家に帰ると知らないうちにうちのネコがヒトになっていた

柴王

家に帰ると知らないうちにうちのネコがヒトになっていた

キーンコーンカーンコーン。


放課後のチャイムと同時に教室を飛び出した私は、今日も飼い猫のミケと遊びたい一心で猛ダッシュで帰宅する。


この瞬間なら陸上部にも負けない自信がある。


「たっだいまー! ミケ、寂しかったよね! 私が遊んであげ……る……」


バーン! とドアを開けて玄関に入る私を待っていたのは、いつも私が見ているミケ(脊椎動物門哺乳網食肉目ネコ科ネコ亜科ネコ属イエネコ)ではなく……。


「あ、お帰りナナちゃん」


全裸で四つん這いになったお姉さんでした。


「ふ……」


「ふ?」


「不審者ー! 変態! 空き巣! 露出魔! ……や、やばいよ警察に通報しなきゃ!」


「ま、ちが、待って! ミケ! 私ミケだから!」


「そ、そうだミケ! ミケはどこ!? この変態に変なことされてない!? ミケー!」


「いやっ、だから私! ミケ、私! なんでこんなことになったのかは知らないけど私がミケだから!」


「ひい! ち、近づかないで! あ……」


やばい。頭が真っ白になってきた。このままじゃ倒れ……。


******


「ん……」


目を覚ました私はベットに横たわっていた。


「大丈夫? ナナちゃん」


そこには、さっきの変態が……。


「あれ? 服着てる」


「ナナちゃんの服を借りたよ。またパニックになられると困るし」


記憶をたどっていく。確か……。


「ミケ?」


私は目の前のお姉さんを指さして尋ねる。


「ミケ」


目の前のお姉さんは自分を指さして答える。


「…………」


自分をミケだと言い張る人間のお姉さんをじっと見つめてみる。


ぼーっとした目元とピンと立った耳はたしかにミケに似て……?


いや、一度落ち着くんだ。ミケがヒトじゃないということは置いといて、ミケなら私の質問に答えられるはず。


「ミケは今何歳だっけ?」


「2歳だよ」


「ミケは何が好物なんだっけ?」


「ささみ!」


「……私とミケの出会いは?」


「ペットショップだね!」


「…………ミケの品種は?」


「アメリカンショートヘア!!」


「なるほど……どうやらお主、ミケだな」


「だから最初からそう言ってるじゃん!」


アメリカンショートヘアなのに「ミケ」と名乗っている猫など、うちのミケしかいないだろう。


私が初手で思いついた猫の名前がミケだったのでミケになった。かわいそうに。


「ほら、ナナちゃん、いつもみたいに撫でてよ!」


「う、うんそうだね。ミケだもんね」


す……と手を伸ばしたところで私の体が固まる。


「どうしたの?」


「いや、なんかこう、よくわからないんだけど背徳感があって……っていうか、なんで大人のお姉さんなの? 性別はメスだからいいとして……」


「いやいやナナちゃん、だって私2歳だよ2歳。人間のナナちゃんは意識してないかもしれないけど、立派な大人のお姉さんなんだよ、私。ナナちゃんより大人なんだから」


「ま、まあ言われてみればそうか……。え、待って。じゃあ逆に考えると私は自分より年上のお姉さんを愛玩動物として今まで接してたの? やだ怖いなにそれ」


「そうそう。私は私がどれだけ成長しても子猫の頃と同じテンションで接してくるナナちゃんにやれやれと思いながらも構ってあげてたってわけだね」


「え、ええ……うそ……」


私は今までミケと過ごした日々を振り返る。私がミケと戯れている時のハイテンションぶりがフラッシュバックする。なんか、変な汗が出てきた……。


ん? あれ……いや待てよ?


「ミケ、私が撫でてる時ゴロゴロ喉鳴らしてるよね? ほんとはミケもまんざらじゃないよね?」


「あ、ばれちゃった……ニャ」


「語尾にニャをつければ許されると思うなよ?」


それにしても……。


「どうやったら元に戻るんだろう。お父さんとお母さんが帰ってくる前にはなんとかしなきゃ……」


「え? 別にこのままでもいいんじゃないかニャ? きっとパパやママもわかってくれるニャ」


「いやいや。ミケのその姿二人に見せてごらん? 絶対やばいよ。お父さんには特にやばいよ。お父さんにとってやばいってことは家族にとってやばいよ。家庭崩壊の危機だよ。あといまさら語尾をデフォルトにしないであざとかわいいから」


「えーと、じゃあ人間の家政婦として住み込みで雇ってもらうことにしようよ! それなら家にいても問題ない!」


「それもそれで問題は据え置きだよ! というかむしろ悪くなってるよ! そもそもうちにそんなお金ないし……」


「えー? じゃあドラ◯もんみたいなポジションになれないかな?」


「7頭身のドラ◯もんがいてたまるか!」


ボケなのか真面目なのかわからない。人間だとこんな性格だったのか、ミケ。


「んー、でもやっぱり、私はこのままがいいよ。ナナちゃん、どうやったらこのまま乗り切れるか一緒に考えようよ!」


「……なんでそのままがいいの? ミケは元の姿には戻りたくないの?」


私は不思議に思った。私がミケの立場だったら早く元の自分の姿に戻りたいと思うだろう。


「? だって、ナナちゃんとこうしてお話ができるんだよ? このままの方が良いに決まってるじゃん!」


「…………」


その瞬間、ミケのまっすぐな瞳が、私が初めてミケと会った日に見たミケの純粋できらきらした瞳の記憶と重なる。


そっか。私はあの時もこの瞳に魅せられたんだ。


「ナナちゃんは、私と話せて嬉しくないの? 話せないままの方が、良かった……?」


……そんなわけ、ないじゃん。嬉しいに決まってる。


「……あーもー。わかった! 私がなんとかするからミケは爪でも研いで待ってて!」


「ありがとうナナちゃん! でも爪とぎは今はいいかな……」


そうして、私がまさに頭を振り絞ってこの状況を打開する方法を探そうとした時だった。


「ただいまー」


ガチャ、とドアが開く音とともにお母さんが帰ってくる声が聞こえてくる。


「う、嘘……もう帰ってきちゃった。ミケ、お母さんは私が食い止めておくからどっかに隠れてて!」


私はそうミケに言い残して玄関に向かう。


「お、おかえりお母さん。今日は早かったね」


「まあねー。今日は早めにパート上がらせてもらえたの」


「そ、そうなんだ。お疲れさま」


「…………」


「…………」


「えっと、ナナ、なんで私の前に仁王立ちして動かないの?」


「え? ほ、ほら、私も仁王立ちするのにハマる年頃というか……」


「意味わかんないこと言ってないで中入るわよ」


「あ、待って、ミケが……! あ……」


し、しまった。ミケという単語を口に出してしまった。お母さんにミケを探されたら……。


「? ミケならここにいるけど。どうしたの?」


「……え……あれ?」


そこには、ミケがいた。いつも通りの猫の姿をしたミケが。


「い、いや、なんでも……」


「変な子。お母さんは夕飯の支度しちゃうわね」


私はミケに駆け寄る。


「ミ、ミケ……元に戻ったの?」


ミケはみゃー、と鳴く。


「え、えっと、元に戻れる? じゃなかった……人間の姿に戻れる?」


ミケは何の反応もしなかった。


「…………。そんな……。私と話せて嬉しかったって、人間の姿のままがいいって言ったじゃん。それなのに、なんで……」


そこで私はふと、あることに思い至る。


「そうだ、私の服……!」


私はミケが着ていた私の服を探す。


そして、それはタンスから見つかった。ミケが人間になる前に服がしまわれていた場所。


「…………。夢、だったのかな……」


******


あれから一ヵ月。ミケがあの時のように人間の姿になることはなく過ぎ去った。


やっぱり、あれは私の願望が見せた夢だったのかな。


そんなことを思いながらペンをあごに当てて、なかなか勉強に手が付かない。


「ナナちゃん、勉強してる時に他のこと考えてちゃだめだよ」


「それもそうだ。いったんミケのことは忘れて宿題を……って、ミケ!? ……って痛っ!」


勢いよく振り向いたせいでバランスを崩して床に這いつくばる。


目の前にいたのは……ミケだった。私の大好きな、猫のミケ。


「……まあ、そんなわけないよね」


そう言いつつ、私は今日もミケを撫でるのだった。

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