第7話 七日目 ジャスミンティー
ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンポン。
玄関のチャイムが鳴る。
時計を見る。まだ十時前だ。ああ、せっかく睡眠不足解消してたのに、誰だよったく。この時間でこのタイミング、禎丞か?
玄関の扉を開けると目の前には茉莉花が立っていた。
「ちょっと、どうして昨日帰っちゃうの!」
「まて。おれ寝起き、めっちゃ部屋着だし髪ぼさぼさだし顔すら洗ってない」
「そんなのどうでもいい」
「………まあ、いいや、うちはいれよ。玄関でピンポン鳴らして大声出してりゃ近所迷惑」
「俺の部屋、行ってて。顔洗ってくる。あ、リビングの方がいいか?」
「ううん、夏樹の部屋でいい」
昔は何度もうちに来て一緒にゲームしてた。久しぶりとはいえ、間取りは覚えているだろう。
夏樹が部屋に戻ると茉莉花はさっきまでの様子と打って変わって興味津々、好奇心の塊と化していた。
「ねえこの部屋なに?」
「俺の部屋だけど」
「知ってる、そうじゃなくて」
「ちょっと待て。先に着替えさせてくれ」
「そのままで良いよ。オカワイイデスヨー、毛玉だらけのスウェットも」
「はっ、馬鹿にしたな。これが俺の戦闘服だ」
「はいはい、オツヨソウデスネー。着替えてらっしゃい」
無造作にクローゼットからシャツとパンツを取り出し、自分の部屋を出る。おかしいな。なぜ自分の部屋で着替え出来ないのだ。脱いだスウェットを脱衣籠にツッコミ大きく息を吐いた。毛玉はないよな?軽くチェックする。それにしてもなんで、こんなことになった?
台所に寄って冷蔵庫を開けてみる。気の利いた飲み物なんてないし。仕方ない。紅茶でもいれるかとケトルで湯を沸かす。
トレイにカップを二つ載せ、自分の部屋の扉を開けた。すると途端に茉莉花のガトリング砲が待っていた。
「ねえ、いつからこんな感じなの?なにこのモニターの数。このゲーミングチェアはなに?机が高さ調整出来るよ。こんなの普通の男子高校生の部屋じゃない。すごい」
「はあ、お前の普通はなんだ?」
「ベッドに机にそれとお茶するテーブルがあったりして」
「あるだろ」
「壁にはずらっーっと趣味の本やものが」
「並んでるだろ?」
「テーブルは、部屋の真ん中に小さいのがあって、並んであるものは少年心と下心の入り混じったもので、こんなよくわかんない専門家みたいなテーブルや専門書じゃない」
「お前の体験談か」
「違うわよ、あるあるでしょ?」
「俺はない」
「ソウデスネ」
「そしてこれが俺の普通の部屋だ」
「ミタイデスネ」
「だってさ、なんか、プ、プロ、プロゲーマーの部屋?」
あ、惜しい
「?」
「まあ、このお茶でも飲んで落ち着け。冷めてしまう」
「えー、そうやって誤魔化して、あ、このハーブティー、美味しい」
「だろ。これはリラックス効果と、あと眠気を吹き飛ばそうかと」
「……起こして悪かったです」
「ホントニネ」
「さっきスーパーで夏樹のお母さんに会って。今日、家に夏樹がいるっていうから、じっとしていられなくなって」
「正しくは家で寝てる、だがな。集める情報は正確に」
「だから、起こしてごめんって。でも早寝早起きが健康の秘訣!」
「事情があんだよ」
「週末だもんね。朝までギルメンと遊んでた?」
「それはお前だ」
「あ、私のつぶやき見てたんだ!いいの入手しちゃったよ~うふふ。って、違う!」
「……昨日、約束すっぽかして、悪かったな」
「……ねえなんで、帰っちゃったの?六限終わり、教室の窓から夏樹が帰るとこ見えたよ。わたしの射殺す視線、感じなかったかな?」
「お前のヘボい殺気なんて俺の片手剣一振りで霧散」
「腹が立ったから放課後、夏樹んち押しかけてやるつもりだったんだけど、『今日は夏樹くん先帰ったみたいだね』ってクラスの女子に囲まれた。あ、あと禎丞も。禎丞、隣の組だった」
俺と裕一郎は一組、茉莉花は二組、禎丞は三組だ。悠一は特進クラスの七組だ。隣のクラスなのに気付かれてないって、禎丞どんだけ。
「みんなが、夏樹のこと大人しそうに見えるのに俺様イケメンなんだねっていうから、いろいろ不安になってきちゃって。思わず今日押しかけちゃった」
「お前が何を言っているのか、全くわからない。不安ってなんだ。そもそも、俺と接点があるって知られたら不味いだろ」
「それはもう、乗り越えた」
「は?」
「ま、それはいいの。それにしてもこのお茶、ほんと美味しい」
「……ジャスミンティーだ」
「??このお茶、ジャスミンティーなの?」
「ああ。お前小学生の頃自分の名前のお茶があるって言って飲んだら、くそまずかったって言ってただろ」
「よく覚えてるね、そんなの」
「覚えてるよ。だって俺はそんときにはもうその味を知っていて、うまいと思っていたのにお前は『くそまずい』っていうから」
「……なんでまずいって言ったの覚えてるのに私にこれを出したわけ?」
「子供の時の味覚だろう。今ならおいしいって言うんじゃないかなって思った。仮に不味いって言ったら、それはそれで有りかと思って」
「ひどい。でもそっか。ジャスミンティーってこんなにおいしかったんだ」
「茉莉花が、違いのわかる大人になって、おじさんはうれしいよ」
「……ねえ、ずっと気になってたことがあるんだけど。夏樹、すみれのことは、名前で呼ばないね」
「別に彼女だけじゃない。なんか…あん時の。
俺とお前が話さなくなった時の女子の声とかが耳に残ってて。
元々人と話すのが苦手なのに女子と話すのはさらに無理になっただけ。名前呼ぶなんて、ハードル高すぎ」
「私には変わらず呼んでくれるじゃん」
「お前は、だって…幼馴染だろ」
「夏樹は幼馴染じゃないよ」
「はいはい、イケメンじゃなくてすみませんでした」
「……夏樹はイケメンだよ」
「お前は、悠一か、悠一の信者なのか?」
「馬鹿、……夏樹は…幼馴染なんかじゃなくって………私の好きな人だよ」
「………」
「だから幼馴染って言いたくなかったんだよ。鈍感」
「そんなんわかるか」
「??ん?わかってるんだと思ってた」
「なんでだよ」
「だってあの時、言ったじゃん」
「いつ?なんて?」
「お前俺のこと好きだろ的な?」
「ばっ、あれは、お前を黙らす為だけに言ったんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
「ふふ。そのせいで夏樹、<俺様>イメージついちゃったね」
「???ああ、禎丞もなんかそんなこと言ってたな。なんのこと?」
「玄関での私達の会話を聞いてる子たちがいて。いろいろ繋ぎ合わさって、そうなった、みたいな」
「なんか不味いこと言ってたっけ?」
「不味くは、ない。けど」
「けど?」
「さっきの、お前俺のこと好きじゃん、とか。私が夏樹に、つきあってって言ったのに夏樹は蔑ろにしたとか。あと、私が待ってって言ってるのにさっさと歩いて行っちゃうの、とか」
「は?」
「他の誰とも言葉少ななのに、私にはめっちゃツッコミまくりの<俺様>キャラって」
「…ウケる」
「ウケるね」
「噂ってこえー」
「怖いね」
「俺は何も変わってないのに」
「知ってるよ」
「なのに、なんでだ」
「周りが気づいたんでしょ」
「何に」
「夏樹がイケメンだって」
「はいはい、イケメンはいはい」
「私はイケメンに見えてるよ、中身も外見も」
「………補正入ってる」
「そうだろうね。でも、当たり前じゃん。あの時……助けてくれたんだもん。かっこよく見えてて当然でしょ」
「そう思うのはお前だけだ、唯一無二だな」
「違うよ。悠一も言ってるじゃん。悠一だって、あの時、夏樹が助けてくれたの、見てたよ」
「そっか。だからか、あいつ…」
「うん。悠一にも補正が入ってる」
「補正ね」
「でも、そんなことがあったこと知らないみんながこのごろじゃあ、夏樹のこときゃあきゃあ言ってるよ。だから、夏樹は、イケメンなんだよ。ふふ」
「ああ、もういいよ、なんでも」
「で?」
「で?」
「私は告白したよ。でも返事を聞いてない」
「……」
「ねえ、夏樹。夏樹って、私のこと好きだよね?」
「無ご」
「……好きだよ」
「~~~~~っ」
「無言は肯定って、誰が決めたんだよ。ばーか、その手に乗るか」
「……夏樹ってほんと、無駄にイケメン」
「無駄ってなんだよ」
気づくと二人のカップは空だった。
「なんか飲み物持ってくる」
「私も手伝うよ」
そう言って、二人で並んで台所に立つ。
ミルクポットで紅茶を入れて仕上げに牛乳を注ぐ。茶こしで茶葉を濾すとミルクティー二人分が完成だ。
「ふふ。美味しそうだね」
「お前小学生ん時からミルクティーばっかだな」
「そんなことないよ。今では無糖も飲める大人の女だよ」
「はいはい、イロッポイッスネー」
「ミルクティーさ、初めて飲んだの、夏樹んちだよ。あん時は、夏樹のお母さんが作ってくれたけど。美味しかったな。衝撃的な出会いだった」
「そっか」
「でも、ごめんね、ミルクティーに付き合わせちゃって。お砂糖も入れて貰ったし」
「別に。もうお茶に拘る必要無くなったしな」
「??拘り?…それってもしかして茉莉花茶だから飲んでたとか?」
「無ご」
「…そうだよ。茉莉花の渇きを茉莉花茶で潤してたけど、でももう、茉莉花で補えるから、良いんだ」
わざと気持ち悪く言ってみる。そう。始まりは、茉莉花と同じ名前だからと注文したのがきっかけだった。それからは、ひと息つきたい時やストレスが溜まった時、事あるごとに飲んでいた。
「キモ」
「だって俺、キモオタガチゲーマーだろ」
「そうだった」
「そしてお前は、そんな俺のこと好きなんだろ」
今まで言えなかった思いを乗せて熱く見つめる。茉莉花のこんなに近くに居られる日が来るなんて、想像できなかったな。真っ赤になった茉莉花は、でも視線はそらさない。
「……」
「お前のルールは、無言は肯定、だろ?」
そう言って俺は、黙ったままの茉莉花に顔を寄せた。茉莉花はそれでも目をそらさず俺を見つめる。少しだけ開いた唇がぷるぷるで、艶めいてて、俺は迷わずそっとキスをした。
「ほら、潤った」
「…キモ」
「だって俺キモオタガチゲー…って何?これ無限ループ突入?それってまた、キスしたいってこと?」
「……」
「ばーか」
そう言っても一度俺は、茉莉花に優しくキスをした。
床の上にミルクティーを入れたカップを二つ載せたトレイ。「普通の男子高校生」らしくない部屋には小さいテーブルなんてものはない。床に並んで座って、互いの思いをゆっくりと吐き出した。
「あの時のわたしは意気地なしだったね。ゲーム大好きなのにオタクだって言われるのが嫌で隠してたし、夏樹がかばってくれたことに甘えて。しかも、そのま」
「いいんだよ。俺が自分でそうしたんだから」
「…だけど、それで夏樹を傷つけた」
「おれが勝手に茉莉花を守りたかっただけなんだから。俺のただの我儘だよ」
「ううん、わたしがもっと強ければ、こんなに遠回りしなかった。その後の二年間も楽しい思い出作れたはずなのに」
「だけど良かったな。学校で自分出せるようになって」
「うん」
「彼女の、すみれちゃんのおかげだな」
「うん。すみれがいなかったら 、危機意識持てなかったし、こんなに焦って行動したりしなかった」
「ん?危機意識?焦るってなんだ?彼女と学校でゲームの話出来て良かったねって話じゃないの?」
「え、違うよ。すみれには学校でゲームの話はしたくないって始め、断ってあるもん」
「……」
「夏樹を、取られちゃうと思ったんだよ。すみれがガチゲーマー探してるって言った時、真っ先に夏樹が浮かんだけど、紹介するの嫌だったんだ。それでイケメンの悠一を紹介して。だけど、すみれは夏樹のストラップに気が付いちゃって」
「……」
「私、めっちゃ慌てて追いかけた。今まで夏樹の周りに女の子がいなかったから、<いつか>でいいかと言い聞かせてたけど、すみれが夏樹を見つけてしまったと思ったら、居ても立っても居られなくて。気がついたら私も追っかけてたんだよね」
茉莉花の気持ちに俺は胸がいっぱいになって一瞬言葉に詰まったが、茉莉花の表情を和らげたいと言葉を探す。
「そっか。その挙句俺は不審者か」
「あはは。そうだね、でもどっちかっていうと私が不審者だ」
「デスヨネー。でもお前と悠一と、ああやって喋ったの久しぶりだったし、お前たちと話してるの楽しかったな、あと彼女とも」
「うん。日曜日もそうだったけど、私、夏樹と話しててこの感じ、懐かしいなって思った。やっぱり、夏樹と話してるの、すっごく楽しいと思ったんだ。だから、もうゲーム好きの私を無理に隠すのは辞めようと思って」
「うん」
「火曜日に学校ですみれと昨日は楽しかったねって話して。その時ちらっとゲームの話も出したんだ。
もう無理に隠すのは辞めようと思うっても伝えた」
「彼女はなんて?」
「茉莉花のペースでいいんじゃないって」
「良い子だな」
「うん。なのに私は、夏樹をやっぱり会わせたくなくて。すみれが夏樹に声かける前に私が捕まえなきゃって思ってた。でもきっとすみれは、私の気持ちに気づいてたんだと思う。夏樹に声かけるのは、私のいる時だけに配慮してくれてたんだよね、今思えば」
「そっか、そうだな」
木曜の朝の彼女の不可解なことの理由にようやく行き着き、納得した。
「あ、じゃあ、あれは?一緒に帰っている時、なにも言ってないのにたぬき公園の交差点で彼女、別れて行った」
「ああ、あれは私が学校で、すみれに教えたから。隠すよりはっきりと夏樹と一緒に帰るって言った方が良いかなと思って。あと、うちに来て二人でゲームしたこととか、牽制の意味も込めて喋ったよ」
なんか、めっちゃドヤ顔で話してるけど、
「ねえ、それって二人きりの時の会話?」
「二人きり?んー、教室で話してたからな。誰か聞いてたかな?」
キイテタデショウネ。ダカラウワサガヒロマッタンデスヨー。
大袈裟に額に手をあて、「確かに牽制っすわ」はははは、と俺は力無く笑った。
「え?何が?」
「お前だよ、お前が噂の元凶じゃねえか」
「???あー、そうかな?そうかも?じゃあ、めでたしめでたしだね」
「はあ、なんか気が抜けたら、眠くなってきた。お前帰れ」
「え、ちょっと酷くない?まさかのリアル俺様。できたばかりの彼女にそんなこという?」
「言う。俺、マジで寝てないから、もういろいろと頭回んないし」
「せっかく付き合って初めての週末だよ!」
「……悪い。この後も予定がある。明日の夕方には時間作るようにするから、ごめん、マジやばい」
「仕方ない。私が勝手に押しかけたんだし。でも、一緒に居たかったな」
「だってさすがに一緒に寝る?って言うのは不味いだろ。付き合い初日に俺の貞操の危機」
「私の、でしょ!」
「え、だって俺、いま襲われそうな勢い」
「もう!わかった。でもさ、明日、夏樹の事情を教えてくれるかな?いろいろ、ありそうだよね?ダメ?」
「ああ、もちろんいいよ。隠すことじゃないから」
「じゃあ、明日会えるようになったら、連絡して」
「わかった、明日な」
ベッドに倒れこむ俺を睨む茉莉花も可愛いが、限界だ。「一緒に寝たって良いんだけどな」と聞こえたような気がしたが、喜ぶ思考も余裕も今の俺にはなかった。
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