第6話 六日目 過去の痛み
次の日昼休み、禎丞が無造作にイヤホンをとる。
この頃俺のイヤホンは仕事をしない。何のためのノイズキャンセリングなんだか、装着していることの意味を考えてもらいたい。
「夏樹。お前、茉莉花と付き合ってたんだって。教えてくれればいいのに」
「お前、な」に言ってんだと言いかけたが、禎丞が被せるように言葉を発した。
「毎日仲良く一緒に帰ってんだろ。こないだは、茉莉花んち、行ったとかって羨ましいな~」
「なんで知ってんだ?」
「みんなが噂してる」
「夏樹が実はイケメンって」
「は?」
「<俺様、きゃー>って女子が」
「意味が分からない」
「俺もよくわかんない」
「あ、授業始まる。じゃな」
俺は放課後を待たず早退することにした。そんな噂が出ているなら一緒に帰れるわけがない。茉莉花にだけは迷惑かけたくない。もう二度とあんな思いはさせたくないと心に誓ったのだから。
******
あれは二年ほど前。
大好きなゲームに待望の続編が発売されると発表された時のことだった。
嬉しくて学校行くのもなんだかうきうきして、発売はまだ全然先のことなのにわくわくが止まらなくて。うきうきした気持ちのまま教室に向かった。なんたって前作発売は小学生だった。今の自分なら、夜更かししてゲームを進められる。興奮しないわけがない。
心はるんるんスキップ気分の俺は途中の廊下で、茉莉花に呼び止められた。
「おはよ、夏樹。ニュース見た?あのゲームの続編が出るんだって。すごいね」
ああ、楽しみだな、そう答えようとした時、
「ええ?茉莉花ってゲーマーなの?」
「マジで?」
「うそ、茉莉花がゲーオタってないわー」
「びっくりってか、がっかり?」
「ないない」
周りでざわざわと声がした。
小学校から一緒だった子は、茉莉花がゲームが好きだったのは知っている。ただ、今現在もやっているかは知らないようだった。中学で一緒になった子たちは、可愛くて利発的な茉莉花がゲームハードを持ってるなんて夢にも思わないだろう。PCゲームなんて想定外。中学に入ってからの茉莉花は学校でゲームの話をしなくなった。その茉莉花が朝、俺にゲームの話をするなんてよっぽど嬉しかったに違いない。
茉莉花の表情が強張っていくのがわかった。
「……わざわざ俺なんかの為に教えに来てくれたんだ、優しいね。でも、俺、ガチのキモオタゲーマーだから、もう知ってる。じゃあ」
そう言って、教室に入り自分の席に座った。
廊下で「茉莉花って優しいね」「さっすが茉莉花、アンテナの張り方が広い」とか言ってる声が聞こえたが、俺にはもう何も届かなかった。
それ以来、茉莉花とは話していない。
元々中学に入ってからは、学校で話なんてそんなにしてなかった。向こうはカースト上位の陽キャで、こっちは下位の陰キャだ。友人関係が違うし、そもそも学校において接点がない。それは互いにわかっていたから、学校では話しかけなかったし、友達であることも大ぴらにはしていなかった。たまに近くにいると茉莉花が挨拶を挨拶してくれるただの同級生。
茉莉花が気が向いた時、たまの休みに一緒にゲームしていただけ。月一とか二とかそこらなんだから、だから、もう話さなくなったって、なんてことないだろう。
そうして、二年もの月日が流れた。あっという間ではなかった。
学校で中心の茉莉花の声は、いつも聞こえてくる。休み時間のたわいもない話や、学級委員から生徒会役員と、常に注目されるポジションにいた。見るなとか、声を聞くなとかいうのが無理だった。
それでも俺がここまでやってこられたのは、茉莉花のゲーム用裏垢の存在。
中学に入ってスマホ持って、「絶対に私だってばれたくない」と俺と悠一にだけ教えてくれた。だから学校で接点がなくても、それで繋がっているような気がした。
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