第22話 九日目 腹黒イケメン



「おはよう」

「はよ。昨日楽しかった」

「そうだな、あの、久しぶりの感覚に、なんか、笑えた」


 昂輝の返答に頷いた。昂輝も同じように思ってたんだと気持ちが安らぐ。


「禎丞の安定のくだらなさに力が抜けたし」

「そうだな」


 昨日の禎丞ネタを話しているうちに校舎が少しずつ動き始めた気配がした。周りに気を払うこともせず昂輝とそのまま話していたら裕一郎がやってきた。おはようと声を掛ける。そこまではいつも通りだ。だけど今日はそのまま裕一郎にくっついて行ってみる。後ろから何も言わずに昂輝が付いてきた。

そのまま裕一郎としゃべりながら教室に入って、夏樹の席に目をやる。そっと夏樹の机に触れながら、息を吐くと荷物を置いた裕一郎が戻ってきて夏樹の席の周りでそのまま喋りこんだ。

しばらくすると、すみれと茉莉花がやってきた。


「おはよう」


「おはよう。珍しい所でしゃべってるね。昨日も、なんか最終的にみんなでご飯食べたって聞いたけど!」


「ああ、めっちゃ盛り上がった、禎丞が」


「デスヨネ」


「ま、そうだな」


「いいなー。私もそこに加わりたかったなー。ね、すみれ?」


「下ネタバンバンの男子会だから駄目だ」


「それはそれで面白そう」


「すみれってば~。ってか、えっ!昂輝って下ネタ話すの?」


「禎丞が」


「デスヨネ」


「小学生並みのな」


「デショウネ」


「進歩のない」


「……でも進歩のないとこに、変わらない空間に加わりたかったな」


「これからはいつだって、いくらでも、だろ?」


「イイエ。俺はもういい。うんざりしてソッコー帰った」


「昂輝ってば、酷い」


「俺は成長してるからな」


「ふふふ。そうだね。じゃ、成長したみんなと。ね、すみれも一緒に遊びたいよね」


「私は昨日の茉莉花との女子会も楽しかったよ~」


「すみれ、可愛い~ありがとう~~っ」


 女子二人がじゃれつき合ってるのを俺は目を細めてみていた。が、それまで楽しそうに聞いていたすみれが「幼馴染っていいね」としみじみといった。

その後ろから「茉莉花の幼馴染はイケメンのその二人だけだけどな」と夏樹が小声で言った。

「おはよ、夏樹」といつも通り声を掛け昨日のお礼を告げると夏樹は「カツアゲだ」といい始めた。照れ隠しだなと夏樹のそういうところが相変わらずで、学校でこうしている時間が長く続けばいいのに、と思った瞬間、無情にも始業のブザーが鳴った。


 夏樹、もっと早くに学校来いよ。


も少ししたら夏樹にそう告げようと思ったけれど、どうせ言ったって早くなんて来てはくれないことはわかっている。茉莉花が言えば来るかな?

んー、茉莉花でも無理かな?思考を巡らしながら俺は教室へ戻った。



 昼休み、すみれと茉莉花の教室を覗くと禎丞が話しているのが見えた。すみれたちは楽しそうだ。期待を裏切らない禎丞の行動ににんまりとする。そのまま廊下にいると昂輝がやってきた。何も言わずに窓際で二人凭れかかっていると禎丞の通る声が風に乗って時折やってくる。歓声を上げる黄色い声に混ざってすみれの若干低めの声が耳に心地いい。学校生活ってこんなにも楽しいものなんだ。昂輝と二人で並んで、何も言わないで、穏やかに時が過ぎる。先週までの囲まれた俺は、所詮擬態だからな。今こうしてぼーっと天井を見上げているのが楽だったし、それが素の俺だった。

 午後の始業のブザーが鳴った。俺は壁から背を離し「じゃあな」と昂輝に声を掛ける。昂輝が「なあ」と発したので視線を真っ直ぐに向けると


「これからは、お前自身のことを考えて動け」


 昂輝が真剣な眼差しで言った。


「そうだな。とすると<動かない>が俺であるわけだが」


「それもいいんじゃねえの」


 昂輝はあっさりと背を向けて行ってしまった。昂輝の俺への助言はいつだって的確だ、何でもお見通しってぐらいに、。俺って傍から見ると単純馬鹿で分かりやすいのかな。だけど、腹は決まった。動かない俺を選択し、俺は動く。すみれと過ごす未来を想像して。


 午後の授業が長く感じられた。こんなに放課後を待ち望んだことがあっただろうか。





 放課後、すみれの教室を覗く。女子たちは昼休みの余韻が抜けきらないようで茉莉花の周りできゃあきゃあ騒いでいた。


「すみれ」


 教室の入り口から名前を呼んだ。振り返ったすみれが席を立ち俺の元へ小走りで駆けてくる。馬鹿だな。こんなことが単純に嬉しい。にやけそうになるゲスい口元を引き締めにっこりといつもの笑顔を作ったら近寄ってきたすみれが「作り笑いが引き攣ってますよ」と口元を俺の耳元に寄せて小声でささやいた。

その様子にクラスの視線が突き刺さったが、すみれは背を向けていたので知る由もない。勿論女子だけじゃなく、男子生徒も俺を睨んでいる。しかも、カースト上位勢からオタ系グループまで。すみれのキャラを考えたら当然のことだが、今この視線を利用しない手はない。俺もそのまますみれの耳元で小声で話した。


「今日って、帰り、茉莉花と一緒?予定なければ教えを乞いたいけど」


「教えて差し上げましょう!茉莉花は今日、夏樹くんと帰るって」


「じゃあ、すみれがみんなとの話が終わるの自分の教室で待ってるね」


 そう言って素早くすみれから離れる。すぐに廊下を歩き始めるとすみれの大きな声が廊下に響いた。


「今すぐ悠一と帰るから!ソッコー支度するから待ってて!」


 振り返ってすみれを見る、が姿はもうなく代わりに廊下にいた生徒たちの視線を一身に浴びた。急いで出てきたすみれに俺は俺自身の最上級の笑顔を向ける。

俺の表情を見て周りが反応し、俺は手応えを感じた。こうやって周りから足場を固めていく。俺がすみれを好きなのだと周知させる。そして、すみれの無邪気な発言を利用してすみれは俺のものだと思わせるのだ。

ゲームに誘えばすみれはのってくるだろう。ほんのちょっとの時間も惜しむこともわかっている。こんな計算高く腹黒い俺を不快に思うだろうか。


 さっきと同じ様に駆け寄って俺に近づいたすみれはまたしても耳元で囁く。


「そんな蕩けるような腹黒い笑顔、私には必要ないですよ」


 ふふふと笑ってすみれは先に行ってしまった。

早く早く、時間がもったいないよと言いながら。

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