なか
傍観者
しがない一軒の飲み処。私はそこのオーナーだった。客は多くはないが、繁盛せずとも生計を立てていけた。それは常連が2人いるからだ。私はそうした彼らの話をよく聞いている。
「それでさあ。今日も逃しちまったんだ。」
酔った黒いスーツの男は、顔を真赤にしながら呂律の回らない舌でペラペラと中身のない話をするだけだった。私はそれに相槌を打ちながら、暇つぶし程度に話を聞く。
「そうなんだあよ。もうやつの正体ってなあ、もう突き詰めたわけよ。俺の手柄だたってのに、こんな時にい。」
黒いスーツの男は眠そうに目をこすると、机に突伏す。眠ったのか黙ってしまって、私は眠ってしまったのだろうと思って、そのままにすることにした。
「やってるかい?」
もうひとりの常連が、店にやってきた。いつもサングラスをかけており、ボサボサ髪の忙しない男だった。彼もまた飲み始め、段々とほてり始めると、口が軽くなっていく。だから私は暇つぶしに話を聞いて、相槌を打つ。
「それで、もう捕まるって所で、僕はこう交わしてやったってわけ〜」
嬉しそうにそう話しながら、私は片付けをしながらその話を聞いているだけだった。そしてその忙しない男も、うとうとと眠りについてしまう。私はただ瓶を拭く。
「ううぅ…。」
先に起きたのは忙しない男だった。用心深く、酔って眠っていたにも関わらずスマホのアラームを規定時間設定していたらしい。
「それじゃあ。」
お代をおいて、そのまま男は店を出ていく。
「ああ。」
店を出る音でようやく目が覚めたのか、スーツの男が顔をあげる。時計を見て、思った以上に時間が経っていることに気が付き、起こしてくれよとぐだぐだ言いながら、男はそのままお代をおいて店を足早に後にする。男はいつもお代を多く置いていく。
いつも通りだった。二人の男はいつも同じ時間に店に入ってくることはないが、今日だけはどうやら時間があったらしい。この調子だと二人は帰り道で偶然会うかもしれない。この店の話でもするのだろうか、それとも別の何か。
「やってるかい?」
一体何を話したのか、それ以来サングラスのボサボサの髪の忙しない男だけがこの店に来るようになった。ただし常連を一人失った私は、生計をたてるのが厳しくなって店を締めた。
「そうかい。締めるのかい。」
サングラスのボサボサ髪の男は、黒いスーツの男が来ていたはずのコートを着ていた。そして、自分のサングラスと、そのジャケットを思い出代わりに店の跡地においておきたいと告げた。
「いいのかい。そりゃありがたいね。ずっと二人で通っていたわけだからな。」
そういって頭を下げるサングラスの男は、今日は髪を整えていた。そしてサングラスを取ってしまうと、もう男はただの男であった。
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