おうち時間は突然に

大黒天半太

仕事の合間に叉焼煮込む


 世はリモートワークの時代だと言うのに、旧態依然の当社は、顔をつき合わせないと仕事できない、もしくは、リモートなんかにしたら社員はサボるとでも思っているらしく、一向に在宅勤務が導入される気配が無かった。


 しかし、ある日突然事態は急変した。会社の在るエリアが、国のデジタルトランスフォーメーション/リモートワーク特区の指定を受けたことがニュースになってから、最先端を行く各IT企業が、最新の、あるいは、実験的な、様々なリモートワークシステムの売り込みに来たのだ。普通にリモートワークを導入するだけでも、費用に補助が出るし、実験的なシステムであればあるほど、売り込む企業も実績を積むために破格の値段を提示してくる。


 当然、吝嗇けちで知られる我が社の社長が選んだのは、いくらなんでもトンガリ過ぎてるだろうという未来的システムだった。

 当社の負担は、通信回線の強化と床の段差解消だけ。そのシステムを使った様子をモニターしてデータ提供するのは当然として、実際に使用している様子を撮影し、リアルタイム配信を含む宣伝等に使用することに同意する代わりに、数千万円相当のシステムがハードウェア込みでほぼタダという、ホントにいいのかソレという契約らしい。


 そして、説明会だのなんだのを経て、トンガリ過ぎたソレことアバターくん1型は会社へやってきた。まぁ、入れ替わりに私たち社員は在宅でリモート勤務に切り替わったので、直接肉眼で見たのは、説明会での実働するサンプル機の姿の、新しいリモートワークオフィスの模型だけだったが。

 アバターくん1型は、ロボット掃除機の上に太い支柱があってもう一台のロボット掃除機のような円盤が串刺しになり天辺にタブレットとカメラが乗っているような形をしている。

 下のロボット掃除機は移動装置兼掃除機(そのまんまかよ!)だが、途中にあるのは作業用のインターフェイスだ。

 キーボード操作する指を持つアームと作業用のアームが格納されていて、必要に応じて切り替わる。説明会でそれぞれのアーム展開とアームの切り替えと完全格納の三形態へのスムースな動きに、デモンストレーションを見ながら、変形合体ロボ的な感動を感じたのを覚えている。


 まぁ、リモートなんだから、自宅の端末でオフィスのPCを直接操作すれば良さそうなものだが、社員がアバターくんを操作し、アバターくんが端末を操作することで端末に直接接続していないから、リモートワークの社員の端末やアバターくんの通信回線からの情報漏洩のリスクを減らせるのだという。

 無駄な所に凄い技術が使われてる感じがして、笑える。


 一方、我々在宅勤務の社員に支給されたのは、キーボードと顔を全て覆う形のインターフェイスと作業アームを動かすためのマスターユニットだった。キーボード用のアームは、手元のキーボードを打てばその通りにオフィスのPCを操作してくれる。マスターユニットは、肩に相当するフレームからアームが伸びていて、肘と手首と指先にベルトでそれぞれ固定すると、作業用アームは着用者の動きを読み取って同じように動かすことができる。個人の採寸をしてぴったりの長さで作っているので違和感が少ない。

 限界に近い重量物とか、固定されたものとかを誤って動かそうとした時の抵抗を、フィードバックするようにもできている。


 そして、無駄技術の最たるものが、このフルフェイスのインターフェイスだ。アバターくんのカメラが捉えた映像を、目の前のことのように再現してくれるのはいいとして、我々の顔をモニターして、アバターくんの天辺に乗ったタブレットに表示するのだ。


 課長の席から見渡すと、全ての社員がアバターくんに置き換わっていても顔で判別できるし、余計なことに表情の動きを増幅して若干デフォルメし、表情を読みやすく表示していることも、同僚の操るアバターくんを見るとわかる。居眠りはもちろんのこと、タバコやコーヒーで一服するにも、インターフェイスを外すので、画面に顔が映らなくなってバレてしまう。

 すっぴんで装備すると化粧した後の顔にするとか、無精ひげを消す機能とかもあるらしい。

 最初は、通勤時間の分だけ自由になったという感覚だったが、提供企業の設定で、連続作業していると強制的に休憩に入り(本体は壁際と廊下に設置された充電ブースへ移動して)、昼休みや終業時間になるとお知らせとともにいったんオフラインになり、再度オンラインにしての残業は全てアバターくんの記録に残る(サービス残業は不可の)ため劇的に時間外勤務が減り、フルにおうち時間を満喫できるように労働環境が激変した。


 二週間もしない内に、アバターくんのいるオフィスに慣れてしまった。もちろん、上司が居並ぶアバターくんに表示される私たちの顔を見ているように、社員同士も周囲でアバターくんに表示される同僚の顔に慣れていく。


 ある日、ちょっとした違和感に気付く。同僚の一人の仕事中の様子が変わった。集中力が続かなくてモタモタしてたり、居眠りをしてた彼が、人が変わったように仕事に集中している。

「何か、生活環境でも変わったのか? 最近調子いいじゃないか」

 アバターくんを通じて声をかける。モニターを見ると営業先に送るプレゼン資料を作成しているようだが、書いては読み返し、修正を行い、また書き進んでいる。タブレットの画面に表示された顔は、真剣そのものだ。

「どうした? 返事くらいしろよ」

 しかし、同僚は、無視してキーボードを打ち続けている。もしやと思い、インターフェイスのマイクをオフにして、手元のスマホをとり、音声発信で同僚へ電話をかける。

「もしもし、どうした? 勤務中に電話なんて」

「それはコッチの台詞だよ。お前のアバターくんは仕事してるのに、なんでお前、電話に出られた?」

「あっ!」

「何がどうなってる?」

「昼休みに入ったら話すよ、全部話すから内緒にしてくれ」


 昼休みに入り、廊下と部屋の壁際に設置された充電ブースに、次々とアバターくんが接続していく。充電を開始すると同時にオフラインになる。と、ほぼ同時にスマホが鳴る。

「もしもし、さっきはすまなかったな」

「とりあえず、説明してくれ」

 同僚の説明は、簡潔だった、アバターくん専用のサボりソフトを、手に入れたのだ、と。

「元々アバターくんは専用のAIを搭載して、リモートワークしてる社員をサポートしながら稼働する予定だったけど、今回の特区商戦に乗っかるためにそこらへんをオミットして先行販売に踏み切ったらしい。ただ、そのAI搭載型の実験機が、今回何台か混ざってるそうなんだ。で、そいつに当たった人から、そのAIプログラムのコピーをもらった」

「そんなものがAI非搭載のアバターくんに使えるのか?」

「アバターくんの方は元々高スペックだそうで、そのAIプログラムは手元の操作端末の方にハードディスクとメモリをちょっと増設してやれば、インストールできるんだよ。先週後半に入れて、既に俺の癖も学習してる」

「はぁ? それがサボりとどうつながってるんだ?」

「今日作ってた資料は、実はもう自宅で一昨日作ってた。いつもなら係長に出して、いつものように誤字脱字やら表現やら順番やらを直されて、作り直して再度持って行くわけだけど、それを俺のアバターくんは覚えてるから。普段の俺が、どんなペースで仕事して、どれくらいのクオリティかを知ってるから、まるでその場で考えて作ってるように見えるし、誤字脱字も予想の範囲内で混じってる。リモートワークなので、いつもよりちょっと慎重に見直してますというアピールが、プラスアルファされてる」

「顔はどうしてるんだ?  インターフェイスがリアルタイムで表情を読み取ってるはずなんじゃ?」

「そもそも、上司が読み取り易いように、表情がオーバーに表現されてる段階で本物の顔なんか関係ないだろ? これも、AIが俺の表情パターンから、最適な表情を選んでる」

「マジか?」

「それで、どのくらいサボれるか時間の目安も計算してくれるから、その間好きなことができる。今日は朝から、焼豚チャーシュー仕込んでた。台所にいたから、イレギュラーが起きてもすぐ対応できると思って、さっきは油断してた」

「不測の事態に対応できないなら、あんまり意味無いなぁ」

「いや、なんか起きても設定さえしておけば、自動対応もできるんだよ。上司用に『すみません、今手が離せないので/回線の具合が悪くて聞き取れないので、後でいいですか?/メッセージかメールで指示をください』と後輩用の『ごめん、今手が離せないから/回答の具合が悪くて聞き取れないから、後でいい?』を録音しておけば組み合わせて回答してくれるんだよ。同時に、スマホに音声ログが届くから、それ聞いてから対応できるし。同期のヤツからタメ口で話しかけられるパターンは、抜けてたわ。しばらく話すことも無かったから、AIの学習の範囲外だったし」

「確かに、どっちのパターンでも違和感あるな」

「タメ口の同僚パターンも作っとくよ。もし、俺のアバターくんが、俺の声でパターンの回答したら、数分後に俺から折り返すから、留守電入れたと思ってくれ」

「わかった」

「で、このAIプログラム使ってみる?  使うなら保存してるURL教えるけど」

「いや、いいよ。どっちかというと休憩とか仕事の合間には話しかける方だから、黙ってて受け身だけのパターンは、違和感有り過ぎだろ? ただ『回線の具合が悪くて聞き取れない』はいいネタだから使わせてもらうわ」


 みんないろいろ考えてるんだなぁ。サボりは省力化の原動力か?


 いつものようにアバターくんたちの顔を見回している課長。自身のアバターくんでチェックもできるが、うちの課長は変なところでぶれない。

 その課長の顔が変に歪む。ああ、もう花粉が飛ぶ時期か。静寂を破る課長のくしゃみが聞こえる。

「ぶぇっくしょぃ!」

 一斉にアバターくんが課長の方を向く。そしててんでんばらばらにスピーカーを鳴り響かせる。

『すみません、回線の具合が悪くて聞き取れないので、指示はメッセージかメールでお願いします』

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