元雄ドラゴンの俺が、ヒトナー雌ドラに飼われるようになった事情

FakeZarathustra

第1話

 ある朝、高田郡志が気がかりな夢から目覚めたとき、自分がベッドの上で一人の小さな人間に変わってしまっている事に気付いた。

 彼は絹のように柔らかい背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、二つの豊丘がこんもりと盛り上がっている、自分の肌色の胸が見えた。胸の盛り上がりの上には、掛け布団がすっかりずり落ちそうなって、まだやっと持ちこたえていた。

 普段の大きさに比べると情けないくらいかぼそい四肢が、目の前にしなやかな曲線を描いていた。

「俺はどうしたのだろう?」

 それは夢ではなかった、自分の部屋、少しオタク趣味があるがまともに整理された部屋。テーブルの上には会社の資料が広げられていた。

 そのテーブルの上方の壁にはポスターが掛かっている。描かれているのは一匹の雌ドラゴンで、郡志の推しているアニメの主人公である。


 こんな馬鹿馬鹿しい事は忘れてもう一度寝ようとしたが、身体に見合わぬ枕に上手く姿勢をとることが出来ない。

 諦めてスマホに手を伸ばし――それは今の身体にしては大きく重くあったが、操作自体は可能だった――自分の姿をカメラで写してみた。

 そこには一人の人間が写っている。

 俺はヒトナーではなかったが、オタク趣味に明るいこともあり、それが人間のメスであること、それも余り年嵩の行っていないことも分かった。

 それでも自分が狂っているのではないかという疑いを捨てきれない――なんならこれが夢であって欲しかった。

 なので、同じ市内の友達の雌ドラゴンに写真を送ることにした。

 彼女は両親から受け継いだ土地とマンションから収入を得ていて、殆ど仕事らしい仕事などしていなかった。雌ドラゴンとしての性格的な色っぽさはなかったが、それでも気取ったところのないいい奴で、よく連むことがあったのだ。

「涼、どうしよう? 朝起きたらヒトになってた」


 涼は写真を受け取ると、最初悪質な悪戯かと思った。どこかで拾ったCGと自分の部屋の写真をコラージュしたものなのかと。

 だが、その少女の画像は、画像検索をしてもヒットするものはかった。

 そもそも、彼女は隠れヒトナーで、人間とかヒトとか、ヒューマンとか言う言葉には敏感だった。その自分がこんなにクォリティの高いCGを見逃す筈もない。



 ヒト――それは一万年前に滅びたサル型の知性生物だ。今、この世界に生きているドラゴンは、このヒトが遺伝子操作によって作り出したものだと言われる。しかしあまり多くの情報は残っていない。

 残っていない理由は二つあり、一つは苛烈な戦争により人類が自滅したから。もう一つの理由は、我々の始祖が人類への反省から、多くの遺物を破棄したからである。

 現状、我々の知りうる情報は少ないが、ニホンと言う国の情報を後生大事に持っていたドラゴンの一族のお宝や、稀に発掘される品々から得るものは、朧気ながらヒトの姿を我々に伝える。

 ヒトナーは、こうしたヒト種に対して、耽美的な幻想を抱いている連中で、もっと端的に言えば性的な魅力さえ感じている連中の事だ。


 涼は少し遅れて、「すぐいく」と言うと、本当に急いでやってきた。

 扉を開けようと玄関に行くが、ノブが随分と高い位置にある事を感じた。

 手を伸ばし錠を上げると、涼は勢いよく扉を開けた。

 マンションのドアを前に、彼女は硬直した。

 その時間は恐らく一分程度であったが、しかし、何十分にも感じた。

 涼は、「これは大変なことになったな」とつぶやき、そして、一思案すると、何処かに電話をかけ始めた。


 取り敢えず部屋に戻る。

 見渡せば見渡すほどあらゆるものが巨大に思えた。

 ドラゴンの平均身長は雄が二メートル半、雌が三メートルぐらいだ。それに対して、今の自分の身長は一メートルと少しばかりだ。

 涼は助っ人を呼んで、そして折角だからと写真を撮り始めた。

「おい、やめろ。裸なんだぞ!」

 俺は必死に叫んだが、彼女に腕力で勝てる筈もなく――それどころか、やや蕩けるような表情を見せたので、戦慄するしかなかった。

 いつもクールな印象のある彼女が、こんなにリビドー剥き出しの表情をするだなんて思いもしなかった。

 具体的に酷い目には遭わなかったが、身体の各部をすっかり写真に撮られてしまった。


 そうしている間に、もう一匹の雌ドラゴンが部屋を訪れた。

 栞と言うそのドラゴンは、雌ドラゴンにしては小柄で若かった。

 聞けば大学で人間学の研究をするドラゴンである。

「栞は凄いんだよ。飛び級で進学して、今、准教授だからね」

 涼はやや得意気な顔をしていた。栞は「ちょっとやめてよ」と言うが、笑顔は失っていない。

 また厄介なドラゴンが来たのだなと思ったが、彼女は姪っ子の服を持ってきてくれた。子供向けてはあるが、子供っぽさの少なめな衣服を着させてくれた。

 尤も、尻尾穴がああるので、お尻の上半分が見えてしまっているのだけど……

 そして、服着せたら彼女もまた俺の写真を大量に撮りまくった。


 さて、涼も栞も俺の姿を十分に堪能すると、「君、女の子だから、言葉遣いに気をつけた方がいいよ」と微笑まれる。二匹のメスケモの嬉々とした表情が怖い。


 それから二匹と一人で大学の研究室へと向かう。

 そこは郊外の丘陵地に立つキャンパスの広さと美しさを誇っている大学である。

 彼女の研究室は去年移ってきたらしく、まだ新品の建材の匂いがする。

 丈の高い椅子にひょいと載せられる。

「犬用の注射器だけどちゃんと殺菌されているから」

 栞は優しく微笑む。

「犬用?」

 俺が訝しむと、「ドラゴン用だと太くて血管ボロボロになるよ?」と言われる。

 流石に私の表情も歪んだのだろう。「心配しないで」と、彼女は鼻歌交じりに採血をした。


 その後は、身体測定や知能検査が待ち構える。

 彼女の研究室は雌ドラゴンが多くて、対応してくれたドラゴンは雌ばかりであったので、ちょっといい気分にならないではなかった。


 私はそれが終わると栞の部屋に通された。

 様々な書籍がところ狭しと詰め込まれ、学会のお土産だろう産物がちょこちょこと並んでいる。

 彼女の趣味だろう。人間の人体モデル――と言うよりか、等身大フィギュアが異様な存在感を放っていた。


 私は最初、キョロキョロしながら待っていたが、彼女は必死でパソコンに向かうばかりであった。

 暫くして、「ああ、ごめんね。気遣いできなくて」と笑うと、そのタイミングで学生の雄ドラゴンがテイクアウトのピザを持ってやってきた。

「ありがとう、いくらだった?」

 栞は使いっ走りの生徒に代金を支払い、ピザと飲み物を受け取った。

「人間の身体でも味覚が変わらないといいけど……」

 私は大きなピザの一切れを貰い、もそもそと食べ始めた、

 大きい。ドラゴンであった時分はこんなのを何切れも食べていたのだが、今は一切れ食べるのもしんどい。

 半分と少しぐらいを食べたところで「美味しいけど、お腹一杯」と言うと、栞は微笑んで「身体が小さいからね」と笑った。

 続けて、「チーズも小麦も肉類も食べられる筈だから、多分大丈夫の筈」と言うので、もし違ったらどうするつもりだったのだろう? と恐ろしくなる。


 それから数日、私は栞の家と研究室を、栞に連れられて往復する日々を送ることになる。

 あらゆるものが大きいので、お風呂に入るのも栞と一緒であったし、ベッドは子供用のものを用意された。

 お風呂は、流石に雌ドラの裸体を見られると喜ばないではいられなかったが、むしろ彼女が俺の身体を慎重に――否、しつこく洗うので、徐々に怖くなって彼女の身体がどうこうと思う事はできなくなった。


「もう少し待ってね。ちゃんと根回しが済んだら記者会見するから」

 翌日から、栞の元へ様々な偉そうなドラゴンが訪れ、私は品定めのような観察を受けて過ごすばかりだ。

 彼女は得意気であった。そして、実際優秀なドラゴンであったのだ。

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