悠一の初恋
第15話 失恋
気が付いたときにはもう、茉莉花のことが好きだった。
元気で明るくて、頭もいいし運動もそれなりに出来る。そして、俺と一緒でゲームが好きだった。
自慢じゃないけど、小さなころから俺はモテた。バレンタインに義理チョコは山のようにもらったし、その中に本命チョコもいくつか入っているのが常で、だから逆に女子のことを特段意識したことはなかった。
ませた女子よりも男同士遊ぶことが楽しかったし、ゲームをして得る達成感が好きだった。
ゲーム好きが集まって遊んでいるうち男と対等に格ゲーやシューティングをする茉莉花が気になり始め、いつの間にか目で追っていた。だから気づいてしまった。茉莉花が誰を好きなのか。そして茉莉花の想い人もまた、茉莉花のことを好きであろうことも。
だけど、思春期の幼い同級生はなんてことなくで罪を犯す。
目の前で茉莉花と夏樹が傷ついていくのを俺はただ見ているだけだった。俺は弱虫だった。何がカースト上位だ。思春期の危うさは十分知っている。俺は自分を自分だけを守った。
二人が接点を持たなくなって、最初に思ったことは、こうしているうちに茉莉花は俺のことを見てくれるかもしれない、夏樹がいない隙に近づけば、好きになってくれるかもしれないという卑怯でどうしようもない屑な考え。
だけど、茉莉花は変わらずいつも夏樹を目で追っていた。見ている俺が切なくなるほどに。
どうしようもないほどの自分の浅ましさを知った俺は、何があっても茉莉花に今後自分の気持ちを伝えることはしないと誓った。そして、茉莉花の為に俺は行動しようと決めた。
幸い、二人とも互いのゲーム垢は知っている。
茉莉花は今、何のゲームが好きとか推しは何のキャラだとか話を振ると、夏樹は言葉にはしなかったが茉莉花の呟きは見ていることがわかった。
問題は夏樹がほとんど呟かない。もともと性格的に自分をアピールすることはしない奴だが、趣味と実益を兼ねたプログラミングが忙しいらしく、学校、ゲーム、アプリ開発ローテの日々で、誰が見る事かもわからないSNSなんて興味がないようだった。茉莉花がチェックしてるのに、と何度言いかけたことか。仕方なく、茉莉花に不自然じゃないようにこっそり教えておく。
「この間、裕一郎と夏樹とこのゲームで遊んだんだ」
「裕一郎が嵌っているゲーム、夏樹は苦手らしいよ」
茉莉花はその度に嬉しそうな顔をする。俺の苦しさなんて知らないで。でも、俺は茉莉花の為に茉莉花が幸せになるなら、胸の痛みも我慢できた。そしておれはカースト上位のなかでもさらに上位へと君臨し続けた。俺の一挙手一投足に関心が集まるように。俺の発言が周りに影響を与えられるようにと。
それがいつか二人を救うことになればいいとそう思っていた。
実際には強いきずなで結ばれた二人は、俺の助けなんて必要なかったけれど。
そうしているうちに、いつしか俺の胸の痛みも小さくなっていたことを知った。茉莉花が切ない表情で夏樹を追っていても、二人の幸せを心から願っている自分に気づいた。それと同時に互いにまだ思いあっている二人が羨ましかった。
高校に入学して真っ先に始めたことは、夏樹への声掛け。
他人と必要以上にかかわらない夏樹は始業開始ぎりぎりに登校する。それを廊下で待っていて声をかける。さりげなく友人であることを匂わすためだ。違うクラスになった親友の昂輝と話すにも丁度いい。
毎朝、「おはよう」とだけ声を掛ける。
初日の夏樹の反応は、面白かったな。ギクリとした表情で、ちらっとこっちに視線を投げかけてきた。「なんで?」と言わんばかりに。その後、「ほっといてくれ」といった表情で無言で教室に入っていった。だけど、真面目で優しい夏樹は次の日から小さく「うっす」と返してくれた。オンラインでの夏樹の挨拶と一緒だ、普段通り。
そもそも、夏樹は大勢の人の中にいるのが苦手なだけで、少人数であればなんら問題はなかった。容姿だって悪くなく、頭も理系教科は素晴らしく良い。数学に関しては俺よりできる。化学は記憶力重視の中学の学力レベルでは興味がわかないと言い、英語は外国人とゲームしたいからと独学で覚えた。運動だって、「最後に勝つのは気力と体力があるやつだ」と帰宅部なのに家に帰ってからジョギングや筋トレに余念がない、好きなことには全力投球な真っ直ぐな奴。
なのにあの日以来、顔を隠すように髪の毛を伸ばし、敢えて陰気な雰囲気を作り出したように思えた。それが夏樹なりの茉莉花を遠ざける、いや、守る方法だったのだろう。
だけど、これからはそうはさせない。高校に入学したてのこの時期が肝心だ。俺は、夏樹と茉莉花の本当の友達になりたいんだから。俺の勝手な自己満足だけど、俺の好きにさせてもらう。
そうして、俺は知った。
あの日、久しぶりにも拘らず、昔と何ら変わらない二人のやり取りを。二人の距離を。二人の溢れんばかりの喜びを。楽しそうに話す二人を見て、自分の恋が完全に終わっていたことを知った。そして、安堵したのだ。二人を心から応援できる自分に。
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