棚の裏の思い出

武海 進

棚の裏の思い出

 雨が窓に打ち付ける音で目を覚ました男は不機嫌そうに目を擦る。枕元のスマホで時刻を確認すると9時を少し過ぎたくらいだ。


 半分夢の世界にいた意識が一気に覚醒する。


「完全に遅刻だ!」


 慌ててベッドから飛び起きたところで気づく。今日は日曜日、仕事は休みだと。


「焦らせやがって全く。休みくらいゆっくり寝かせろ」


 怒ったところで意味の無い自然現象に悪態をつく。

 普段の休みなら起き出して気晴らしに遊びにでも行くところなのだが、外出自粛が求められるこのご時世ではそうもいかない。


 遊びに行ってストレスを発散できないのならせめて眠って疲れを取ろうと男は再びベッドに潜り込む。


 それから2時間、今度は雨の音ではなく腹の音で目を覚ます。朝から何も食べずに眠りこけていれば当然で、面倒そうに起き出す。


 キッチンに向かい、食事を用意する為にお湯を沸かし始める。


 男が一人暮らしを始めてから3年程が経つ。最初の頃は自炊を頑張っていたのが、とんでもない量の仕事に追われ、家に帰る頃には生きる屍と化す日々を過ごしているうちにすっかり惣菜、インスタント、外食で食事を済ませるようになっていた。


 沸いた湯で作ったラーメンを啜りながら男は部屋を見渡し、大きくため息を吐き出す。


「いい加減に片づけないといけないか」


 ここ最近、家で過ごす事が増えているのについダラダラと過ごしてしまい、掃除をしなかったせいで部屋が大いに荒れ果てており、足の踏み場もない有様だ。


 食事を済ませた男は意を決して部屋の大掃除を始める。


 山盛りになっているゴミ箱の中身をゴミ袋に移し、机の上に置きっぱなしのお菓子の空き袋なんかも放り込んでいく。

 

 酒の空き瓶を踏んでこけそうになったりもして多少は悪戦苦闘したが、思いの外早くに見えなくなっていた床と久し振りに会うことが出来た。


 部屋を片づける前の惨状から分かるように男はあまり綺麗好きとは言えず、掃除も得意では無いのだが、今日は興が乗ったらしく普段しないような所まで掃除し始める。


 風呂場にトイレ、キッチンの掃除が終わった男はもうそろそろ掃除を終えようと思いながらリビングに戻ってくる。そこでふと、ラックが目に入る。


「久し振りに大事なお宝たちも綺麗にするかな」


 ラックには収集癖のある男が集めたアニメのフィギュアや特撮の変身アイテムのおもちゃが所狭しと並べられている。


 お宝と呼びながら、部屋同様しばらく掃除していなかったのですっかり埃をかぶってしまっているが。


 男はコレクションを一つずつ手に取り丁寧埃を払っていく。途中ゆっくり眺めたり遊んだりと何度か手が止まりつつも掃除を進めていき、最後に一番大きなフィギュアを綺麗にしようと動かすと、後ろからフィギュアのせいで隠れていたものが出てきた。


「これ持ってきてたのか。懐かしいな」


 それは男が学生時代に買った変身ヒーローの食玩だった。男は掃除の疲れも相まって、ラックの前に座り込んでゆっくりと食玩を眺め始める。


 そうしているとふと食玩を買いに行った時のことを思い出す。学校の近くのコンビニに気の合う友人と馬鹿な事を言い合いながら買いに行ったのだ。


「あいつ、元気にしてんのかな」


 友人とは働き始めた頃はよく連絡を取り合ったりしていたのだが、お互いに忙しくなり、喧嘩したわけでもないのにすっかり疎遠になっていた。


 男は立ち上がると、スマホを手に取り友人に電話する。相手も休みだったらしく、直ぐにでた。


「よう、久しぶり。別に用があるって訳じゃないんだけどさ、懐かしいものがでてきてな……」


 自粛自粛でうちで過ごす時間が増えてうんざりしていたが、こんなことがあるのなら悪くない、男はそう思いながら友人との思い出話に花を咲かせた。

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棚の裏の思い出 武海 進 @shin_takeumi

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