第1章 始まりの杜・紫菀都
第1話 草木と法と彩りの国
3泊4日の修学旅行は、初日から酷い土砂降りだった。
1日目を過ごした福島から仙台へと向かうバスの車内は、こころもち、どんよりしていた。
「あーあ、実質高校生活最後の思い出なのにね。行先が東北ってだけでなんかシブいのに。」
「せめて晴れてればね…昨日はレンタサイクルも使えなかったし。今日の自由行動、どうする?予定変えないとだめだよね。」
後ろの席の女子たちの話が耳に入ったので、僕は読んでいた本から顔を上げ、窓の外を見た。
午前中とは思えない暗い雨の中を、このバスも、対向車も、派手なしぶきを上げて走っている。バスの窓を次々伝う大粒の雫が、車のヘッドライトを反射し、色とりどりに光っていた。どどどどど…と豪快な重低音を立てて降る雨は、昨日から一切止む気配を見せない。
確かに、僕たちの高校は県下有数の進学校であり、高2の秋に行われるこの修学旅行以降は受験勉強一色で、楽しみなんてほとんどない。それがこんな土砂降りとあっては…残念な人もいるだろう。
僕にはあまり関係ないけど、と心の中で呟く。それでも、車窓の外の雨模様に一応は目をやった。
(…これはこれで、雰囲気があるよな。)
僕はそれきり外界に興味を失い、また本の世界に戻る。隣の座席に座っている
「せっかくの旅行中まで本かよー、ぶれないよな。」
「そうだね。」
そう、僕はぶれない。たとえ「本の虫」と揶揄されようとも…僕は三度の飯より本が好きだ。これまでの高校生活だって、部活にも入らず、勉強もほどほどに、読書に邁進してきた。そもそもこの高校を選んだのだって、通学圏で一番図書室の蔵書が充実しているから、というのが最大の理由だ。休み時間も…ときには授業中まで…ずっと本の世界に没頭しているおかげで、クラスで話しかけてくる人はこの早矢くらいになってしまったが。
そんな僕は、当然、この修学旅行でも、1日目からずっと本を読んでいる。だから僕としては、雨が降ろうが槍が降ろうが「関係ない」のだ。昨日の自由行動時間だって、会津若松市内の図書館でずっと本を読んでいたし。
「つーかよくバスの中で本読めるよな、
「バスの中で本を読むために、朝から酔い止めを飲んできてるから…確か酔ってからでも効くタイプだったはず。飲む?」
僕はナップサックから酔い止めの錠剤を取り出し、渡した。早矢は軽くうなずいて、受け取る。
「サンクス。」
早矢とは中学時代からの付き合いだ。中学でも高校でも、クラスで浮こうが陰キャと罵られようがお構いなしに日がな1日本ばかり読んでいる僕を、気持ち悪がるでもなく、構いすぎるでもなく、適度な距離感で接してくれるので、ありがたかった。早矢自身が陸上部の長距離ランナーで、1日何キロも孤独に走り込むストイックな男だから、どこか共感できるところがあるのかもしれない。
レモン味の錠剤をかみ砕いて飲み下しながら、早矢はボソリと言った。
「さっきからバスに酔った、っていうか…何か耳鳴りがするんだよな…」
「耳鳴り?」
「そう、なんか、低い音で、どどどどど…って。」
深刻そうに言う早矢。今度は僕が呆れ顔をする番だった。
「耳鳴りって言ったら、ふつう、キーンとかだろ。どどどって言ったら、それは地鳴りとか…」
「確かにそうだよな。じゃあみんなも聞こえてるのかな、この音…」
早矢に言われて耳を澄ます。確かにどどどどど…という重低音は、さっきから聞こえているが。これは雨の音だろう、と首をかしげる。
そのとき、きいいっという高音とともに、バスが勢いよく揺れた。
「土砂崩れ、だ!」
誰かが叫ぶ。
どおん、という爆発音、強い衝撃。バスが傾き、空中に放りだされ…とっさに前の座席の背もたれにしがみつく。背中側に強く引っ張られ、落ちていく感覚。女子、男子問わず、悲鳴がこだました。
最後に見たのは、反対側の窓から、大量の土砂が流れ込む光景だった。
◆◆◆
次に目が覚めたのは、白木の板張りの床の上だった。
(ここはどこだ…バスは?みんなは?)
見渡すと、目の前に、祭壇らしきものがあり、両脇に榊の枝のようなものが飾られている。空間はがらんと広く、神社の社殿の内部のようだ。
(どれくらい経ったんだろう…誰かが助けてくれたのかな…)
立ち上がってみると、多少ふらついたが、けがはないようだった。だが、制服は土砂でどろどろだし、荷物もない。
本がないのは困ったな、とぼんやり思う。直後、いやいやこの際もっと大事なものがあるだろう、と考え直した。家や学校と連絡を取るためのスマートフォンとか、水や食料とか…。とにかく何もないのだった。
「目が覚めましたか。」
ふいに女性の声がして、振り向くと、いつからいたのか、巫女さん姿の女性が立っていた。
きれいな黒髪を腰まで垂らし、手には祭壇に備えられたのと同じ榊の枝を持っている。年は20代くらいだろうか。綺麗な人だな、と思って思わず見惚れていると、巫女さんはにこり、と笑った。
「あの、助けてくださって、ありがとうございます…」
巫女さんは答えない。
「それで…あの…修学旅行の途中だったんですが…みんなは?」
巫女さんはやはり答えない。なおも微笑むばかりだ。
「ちなみに…ここは何県、何市なんでしょうか…」
3つ目の質問。ようやく巫女さんは、口を開いた。
「
「ず…ずい、ですか?」
聞き覚えのない地名に、軽く混乱しながら、問い返す。巫女さんは笑顔を崩さなかった。
「ここは
「はぁ…」
気の抜けた返事しかできない僕に、巫女さんは頷いた。
ほんの少し、悲しそうな顔をして。
「残念ながら、皆様のいらっしゃった
(それってつまり…
異世界転移。最近のラノベの設定によくあるアレだ。
僕はめまいを感じ、白木の床にへたり込んだ。
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