続いて行くもの

虫十無

耐えること

「嬉しい」

 貴女は言う。一緒に居られる時間が長くなって嬉しいと。

 そうだね、と返す。そんなこと、思ってないのに。


 貴女のことが嫌いなわけじゃない。ただ貴女の束縛の強さが私に合わなかっただけ。そこを除けばずっと好きなのに。じゃあそこを私が我慢できるかどうかなのか。

 今は二人とも在宅勤務だ。特に会議などもないので二人ともリビングで仕事をしている。誰かいて困ることはない。別にパソコンの画面をのぞき込むようなことはどちらもしないから問題もない。

 けれど見られてる。私のことをずっと見ている。いや、知っていた。今までだってそうだった。それでも、好きだという感情が上回っていたし、そもそもこんなに長い時間一緒に居なかった。

 朝起きてから夜寝るまでずっと一緒。一人になれるのはトイレに行くときくらい。それ以外はついて来られる。

 貴女といる時間が耐える時間になってしまった。


 もしかしたら私は人と一緒に暮らすのに向いていないのかもしれない。一人の時間がないと無理だ。昔からそうだった。そういえばそうだった。

 本当なら家はそれができる場所になるのだろう。自分の部屋さえあれば。けれどそこにこもることはいつだってできなかった。子供のころは親に怒られた。今はあの子がどこまでもついて来る。

 何なら今はあの子は外へ行くのにもついて来るから私が一人になれる空間はない。

 おうち時間というワードをこれほどの苦痛をもって聞くことになるとは思っていなかった。実家を出てあの子と一緒に暮らし始めるまでの一瞬あった一人暮らしの期間が遠い昔に思える。多分おうち時間というワードがそのころから言われていたことならこれほどの苦痛はなかっただろう。けれどそれはもうこの生活と結びついたワードになってしまった。そうでなければの仮定はもう意味がない。


 会社に行く時間が私を保っていたなんて知らなかった。

 一時間近く電車に揺られて会社に行って仕事をして、帰るときもまた一時間近く電車に揺られる。それをずっと面倒だと思っていた。


 これは全て私のせいだから。だから私からきりださなきゃ。

 私が耐えられないというだけだから。あの子には何の落ち度もないから。

 どう伝えればいいのだろう。確かに私が悪いことなのにあの子を傷つけない言い方を思いつかない。貴女のせいではないということをうまく伝えられない。


 それならこのままでもいいんじゃない、悪魔がささやく。

 諦念と妥協、そしてこれからも続く忍耐。堕落、今を続けるのみ。悪魔が誘うものとして満点だろう。

 耐えられないと思ったけれど、それはあの子を好きだという気持ちと正確に天秤にかけたわけじゃない。じゃあ本当に比べてみたら? そうしたら何かわかるかもしれない。


 貴女が好きです。私から言った。それでも貴女は喜んでくれた。そう、貴女からの感情は最初こうではなかった。ただ私が向けた感情を私以上に強くして、私とは違う形で返してくれた。そうやって育っていった貴女の感情を私が耐えられないと捨てるなんて。そんなこと、できるわけない。するべきじゃない。

 じゃあ、何もしないこと。それが唯一のすること。


 それならこれからは返してもらった感情をさらに大きく返していけばいいだろう。できるだろうか。やったことはないけどやるしかない。

 だって続けていきたいから。この関係性を、この関係性の上を。

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