◆第三条 チヨダク王国は、みんな仲良し楽しい王国になることを誓う その3
カポーン……
温泉によくある竹の調度品が、お湯をこぼし、岩にぶつかり、和な音を立てた。
その音色は、周囲を囲む最高裁の法廷棟、図書館棟に反響する。
「まさかここに温泉があるとはなぁ」
──リラックスタイムにするという、王女とシロに、ついていけば。
『別荘』というのは最高裁判所の建物のことで。
『温泉』とはその中庭に設けられた露天風呂のことだった──
「よく造ってある……石灯籠とか、手桶とか。ちゃんとしてて、温泉の匂いもする……」
現実の最高裁は温泉なんて引いてないはず。この国の技術だろう。
一足先に身体を洗って、「ふぅ……」と熱いお湯に、肩まで浸かった。
体内の毛細血管が緩み、温かい血流が巡るのを感じる。
急な異世界転移で疲れていた頭と心が、休らいでいく。
空を見上げれば、闇夜の中に、星々が煌めいて。
ここがファンタジー異世界であることを教えるように、二つの月が輝いていた。
「……あっくぅ~ん、そこにいるぅ?」
訊いてくるのは、シャンプー中の姉。
「あっ、動かないでください。眼に入ってしまいます」
その頭を洗い、流しているのは、メイド長の加藤シロだ。
「ここにいるよー」と返事する。
「わたくしもここにいますわぁ~」
訊かれてないけど、脱衣所の方から、王女が応える。
ピンクのメイド服を脱ぐのに時間がかかっているようだ。
(現実感が湧かないけど──)
異世界にきた夜に、女子三人と露天風呂に入ることになりました。
姉が、「あっくんと一緒がいい」とごねた結果です。
せめて、そちらの方を見ないように努めているところです。
「おかゆいところ、ございませんか?」とは、メイド長の声。
「大丈夫……というか、メイド長さん、すごく上手いわ。テクニシャンね」
湯船に浸りながら、女子二人のトークを背中で聞く。
「ありがとうございます。お客様をおもてなしするスキルくらい、当然です」
「んっ……そこ、気持ちいい……」艶めかしい声。
「ニホン人様のお体に初めて触れます。お肌が柔らかく、滑らかで、興味深いです。長く美しい黒髪に、細い身体に、大きなお胸……たいへん、お綺麗です」
「んぅ……そう? メイド長さんこそ……その尻尾、ポメラニアンみたい。とても素敵」
その女の子に殺されかけてたんだけどな、と内心ツッコむ。
実は可愛いものが好きな姉。獣人の存在を受け入れ始めた。
「そんな、ニホンの愛玩犬さんに喩えられるなんて、恐縮です」
「日本に来たら大人気アイドルよ。……そういえば、なんで
──ツッコミ漏らしていた、気になるところだ。
「この国に来た時に、授かりました。それまではただのシロでした」
「じゃあこの国、みんな日本みたいな氏なの?」
「いえ。ニホンの氏は、先王様がご自分の氏を伊藤に変えて、一部で流行したものです。王宮府の者の多くは王家の伊藤に近い氏にしていますが、国民の中ではいまだ少数です」
なるほど。みんな日本人もどきな名前じゃなくて、ちょっと安心した。
「だからあの検察官の氏が斎藤なわけね」
「イレアナさんの元々の氏名は、もっとエルフらしく長かったそうです。ですがエルフとしての生を捨て、この国に尽くすために改名したのだと」
「はぁ、エルフ、ねぇ……」あまり興味なさそうな姉。
「首の凝り、ほぐしますね」
「んっ……あっ、そこっ。いいわ。重くて、凝っちゃって。ありがと」
「おもてなしスキルのうちです」
「ねえ、メイドさんの歴、十年になるって本当?」
「はい。幼少の頃より、エクスタシア様に仕えていますから」
「それって、自分の意思じゃないわ」
「シロの故郷は、代々、国に仕えるメイドを輩出しています。メイドは国を支えてきました。そういう一族なんです」
「……じゃあ、不満はないのね」
「不満なんてとんでもないです。エクスタシア様はこの世界を豊かにされています。エクスタシア様のお側で、護り、お手伝いする以上の生きがいなどありません。シロは、エクスタシア様が大好きです。……頭、流しますね」
ザバアァァァ──……と、いう音がする。
ツカ姉が聴き出した、王女と、従者の信頼関係……
(なかなか、イィ話だなぁ)
なんて思っていたところ、「あっくんお待たせっ」ドプンっ、と姉が入ってきた。
「うわっ、ちょっとツカ姉っ」
「ねえねえ聴いた? お姉ちゃん、カルチャーショックよ。あんな可愛い子がねぇ……身売りなのかなって思ったんだけど──」姉は当然のように身体を寄せてきて、
むにゅ。
柔らかい、巨大なマシュマロのようなお胸が、俺の左半身に吸い付いてくる。
水面下に、メロン大の柔らかな乳肉が、ふにゃりと変形しているのが見える。
「はひっ、くっついてこないでっ」身をよじる。
「えっ? なんでよぅ。お姉ちゃんと、よく一緒に入っていたじゃない」
不満げに、唇を尖らせて、見つめてくるその顔──
濡れた黒髪。長い睫毛に、整った顔立ちは、どう見てもアイドル級。
「それは俺が子どもだった時でしょっ」
ドキドキしてきたのを隠すため、反論する、俺と姉の動きに、波が立ち。
ヌルっと、湯船の中で足を滑らして、押し倒すように、密着してしまい、
「うわっ」
ずりゅっずりゅっ──っと。
自分の胸板に、二つの大きなお胸が這いずり回る感触に、
「きゃっ、あ、あっくん……」
目の前、美少女の、濡れた唇──
(こ、これはツカ姉っこれはツカ姉っ)
身体中の血流が熱くなる感覚に耐え、
「──のぼせたから、もう上がるね」
と、できるだけ冷静に言って、湯船から上がった。そこを、
「じぃーっ」と、視ているのは犬耳のメイド長。
その姿は、『シロ』と名札のついた、スクール水着を着ている。
「な、なんですかっ」
危ない。手ぬぐいで局部を隠しながら言う。
「いえ、本物のニホン人様の、『ハダカノツキアイ』というのを観察しておりました」
今のを、冷静に観察されると、けっこうキツいものがある。
「シロ~! わたくしもハダカノツキアイに参りますわぁ~」
と、入口から無邪気な王女の声が聞こえる。
「はいっ」返事をした後、「念のためですが。その火照った姿でエクスタシア様に近づいたなら、お命、ここで──」と、無表情のメイド長。
「もう帰るからっ」
「見るのもダメです。眼を閉じてください」
「そんな」つらくなってきた。
俺、なにも悪いことしてないよね。
「閉じました」
「ではこちらへ」
ペタッ、ペタッ、と、メイド長の裸足の足音がする。
足音を消せる女の子だ。誘導のつもりだろう。
しばらく、ついていく。そして──
「もういいですよ」
言われ、眼を開ければ、バスタオルを持ったメイド長が目前にいた。
俺より少し小さい、その身体つきは、ムダなく引き締まり。
伸びる水着の生地の下は、ほどよいサイズの微乳が収まっているように見えた。
「あの、なんでスク水なんですか」
「エクスタシア様が、オフロサイドでの正式衣装とされたからです」
向き合う、メイド長の視線が、俺のむき出しの胸を見る。
「あなた様の身体つきは、平凡ですね」
「平均的な日本人だよ」
「クンクン……」
無表情ながら、顔を寄せ、可愛らしい鼻先で、嗅いでくる、メイド長……
「危険な力を隠し持っていないか、確認したいと思っていまして」と、その視線が、下の方へと向かい──「手ぬぐい、取っていただけますか?」
「ないっ、ないですっ」
泣きそうになりながら、脱衣所へと駆け、扉を閉めた。
「おジャッジ様、お待たせしましたわぁ。一緒に浮き輪でプカプカいたしましょ~」
「お風呂は浮き輪でプカプカするものじゃないわ」
「エクスタシア様、シロがシャンプーいたしますね──」
……女三人の会話を聞きながら、一人、用意されたバスローブを着る。
切ない気持ちを覚えながら、他のメイドさんに、寝室に案内され。
ファンタジー異世界初日の夜を終えた──
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