第10話 三日目 普通の高校一年生



 いつも通り、HR開始時刻ぎりぎりに学校に着く。自分の教室がある階にたどり着くとどこか違和感を感じた。なんだろうか、何かがいつもと違うけど、と訝しみながら自分のクラスに向かう。扉をスライドさせ自分の席に目をやって、そこで初めて違和感の正体に気づいた。

 なんで、そこにいるんだよ、と心の中でぼやく。

 見れば悠一が、夏樹の机に浅く腰掛け裕一郎と話している。その脇には昂輝が立っていた。そして、茉莉花とすみれちゃんも。呆れたように声をかけるが、そのまま夏樹は自分の席に座った。



「おはよ、夏樹」


「昨日のお礼を是非お伝えしようと思って」


「ソンナオキヅカイケッコウデス」


「オンラインじゃなく集まったのは久しぶりだったから、楽しかったな」


「裕一郎も一緒に飯食えたしな」


「ソウデスネ」



「あんなにいっぱいご馳走になっちゃって」


「うちの店としても有難かったし一石二鳥」


「カツアゲダ」


「なに、照れてんの?」



「あんときの俺は冷静さを欠いていた。よく考えればカツアゲだったと気づいたのに」


「どこがだよ」


「お前が禎丞を呼んだんじゃねえか。だからああいうことになった」


「酷い。超俺様理論」


「また一つ、俺様伝説を作ったな」


「えー?カツアゲって何の話???」



 そこでチャイムが鳴って、茉莉花や悠一達は話し足りないと言いながら自分のクラスへと戻っていった。



 放課後、いつもなら真っ先に教室を出ていくのに夏樹は座ったまま動けずにいる。



  明日は一緒に帰ろうね

  夏樹の教室に行くから

  待っててね



 昨晩、茉莉花からメッセージが送られて来たからだ。

待ってろったって隣のクラスなんだから、覗いてさっと帰ってしまいたい。だが待てよと思い直した。

茉莉花が友達に囲まれているなら、声を掛けたくない。茉莉花が気づいてくれればいいが、もし気付かなかった時のこと考えると。

うん、教室でおとなしく待ってよう。教室には何人かの生徒が残っておしゃべりしたりじゃれたりしている。青春だね、と遠い目をしてイヤホンを装着、机に突っ伏す。とりあえず睡眠確保しようとうとうと眠りかけた瞬間、「お待たせ」とイヤホンが抜き取られた。



「ごめんね。すぐ来られなくて」


「大丈夫」


「ねえ、昼休みにさ、禎丞が来たよ」


「なんて?いや、大体予想は着く」


「今朝のカツアゲ問題ね。そのせいで、今またみんなに夏樹が普通じゃない問題が持ち上がって」


「なんだ、それ。しかも俺を全て問題提起」


「正確には、中の人おっさん疑惑」


「ああ、なるほど。俺が転生者だってばれたわけ」


「もう、真剣に話してるのに」


「真剣な話が、おっさんとかってどーゆー思考回路だ」


「だってみんなが、夏樹の行動が高一男子とは思えないっていうんだもん」


「俺は至って、普通だ」


「わかってる。夏樹の中の普通なんだよね。でも、わたしも普通がよくわかんないから、みんなの普通を聞いてきたの」


「それ、聞かされてどうすんの?まあ、いいけど。茉莉花がみんながしてることしたいっていうんなら、付き合うよ」


「したいわけじゃないんだけど、夏樹にめちゃくちゃ甘やかされてるってことがわかったから、それを正そうかと」


「俺は甘やかしたいから、いいのに」


「わたしは、嫌なの」


「茉莉花が嫌なら、しないよ。で、例えば?」


「ご飯デートは、特別な日以外は、ファストフードとか、ファミレスとか、高くないお店に行くこと」


「茉莉花と一緒なら、何時でも特別だよね」


「!!!……あと、奢られてばかりは駄目なの。わたしも夏樹にご馳走とかしたい」


「茉莉花の手料理を食べさせてくれるってこと?嬉しいな」


「!!!……もう、とにかく高一っぽい普通の恋愛をしてみるの」



「だって、俺、高一っぽい普通がわからないんだよ。茉莉花が一つ一つ教えてくれる?」


「いいよ。何でも聞いて」


「じゃあ、高一は、登下校はいっしょにする?」


「できるなら、毎日?」


「下校時はどっか寄ったりデートしたりする?」


「おしゃべりしながらウロウロしたり、公園でおしゃべりとかもいいよね」


「高一は、放課後の公園デートで彼女に飲み物買ってあげても?」


「んー、たまになら?」


「高一は、公園デートの帰り道、歩いていたら手をつなぐ?」


「……つなぎたいときは」


「高一は、送っている途中人気のない所でキスをする?」


「~~~~~~~~っ」



 真剣な顔をして夏樹の質問に答えている茉莉花が可愛い。途中口元が緩みそうになるけれど、必死に隠して質問した。だが、ここまで来てようやく夏樹に揶揄われていたことに気づいたんだろう。真っ赤な顔をして、茉莉花は夏樹を睨みつけた。その様子があまりにも愛おしくて、夏樹はふっと笑みを漏らした。



「じゃあ、手をつないで帰ろうか。高一らしくね」


「もう、夏樹、むかつく~~っ」



 ははははっと笑いながら夏樹は茉莉花の手を引いて教室を出ていく。

この後、夏樹の異名が<俺様>から<俺様ドS>に進化しあっという間に駆け巡ったのは言うまでもない。




 ファストフードに行ってポテトをつまみながらスマホのゲームアプリの情報交換。互いにはまってるゲームで共有できそうなの二つほど、フレンド登録し合った。


「よくこれだけ遊んでて、茉莉花、成績いいのな」


「勉強の合間に息抜きでゲームするっていうスタンスだからね。でもそれをいうなら、悠一でしょ」


「まあな。でもあいつはゲームも時間も絞ってる」


「夏樹たちとはしてるんでしょ」


「週一で一、二時間できたらいいかなって感じ。あいつきちんとスケジュール組んでるからさ。だから、悠一に声かけられた時は優先してゲームしてるかな。悠一の自制心、見習いたい。おれなんて常に行き当たりばったり」


「夏樹の不健康な生活が心配だよ」


「これからは、気を付ける。茉莉花とも過ごしたいしね」


「ねえ、それなんだけど。みんなとゲーム出来たら嬉しいなって。すみれも一緒に」


 茉莉花の言葉にみんなに話してみるとは言ったものの、どうだろうかと思案した。禎丞は一緒にするだろう。悠一もタイミングさえ合えば嫌とは言わない。裕一郎は、様子見かな。先日、裕一郎の怒りと優しさに触れた。いくら俺が茉莉花を守りたいと自分で選択したことだとしても、俺と茉莉花の仲の良さを知っていた人物なら茉莉花が俺を切り捨てたように思うだろうことは理解できる。

時が解決するかな………のんびりやってくしかないな、俺らしく。



「それにしてもみんなが、夏樹のことすごいとか、いいなーっていうよ」


「そんなの生まれてこの方、言われたことがないんだが」


「あ、あとね。イケボって」


「は?」


「今まで全然喋んなかったから気づかなかったけど、たまに吐き出された声がセリフと相まってキャーって」


「ナンダソレ」



「ようやく、みんなが夏樹の素晴らしさに気づいてくれて私は嬉しいよ」


「はいはい」


「本気で言ってるのにな」


「別に普通に生きているだけだ。第一みんな人それぞれだろ」


「そうだよねー。でも、どうやってその夏樹が形成されたか知りたいね。ふふ」


「??子どもの性格形成は、遺伝的要因と環境。なら俺の場合、ほぼ家庭だろ。うちの両親の様子見せたやりたいよ、っつか父さんを。今まで当たり前すぎて考えたことなかったけど、アレ見て育ってるからなー。茉莉花ってうちの母さんは良く知ってるだろうけど、親父ってあったことあるっけ?」


「学校行事とかではみかけるけど、みゆきさんみたくおしゃべりとかはないかもー」


「見せてやりたい。そしたら一発でわかってもらえるかも」



 そうなのだ、だってこれは全て両親の、父親の影響だと思われる。どうしたものかと思っていたら


「見たい!会いたい!話したい!」


眼を輝かせる茉莉花がいた。





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