。俺のヘタレなのは相変わらずだ。踏み込むことが怖くて何もできない臆病者なのだ。口を噤んだ俺を敢えて無視し、あれこれと話し始めたすみれに俺は安堵の息を漏らした。
このまま楽しくくだらない話をしていたい。ずっとずっと、二人で。
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