◆第三条 チヨダク王国は、みんな仲良し楽しい王国になることを誓う その1
「「「「「チヨダク王国へ、ようこそ!
わたしたちのおジャッジ様っ!」」」」」
大法廷での、国宝破壊から、小一時間ほど経った頃。
俺と姉は、この国の方々から、あらためてご挨拶を受けていた。
場所は大法廷の手前、最高裁判所らしき建造物の中心、大ホール。
石造りの壮大な空間に、大臣らしき人々、さらに何十人ものメイドさんたちが、整然と横に並び、みな一様に身体を『Y』のかたちにして万歳している。
ご挨拶のセンターにいるのは、先ほどのピンクのメイド服の女の子で、
「わたくし、
ハイテンションな、踊るような動き……タタタッと小走りで、目の前にやってきた。
この女の子が、この王国のトップらしい。
着ているのはピンクのメイド服ながらも、お姫様のような特徴的な形状をしている。ピンク髪の縦巻きロールのツインテールに、王族らしくティアラを乗っけている。
「ホンモノのニホン人様、お初にお目にかかりますわ! しかも千代田区民!」
異常にキラキラした瞳で見上げてくる。すごく楽しそうで、口のかたちは『ヮ』みたいになっている。身長は165センチの俺より頭一つ分は小さい、小柄な身体で、お胸がペチャペチャだ。年齢は、十三か、十四歳くらいに見える。
「弟様のお言葉で、場が収まりましたわ! アクト様とお呼びしてよろしいかしらぁ?」
俺の名前や、関係性とかは、姉の財布に入っていた緊急連絡先を読んだようだ。
「いいですよ。えっと、じゃあ俺は、」
「わたくしのことは、シンプルに呼び捨てで! それにタメ語でよろですわぁ!」
と言いながら、白い絹の手袋をした小さな手で、俺の手をガシィ! と握り、ブンブン振るように握手した。そして隣に立つ姉を見る。
「『ハンマー』をなさったお姉様のツカサ様が、おジャッジ様なんですのね!」
「おジャッジ様って、裁判官のこと──かな?」
「そうとも言いますわぁ! まァまァ、なんてお若いのかしら!」
「中身は二十八歳のままなんだけど、急に胸以外の身体が十五歳になっちゃったんだ」
王女は姉に、タタタッと小動物のように駆け寄って、
「若返りを望んだのですね! でもお胸のサイズダウンは願わなかったのですね! わたくしにないものばかりお持ちで! 好き!」
と、姉のお胸を揉み始めた。
「触るなピンク。裁くぞ」
バチン! とその手をはたき、キッと王女を睨む。
「あん! 憧れのセクハラジャッジメンッ!」
王女は鼻血を噴いて卒倒した。鼻に触ってないけど。喜んでる?
「あっくん……ほんとにこれ、夢じゃないんだよね」
「そうだよ。さっき話したでしょ。俺たちは、【召喚】されたの」
──『裁判所職員の身分証』の効果は、ばつぐんだった。
エルフ耳の家臣は俺たちに対して平服し、謝罪の言葉を並べ立てた。
それから、場をあらためて、この世界と、王国、そして【召喚】と【裁判】について説明をさせて欲しいと申し入れを受け。
承諾した俺は、いまだこれが夢の中か、そうでないか、判別のついていない姉をおんぶして、多目的トイレに連れて行き、水を飲ませて、酔いを覚まして。
一緒に鏡を見て、『十五歳頃の肉体になってる。おっぱい以外』ということと。
居酒屋からここにきた話をして、姉に記憶障害がないことを、確かめて。
「【召喚】って、証人として喚ばれるやつ?」
などとのたまう姉に、基本的なファンタジー異世界召喚話を教え込んできたのだ──
「でも、なんなのこの子? こんなのが国の代表者? それにここって最高裁よね」
姉の第三者に対する態度が、ちょっときつい。
──思い出す。出会った時の姉は、学校でいじめられていたらしく、すぐに口が悪くなる癖があった。そうやって孤独になっていったようだ。まさか、
「ツカ姉、もしかして精神年齢も若返ってる?」
「うーん……そうね、この身体になって、なんだか熱いエネルギーを感じるの。特別な自分になったような気分よ」
「もしかして、中二病な精神状態なのでは?」
一気に不安になってきた。
「さて、アクト様とおジャッジ様に、この世界をお見せしますわぁ! お外までついてきてくださいまし~」
王女がメイドさんたちを連れ、フワフワと歩き始めた。
俺と姉も後に続く。最高裁の正面玄関のガラス扉を通過し、見えてきた光景は──
「あ、あっくん……お、お堀の向こうに……あれって……」
日本国民にお馴染みの、皇居があるはずの空間に、
「わたくし、伊藤エクスタシアのハウスですのよ!」
バカでかい王宮がそびえ立っていた。
外の季節は春か秋みたいな、心地よい風が吹いている。時間は太陽が西に沈み行く頃で、空は美しい茜色に染まりつつある。そんな中、中世ヨーロッパ風のよくあるお城が、夕陽を受けて照り輝いていた。
「わたくしたちの世界は、よくある『ファンタジー異世界』! 中でもチヨダク王国は、ニホンの千代田区のモノを【コピペ】して豊かになった王国……もうひとつの千代田区なんですのよ!」
「「もう一つの、千代田区……」」
唖然とする、俺と姉の言葉がハモる。
「あっ! シロ~! こっちですわぁ!」
王女が呼びかける方向から、一台の車がやってきた。
「あっくん、あれ、センチュリーよ」
「日本車があるのかよ」
「ここ、あっくんの好きな『ファンタジー異世界』なんだよね?」
「ちょっと変わった異世界に召喚されたと思う。そのへんも教えて欲しいね」
運転席から降りたのは、俺と姉を拘束した犬耳のメイドだった。
「加藤シロ、と申します。先ほどのご無礼、大変申し訳ありませんでした」
そう言って、美しいお辞儀をする彼女は相変わらずクールで、涼しげだ。
目線は俺に近いくらいだけれど、それは金属底のブーツのせいで、実際の身長は俺より少々低いくらいだと思う。
「シロは、王宮府で一番優秀なメイドでして、メイド長なんですの!」
紹介を受けながら、メイド長加藤シロは「王宮府は、ニホンの内閣府みたいなものです」と付け加えた。俺と姉の顔色を読んだらしい。
「毛並みがフワフワで、すごく可愛い──」と姉が見つめ、「なのに管理職なの? 何歳?」と問う。
「十五歳です。これでも、エクスタシア様に仕え、十年近くになります」
俺もメイド長を見る。確かに圧倒的な可愛さだけれど、幻想的な肌の白さと無表情な眼の碧さ、従者の衣服が合わさって、どこか儚げな印象も受けた。
「シロに、なにかありますでしょうか」
ジト眼で見られてしまった。
「いや、えっと……白くって、目立つはずなのに、大法廷では急に現れたなって」
率直な感想を口にした。
「気配を消すスキルや、姿が見えなくても会話できる魔法くらいあります。シロは、王家に危険な者が現れた時に、察知されないまま抹殺するべく潜んでおりました」
抑揚なくそう語る彼女。俺より年齢が一つ下でしかないのに、まるで、殺しを厭わないSPのような口ぶりに、恐ろしさと頼もしさを感じる。が、それより、
(そうか、スキルや魔法がある世界なんだ)
そのワードに、グッとくる。
「ゲームっぽいそういうの、ずっと欲しいと思ってました」
思ったままを口にするが、
「なにをおっしゃいます。そう簡単に習得はできません」
すげなく言われてしまう。
(スキルや魔法の習得は、難しい世界なのかな)
でも──欲しい。
ファンタジーな物語や、ゲームを嗜んで、そう思わない人なんていないだろう。
かといって、俺にはなにか特定のスキル・魔法まではイメージできなかった。
(なんでもいいから、習得できればいいのに──)
そう心の中で、強く思った時。
──自分の奥深くで、【転移ボーナス 習得】という言葉が点灯した気がした。
なんだ今の……と感じるも、
「お乗りくださいませ」と、メイド長。
促され、みんなに遅れて乗車するのだった。
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