第9話 二日目 ビターなホットコーヒーで
朝起きてメッセージを確認する。
茉莉花を家まで送り届けた後、悠一に月曜の放課後、話がしたいとメッセージを送った。夜はきっと塾だろう。いつもなら寝る前までには返事が来るのだが、昨日は珍しく返信がなかった。
りょ
たぬき公園にて待つ
返信が来た、しかも明け方に。珍しいこともあるなと思ったがその内容に、悠一は放課後も人に囲まれているから待つことになるのは俺の方だろうと一人ごちた。
悠一と連絡が付いた。
今日はやっぱり一緒に帰れない
茉莉花には、昨日のうちに付き合い始めた報告を悠一に直接したいと言ってあるが念のためと送った。
たぬき公園で待っていると、悠一が肩からリュックを下げ、のんびりとやってきた。
「待ってるんじゃなかったか?」
「あれは、闇からの予言だ。夏樹のな」
「お前、そういう素を学校でも出せよ。一発で取り巻き連中、引くぞ」
「このギャップがいいと言われたら、責任とってくれんのか?」
「確かに、イケメンは何しても許されるからな」
そう言って悠一にミルクティーのペットボトルを渡す。
「さんきゅ、有難く頂く。だけど夏樹もイケメン枠に爆上がり中だぞ」
「は?」
「面白いから、ちょっと聞いて来た、で、遅れた」
「何のことだよ?」
******
すみれには土曜日のうちには夏樹と付き合うことになったとメッセージで報告をしてあった。詳しくはあった時にね、とだけ送ってある。
おめでとう!!
月曜日
じっくり聞かせてもらうからね
すみれからの返信に顔がにやけた。学校に行って、早く報告したくて堪らない。
「昨日ね、夜一緒にご飯食べにいったんだ~、初デート!ふふふ~」
すみれにきゃっきゃと話しているとクラスの女子たちが「なになに?何の話~」と近寄ってきた。
正式に彼氏彼女になったんだし、隠す必要もないかな?
夏樹も今日、悠一に話すって言ってたし。まあいっか、夏樹の彼女は私だとわかってもらってた方が私も安心だしと、聞かれたことにぽつりぽつりと答えた。
「どこに行ったの?」
「どこでご飯食べたの?」
「いいなー、イタリアン」
なつきが初デートだからって……
「嘘、私の初デートなんてファストフードだよ」
「私はファミレス」
ラーメン屋に行ったという強者もいた。
「ちなみにすみれの初デートはどこ?」
「カフェ?かな?」
「すみれもおしゃれじゃん」
みんなからさっすが~と言われている。
「で、何食べたの?」
「パスタ?ピザ?」
んー、コース?チックな?
「コース?」
「デザートも?」
デザート付きな?……ん…おっきなおさらにティラミスがふわっとのってて、生クリームがぽてっと、イチゴがついてた?
「ね。それって割り勘?」
ううん。夏樹の奢り……
「「「マジで?」」」
みんなの反応に
……普通では、ないの?かな??
「普通ではない」
「私達高校生だよ、しかもなったばかり」
……やっぱそうだよね。夏樹に言っても普通だろって言われるからよくわかんなくなる。
いつだってなんでも、さりげなくしちゃうからさ。
「いつだって?」
「なんでも?」
「例えば?」
……おしゃべりするときは飲み物用意しててくれるとか
なければ自然と買ってくれるとか、
普通?
「たまになら」
「嘘、うちなんて絶対割り勘」
「金ないって奢らされる時もある」
……じゃあ、 ハーブティー入れてくれたり、
キッチンでミルクポットでミルクティー作ってくれるのは?
「「「普通じゃないね」」」
******
「そこまで聞いて出てきた」
世の一般男子高校生とは違いお金があるから奢るのは夏樹にしたら普通だろうと思ったが、キッチンでのミルクティーには敵わない、そう思ったからだ。
「女子の追求ってこえーな」
「はぁぁ、あいつ学校で何言ってんの?」
「お前のイケメン度を知らしめたいんだろ。だから、もうお前から報告される必要はない」
「……そんな訳にはいかないだろ。俺は悠一が、周りが思う以上にイケメンだと知っている」
「往生際が悪いって言えよ」
「それは俺ら二人ともだろ」
「違う。……俺はあの時からこうなることはわかってた。
お前は顔を上げていないから知らないだろうけど、茉莉花があれ以来ずっとお前を見ているの、俺は見てたからな」
「悠一なら、茉莉花にもっと近づけた筈だろ。それをお前は律儀に俺に遠慮して」
「そんなかっこいいものじゃない。近づいてはっきり振られるのが嫌だったんだよ。怖かっただけだ。
始めはそれでももしかしてって思ったりもしたよ。だけど、それよりもお前たちがうまくいってほしいって思いの方が多かった。それはきっと、自分の不甲斐なさを許せなかったからだ。
だけど、中学いる間は思春期だし立場を変えるのって難しいから、厳しいかなって思ってたからさ……」
「お前の読み通りだな。さすが闇の預言者」
俺の言葉にふっと笑った悠一は、やっぱりイケメンだった。
「だから裕一郎の店で二人が以前と変わらない様子見て、ようやく自分が解放されると思ったんだ。失恋して悲しいとかよりも。この一週間、茉莉花の様子見てて自分の心の最後の整理もちゃんとついたし………、俺はもう新しい一歩を踏み出してる」
「………茉莉花のことは俺なりに大事にする」
「お前はイケメンだから、心配はしてない。すでに茉莉花に貢ぎっぱなしでそれが心配だ」
「俺は嫁に貢ぐ為に稼いでいる」
「そのセリフ、茉莉花には言うなよ」
「そうか?」
「学校で<普通か問題>が議案に上がるレベルだ」
「わかった。やめておくよ」
「それにしても、想像以上に夏樹、お前はすごいよ」
「普通だろ」
「お前にとってはな。初デートで、イタリアンでコースとか俺無理だわ」
「ご飯の時間だったからな。しかもコースじゃない。ただのカップル取り分けメニューだ」
「はあ。ただのって……。今度俺にも近くでうまくて安いデートで行けそうなとこ、教えてくれよ」
「俺は、家族で行けるとこしかわからないぞ」
「……。それでいい」
公園の入り口に禎丞の姿が見えた。
「俺が呼んでおいた」と事も無げに悠一が言う。禎丞はニヤニヤしながら近寄って来る。
「よ、色男。詳しい話を聞かせてくれよと言いたいところだが、俺は全てを知っている。なぜならっ」
「今、学校で茉莉花に聞いて来たんだろ」
「そう!なので、このまま郎の店に行くぞ。この楽しみをあいつに分けてやらねば!」
「そうだな。今日は夏樹の奢りで乾杯だな」
「お、いいね。俺メロンソーダ!」
「……マジか。お前らも彼女出来たら奢れよ」
「大丈夫だ。絶対できる気がしない!」
「禎丞は、外見は悪くないのにな」
「外見は、って言った、ひどい」
「ホントになんでだろうな」
「俺も何故自分が残念キャラと言われてるのかわからない」
「じゃあ、今日の議題はそれで」
「そうだな。ぜひ悠一から教えを請いたい」
「教えを乞うなら、いまイケメン度爆上がり中の夏樹でしょ」
「そうだな。あの茉莉花を射止めたんだからな」
「……勘弁してくれ」
******
「全てぇ、茉莉花の好きなメニューで良いって言ってくれたけどぉ、丸投げじゃなくってぇ、迷ってるとお薦めを教えてくれたりぃ、料理の特徴を教えてくれたりぃ、茉莉花の好みを聞いて選んでくれたりぃ」
「禎丞、ウザ」
「えー、だって茉莉花がそう言ってた」
「そんな言い方はしない」
「俺にはそう見えたんだから、そういうこと。で、とにかく<夏樹らしい>ってさ」
「俺らしさって何だ」
裕一郎もバイトの手を休めて、席に着いている。
まだ、早い時間だからとオーナーである父親から許可を得てだ。
途中、少しだけど昂輝も加わった。予定があるとかですぐに抜けたが。
「っつかさ、茉莉花んちでゲームした話もしてたけど、良いのか、あいつゲーマーなの隠してると思ってた」
「隠してただろ。だけど、どさくさに紛れて暴露したってことだろ。これが策略なら茉莉花こえー」
「郎、どういうことだよ、意味わからん」
「今なら夏樹の影響でゲームしてるって勝手に誤解させられるし、夏樹を爆上げして隠れ蓑にしてる?かも」
「茉莉花には出来ないだろ、そんな器用なこと。な、夏樹」
「そうだよ、郎は深読みしすぎ。な、夏樹」
「んー、そうだな。俺の解釈なら爆上げ?することで、詫びてる感じ」
「詫び?何それ」
明るい声の禎丞とは対照的に裕一郎は冷ややかに言葉を吐く。
「……夏樹を傷つけた過去は無くならない」
「だーかーらー、何の話だよ」
「ありがとう、郎は、優しいよな」
「だーかーらー」
「そして、いつもそんな禎丞に癒されるよ」
「そうか?ならいっか」
「はあ、でも、なんか、マジで奢らせて。ご馳走したい気分だ」
「やった!裕一郎くん、店で一番高いのをお願いしまーす」
「残念だったな。一番高いのは、アルコールだ」
「じゃあ仕方ない。スペシャルプレート!」
「好きだな、お前」
「今日は大盛りでお願いしまっす」
「悠一は?」
「俺は、オススメAセットに食後はホットコーヒーで」
「ミルクティーじゃなくて良いのか?」
「ああ、これからはブラックコーヒーで大人の男になる予定だ」
「……ふーん、把握。
じゃあ、俺は大人のお子様ランチ大盛りにしよう」
「で、肝心の夏樹は?」
「そうだなー。このメニュー表のここからここまでを全部」
「それ、言ってみたいだけだろ。マジで出すぞ、しかもデザートじゃねえか」
「ははっ。じゃあ、いつものやつで。それに俺も、ホットコーヒー」
「コーヒー?…………お前ら、馬鹿ばっかり」
裕一郎が溜息をつく。
「なんで注文して馬鹿扱い?客を敬いたまえ~」
「禎丞。お前は俺らの癒しだよ」
「じゃあ、いっか。俺は明日、夏樹に奢られた事を大々的に茉莉花に報告するとしよう!」
「勘弁してくれ」
そう言いながら、俺は本当にいい友人を持ったなと心から思った。
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