二人の距離感
瀬川
おうち時間
仕事がお互いリモートワークになったおかげで、家に一緒にいる時間が増えた。
俺としては嬉しいのだけど、向こうはどう思っているのか分からない。
怒っているわけじゃないと思う。でも表情が読み取れない。
知り合った時からそうだが、ポーカーフェイスというか表情が変わることが無いのだ。
リアクションも薄いし、大きく感情を動かしているところを見たことが無い。
よく言えば穏やか、悪く言ってしまえばつまらない。
でも俺は、そんな穏やかなところを好きになった。
前の彼氏は最低なクソ野郎で、DVもあったし金も搾り取られた。
別れは向こうから、本命の彼女と結婚するからと言われた。
つまりは、浮気相手の方が俺だったわけだ。
もう何もかもが嫌で、死んでしまおうかとも本気で考えた。
でもそんな時に俺を止めたのが、幼なじみで今の彼氏である
自分のために死なないでほしい。
そう言って抱きしめてくれた将太の言葉に、俺は彼のために生きようと決意した。
好きだとは言われていないことに気づいたのは、しばらく経ってからである。
将太は、俺が死なないように恋人になってくれたんじゃないか。
別に好きだからじゃなく、ただの同情。
一緒に過ごすうちに将太のことを好きになってしまった俺は、それを知って絶望した。
でもすぐに、将太にも好きになってもらえばいいと、そうポジティブに考えることにした。
無表情で何を考えているか分からないけど、それでも同棲してからの時間はかけがえのないものだった。
穏やかで幸せで、そして俺を大事にしてくれる。
そんな人は、探してもそうそう見つかるものじゃない。
たとえ今は好かれていなくても、二人の時間を大事にすればいいのだ。
そうだからといって、不安にならないかといえば答えは違う。
パソコンに向かっている将太の横顔を盗み見ながら、俺は聞こえないように小さく息を吐く。
パソコンをする時だけ眼鏡をかけていて、そしてそれがとてもよく似合っている。
会社でも絶対にモテているはずだけど、そういったそぶりを見せたことは無い。
将太のことは信じているけど、俺よりも女性の方が良いんじゃないかと思ってしまう。
前にそれを言ったら怒られたから、言わないようにしているけど考えるのは止められない。
仕事の一区切りがついた俺は、二人分のコーヒーを淹れる。
将太が仕事を始めてから結構な時間がかかっている。
そろそろ休憩した方がいいだろう。
コーヒーの香りが届いたのか、キーボードを打つ指が少しだけ遅くなった。
手間をかけてインスタントじゃなく豆からひいたものを淹れ終えると、俺はカップを二つ持って将太の元に向かう。
いつもなら普通に渡すけど、悪戯心が芽生えてしまった。
家にいても仕事をしているから、構ってもらえる時間は少ない。
はっきり言うと、最近全然いちゃいちゃしていないから寂しい。
そういうわけで、少し恋人らしいことをしたくなった。
「将太。コーヒー淹れたから、置いておくね」
「……ありがとう」
机の視界に入る位置に置けば、ちらりとこちらを見て小さな声でお礼を言ってくれた。
そのままどこかに行くだろうと思っている将太の顔に近づいて、そしてこめかみの辺りにキスをする。
「お仕事頑張ってね」
いちゃいちゃしたかったけど、これが今の俺の限界である。
これ以上は将太が嫌がると思ってしまえば、下手なことが出来なかった。
俺はそのまま何事も無かったように逃げようとしたのだけど、カップを持っていない方の手を掴まれてしまう。
「しょ、将太?」
何も言わないから怒っていると最初は考えたけど、どうやら違うらしい。
将太の顔は今まで見たことが無いぐらい顔が真っ赤になっていて、そして俺から目をそらしながら、ぼそりと呟く。
「……もう一回、駄目か?」
その様子を見ただけで、俺は分かってしまった。
これからは、あまり不安にならなくていいのかもしれない。
俺は口元が緩むのが止められなくて、そのまま今度は唇にキスをするために顔を近づけた。
二人の距離感 瀬川 @segawa08
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます