第23話 十日目 たぬき公園で
朝、いつもの風景に異物感が。なんか俺、寝ぼけてんのかなと眉間に皺を寄せて異物を見つめる。ソレは無邪気に大きく手を振って大きな声で「おはよう」と叫んだかと思うと俺たちの横に並んだ。
「禎丞。朝からうるさい」
「ええ!酷い。一生懸命早起きしたのに」
「その様子は、遠足の日に張り切って早起きした子どもだぞ」
「さっすが昂輝。あったり~」
「頼む、禎丞。声は小さめで」
「で?なんで早起きなんだ?」
禎丞の登校時間は日によって様々だ。もろに気分。基本的には始業開始ぎりぎりだが、夏樹のように狙ってその時刻毎日定刻ということではなく、いかにも寝坊しました感のぎりぎりセーフ。早く目が覚めたら早く来るし、兎に角起きたら起きたままといういかにも禎丞らしさ全開だ。その禎丞が意思を持って早く登校するということは何かがあったということだ。
「悠一お前、噂になってるぞ。可愛いすみれちゃんと」
「噂って?」
「日曜の夕方、デートしたって」
「…」
「学校でも休み時間とか喋ってるし、一緒に帰ってるし、付き合ってるんじゃないかって」
「……」
月曜日の朝、登校した時から異変には気付いていた。いつもなら寄ってくる女子たちが来ない。きっと日曜日のうちに情報が流れたんだろう。俺は今まで女子たちと遊ぶことはあったけれど、二人きりでは一度だってない。下校すらしたことがない。
日曜の相手はわからず、人数だって不確定。故にデートかどうかもわからない。だけど、俺のあの時の言い回しといつもだったら決してしない遮るように終わらせた会話に女の感は素早く反応しただろう。
そして月曜日、遠巻きに俺の様子を伺っていた彼女たちの前でのすみれの発言が、デートとその相手を確定した。
「昨日すみれちゃんと茉莉花がいなくなってから、お前達の話で女子たち盛り上がってたぞ。俺、何か知ってるか聞かれたし。とりあえず、お前に知らせておこうかと思って」
「…ああ。助かる」
「俺はそのお陰で昨日は女子たちとおしゃべり三昧だったからいいんだけどねー」
「……」
「それに俺もさ、……あの時の二の舞はごめんだからな」
「ああ」
「知ってると思うけど、俺、今、めちゃめちゃ楽しい」
「奇遇だな、俺もだ」
「……」
「え?昂輝、何故無言?のってこいよ、俺もだって。ほら、来いよ!」
「……」
「なんなんだよ、その冷たい視線。はいはい、どうせ俺は馬鹿だよー」
「…禎丞。お前のその馬鹿さに救われるよ」
「昂輝それ、この間も夏樹に言われたような気がする」
「そうだったか」
「ま、いっか。救世主ってことだろ」
「この世界を救う聖女かもな」禎丞の言葉に反応し返す。
「男なら勇者だろ」
「お前らのその発想はやめろ。世界を救うのは音楽だろ」
昂輝の冷ややかなツッコミに笑みがこぼれる。
「ははは、そっか」
「なるほどー、住んでいる世界が違うとこうも思考が交わらないんだな」
気付くと周りは朝の会話が飛び交い始め、一日が動き始め出していた。だけど、俺は動かない。これからはすみれにだけに動くと決めた。だから、ここでこうして友人と楽しく過ごす。もう誰かの為の擬態はやめる。先週までの俺なら、自分から女子たちに寄っていって笑顔を振りまき足場を固めただろうけど、今の俺達には必要ない筈だ。
放課後、すみれの教室を覗く。すみれが何人かの女子と話をしていた。一人、日曜日の模試を一緒に受けた子がいるのに気付いた。茉莉花の姿は見えない。途端に俺の中に焦りが生まれ思わず、すみれに近づいた。
「なんの話してんの?楽しそうだね」
「あ、悠一。タイミング良い。今、丁度悠一のこと聞かれ」
「「「あ、何でもない。悠一くん、何でもないから!」」」
「そう?ならいいけど。今日茉莉花は?」
「委員会だって」
「じゃ、すみれ。一緒に帰ろうよ」
「いいよー。昨日面白い動画見つけちゃって、悠一に送ろうかと思ったけどおっそい時間だったから辞めたんだ」
「すみれからだったら、何時でも平気だよ」
「送ってすぐ既読つかないのも悲しいからいいの。それにこうやって話せたしね。じゃ、みんな、また明日ね」
「じゃあね」と彼女たちに手を振っているとすみれは何の気もないようにさっさと教室を出ていった。慌てて後を追いかける。校門を出て横並びで歩いていると柔らかい風がすみれの髪を揺らした。
「彼女たちになんか言われたんだろ。ごめんな、俺のせいで」
「なんで悠一が謝るの?悠一が私に酷いことしたってこと?」
「そうじゃないけど。俺の彼女たちへの断り方が悪かったからすみれに迷惑を掛けたと思って」
「悠一はモテるから、よくデートに誘われるんだー」
「デート、ではないよ。みんなで遊ぶだけだよ」
「女子と?」
「別に二人っきりではないし、すみれだって前の学校の奴らと誘われたら遊ぶだろ?」
「えー?遊ぶかな?……ああ、遊ぶか、うん、遊ぶ」
自分で投げかけた言葉に帰ってきたすみれの答えに自分の心を抉ってしまった。
「そっか、リックみたいなもんかな?じゃあ、一緒に遊んじゃうね」
ニッコリ微笑まれてしまったが、リックって誰だよ。
「遊ぶって、カラオケとか?ゲーセンとか?」
「悠一は女の子達とそういうところで遊ぶのかー」
「むこうが行きたいっていうから。UFOキャッチャーとか好きだろ?女子って」
「そう?」
「ぬいぐるみとかさ、」
「ああ、なるほどね~」
「なんだよ、ニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「そういえば、私も、私も?どうしても欲しいものがあるってリック達に一緒に取ってもらったものがある。私はそういう女心では勿論ないけど」
「そういうってどういう女心だよ」
「悠一って意外と鈍いの?」
「何でだよ」
「だって。あ、ねえねえ、これ。リック達がとってくれたやつ~」
すみれがスマホを弄っていると思ったら、リックとやらに取ってもらったものを見せようとしてきた。あほか?そんなの見たくない。お前こそ、男心わかってねえよ、とビシッと心の中で叫ぶが表面上は努めて冷静に対応した、つもりだ。
「そんなん、どうでもいい」
「ええ、見てほしいのに。私のとっておき」
「それより、なんかあったら俺に言えよ。俺のせいですみれが嫌な思いするの、耐えられないからな」
「わかった。悠一も私のファンの子に気を付けてね」
「……冗談じゃないところが怖い」
「真剣に言ったからね~ふふ」
「はいはい、俺も真剣に言ったのに。それに。今朝、禎丞にも言われたしな」
「何を?」
「まあ、……今が楽しいってことかな?要約すると」
「要約しすぎ、伝わんない」
「ははは、だよな」
「まあいいや。で、今日は何する?」
「先生にお任せしますよ」
「ふふ。じゃあさ、たぬき公園に行きたいな」
「いいけど、なんで?」
「茉莉花が良く話してくれるから、気になって」
「すっげーちっちゃな公園だぞ。今はブランコとベンチしかない」
「いいのいいの」
「ふーん、いいけどWI-FI環境はない」
「当たり前じゃん、馬鹿なの?」
「特進クラスですが、なにか?」
「頭のいい人の発想はヨクワカラナイ」
「お前がゲームしたいかと思って」
「別に。こうやって悠一と話しているの、楽しいよ」
「お馬鹿な会話ですがね」
「ごめんごめん」
「可愛いから許す」
「そんなこと言ったら、悠一は許されっぱなしの人生じゃん」
「俺のこと、可愛いって思ってくれてるんだ」
「イケメン、でしょ」
「イケメンだと思ってくれてるんだ」
「その顔は、九九.九%の人がイケメンって言うよね?好みかどうかは別として」
「好みでは、ない?」
「顔は、好み、だよ」
「顔は、ね」
「ねえ、何でそんなにツッコむかな」
「何でだろうね。あ、ほら、たぬき公園」
「あれ?ちっちゃ」
「だろ。子どもん時はめちゃくちゃ広いと思ってたんだけどな」
小学生の時はこんなちっぽけな公園に何人も集まってゲームしてたっけなと眺めていたたら、すみれが入り口の公園の文字に気が付いて衝撃を受けている。だよね、周りがあれだけ言ってたら、たぬき公園が正式名称だって思うよね。入り口傍の自販機に歩いて行って、すみれに呼び掛けた。
「何飲む?」
「あ、いいよ。自分の分は出す」
「知らないの?今うちの学校でバズってる『高一普通問題』」
「……知ってる。じゃあ、お言葉に甘えて今日はご馳走になる」
「うん。自販機くらい奢らせてよ。いっつもすみれ、自分で払うんだからさ」
「あの『高一普通問題』は波紋を呼ぶよね」
「ああ、金のない男子にとっちゃいい迷惑だろうな、っつか普通は金がない。夏樹がおかしいんだ。で、コーラ?」
すみれは頷いてコーラのボタンを押した。ファストフードでもコーラばっかり頼んでいる。俺も合わせてコーラにした。飲み物にこだわりはもうない。冷えたボトルを持って、ベンチに腰を下ろした。キャップを回して、プシュッと炭酸が弾ける音が耳に心地いい。炭酸って爽やかだなー、青春って感じがするわーとお馬鹿なことを考える、俺、馬鹿だからな。
「ここで、みんなでゲームしてたんだね」
「…ああ。昔な」
「みんな、可愛かっただろーなー」
「ああ、とびきり可愛かった、昂輝が」
「だよねー。今ようやく中性的だもん。昔は絶対女の子のように可愛かっただろーねー」
すみれの言葉通り、昂輝はイケメンという括りではなく美しいといっても過言ではない。小さなころは女の子に間違われるくらいに愛らしかった。今は毎朝髭を剃ると言っているが、信じられない。
「茉莉花に聞いたんだけど、悠一、本当は毎日塾があるんじゃないの?ここのところ、私付き合ってもらっちゃってるけど、大丈夫なの?」
「ああ、塾は大丈夫。元々、ほとんどが自習室利用しに行ってるようなものだから」
「目指すところがあるなら、余計に心配なんだけど」
「目指しているところはあるけれど、自習室に毎日行ってたのは違う理由だし」
「ねえ。聞いちゃダメかな。その理由」
「…俺の腹黒さがバレるから言いたくない」
「腹黒、いいんじゃない?クラスの女子たち、夏樹くんのこと腹黒?ドS?キャーって」
「それはどうかと思うが。…俺、せっかくすみれと仲良くなれたと思うのに、嫌われたくないよ」
「んー、きっと、嫌いにならないと確信してる。今は私の推測の域を出ないけど、でもきっと、嫌いになんてならない」
「でも確実に俺の腹黒さがバレる」
「それはもうバレてる。だって、あんな笑顔、腹黒以外の何者でもないじゃん」
「俺の最上級の笑みにそういうこと言うの、お前だけだぞ」
「みんな、何で気が付かないのかなー。わかりやすいのに。ね、だから大丈夫」
「ナニガ大丈夫かは知らんが。まあいいか。これで嫌われても自業自得だしな」
「ゼッタイニキライニナンカナラナイ」
「はいはい、あーー、マジだせえからな」
「ダサいのも腹黒いのも大丈夫」
「……、まあいいか」
俺はぽつりぽつりと話し始めたが、最後は堰を切ったように感情が溢れてて言葉が流れた落ちた。
「中学の頃の人間関係は、いっときのものだと思ってたからさ、構築する気がなくて自習室に逃げ込んでたんだ。勉強もスクールカースト上位にいるためだけのものだったし、そのうちに、この学校入るならトップ目指そうと思って」
「入学式、新入生代表だったもんね」
「ああ、この学校で居心地のいい場所を作るために必要だと思ってたんだ」
「何がそう悠一に思わせたの?」
「……中学の時、好きな子がいたんだ。その子は俺と仲がいいからって、女の子たちに嫌がらせをされたんだ。その子はほかの奴のこと好きだったのに、そのせいで二人の仲も裂いてしまった。俺はその子をそいつらを守ってやれなくて。
……それが俺の後悔。
だから、俺はいつかそれらを取り戻そうと思って。ほかの誰にも何も言われないくらい上り詰めようと思ったんだ。その為に必要以上に周りに愛想を振りまいたし、気も配った。それで何が変わったかと言えば何にも変わってないだろうし、あいつらには迷惑でしかないだろうけど、お馬鹿な俺にはほかに方法が思いつかなかったんだ。
……俺がヘタレで呆れた?」
「まさか。どんな悠一でも大丈夫っていうアホな自信が私にはある」
「流石、先生。偉大なる御方」
「もうっ。でも、わかったような、わからないような」
「結論から言えば、塾は毎日行くのは義務ではないってことだけ。そりゃ、行きたい大学があるから勉強はするけど、放課後毎日を費やそうとは考えてない。折角イケメンに生まれたし、普通の男子高校生らしく青春を謳歌したいと考えてはいる」
「悠一の普通って何?」
「でたな、『普通問題』。はは、俺の中の今年の流行語大賞だよ」
「まだ四月です」
「でも、ノミネートされてもいいよね」
「腹黒もドSもノミネートされるのでは?」
「ううっ、今後の展開に期待する。腹黒は嫌だ」
「事実ならば仕方ないでしょう」
「……すみれはクールビューティーだな」
「誉め言葉ですよね?」
「エエ、モチロン」
「それで?」
「……ああ、俺の普通は、さ。好きな子のしたいことに付き合うってことかな?好きな子が好きなことしてるの見てると楽しいし、幸せな気分になるよね。俺はそれぐらいしかできないな」
「それができればもう十分でしょ?」
「いや、夏樹の」
「夏樹くんは夏樹くん、悠一は悠一、でしょ。人と比べるの、ダサい」
「……すみれは、かっこいいな」
「そうかな?ありがとう」
「うん、なんかスッキリした。聞いてくれてありがとう」
「こっちこそ、その、言いたくないこと言わせちゃって…」
「ばーか。そんなこと言うなよ。俺が話すと決めて話した、それだけだ」
「うん、わかった。話してくれてありがとう」
駅まですみれを送っていった。部活終わりの生徒たちと途中何人も出会ったが、もう気にもならなかった。俺は、俺のままで過ごす、そう決めたから。
横を歩くすみれの長い髪が風に誘われ、空を舞う。靡く髪に春の香りがして俺はくすぐったい気持ちになった。
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