リモート・リベンジ

くまゴリラ

第1話

「はあ……面倒臭い……」


 僕は嫌々ながらも部屋を片付ける手は止めない。

 イライラをぶつけるようにゴミ袋の中にゴミを叩きつける。


「くそ……全部ウイルスのせいだ……」


 新型のウイルスが世界的に流行したこともあり、外出が制限されるハメになってしまったのだ。

 その措置は批判的に語られることもあるが、世間は受け入れているようで外出している者はほとんどいない。

 まあ、反対していても外出する理由がないのだから仕方がない。

 何故なら、店も会社も学校も強制的に休業させられているから、外出する理由がないのだ。

 おかげで僕の唯一の趣味とも言えるコレクションの蒐集しゅうしゅうがまったくできない。

 そのため、僕のイライラはより強くなっていた。

 僕が部屋の掃除をさせられているのも、そんなイライラの原因の一つだ。

 気ままな一人暮らし。

 部屋に呼ぶほどの友人もいない僕は、誰憚だれはばかる事もなく部屋中に趣味に関係する品物を散乱させていた。

 しかし、この外出禁止で状況は変わってしまう。

 リモート飲み会。

 ただ酒を飲んで話をするというだけの行為なのに、自分の部屋の一部を他人に公開するというおぞましい行為だ。

 大学内でボッチになるのを避けるために入ったサークルでやることになったのだが、通常の飲み会には参加している手前、リモート飲み会だけ断るようでは無用な詮索を呼び、部屋に突撃されてしまうかもしれない。

 そうなるくらいならばと僕は考え、したくもない部屋の掃除をさせられているのだった。


「やっと終わったよ……」


 僕はそう呟きながらゴミ袋の口を結ぶ。

 ゴミ自体は少なく、ゴミ袋一袋分ほどだった。

 部屋のほとんどを占拠していたコレクションは押し入れの中にしまい込んだ。

 腰を叩きながら時計を見るとまもなく飲み会が始まる時間だ。

 僕は慌てて酒を用意するとテーブルの上にスマートフォンを置いて待機した。



 時間になるとスマートフォンを通して乾杯をし、リモート飲み会が始まった。

 リモート飲み会と言っても、普通の飲み会とあまり変わらなかった。

 無理矢理な一気飲みやボディタッチがない分、楽かもしれない。

 まあ、部屋の中を見られるという大きな大きなマイナス点はあるのだが……。


「あれ?」


 一杯目が飲み終わろうかという頃、一人の女性が会話を打ち切ったかと思うと画面に顔を近づけたのかドアップになる。

 その様子に皆も会話を止めてしまう。


「どうしたあ?」


「ひっ!」


 見るからに軽薄そうな男が声をかけると同時に女性は短い悲鳴をあげると顔を背けたかと思うと女性の顔を映していた画面は天井を映し出す。

 どうやら、自分のスマートフォンを突き飛ばしたようだ。

 そんな女性の様子に他の女性陣が色めき立つ。

 エロ本を見せた奴がいるだの、隠部を露出した奴がいるだの勝手な憶測を並べては男性陣を攻撃してくる。


「ち、違うの……」


 当の女性が震える声でそれらの憶測を否定した。

 じゃあ、何があったんだ?

 誰かが当然の疑問を口にすると、女性は僕の名前を口にした。

 皆の顔の角度が変わる。

 僕が映っている画面に視線を移したのだろう。


「きゃっ!」


「え?」


「いつから?」


 数人の女性が短い悲鳴をあげ、他の数人は青ざめた顔で画面をマジマジと見つめているようだ。


「どうしたの?」


「お前、そこ、他に誰かいるか?」


 僕の間の抜けた疑問に一人の男が逆に質問してきた。


「いるわけないだろ?」


 僕はそう言いながら後ろを振り返る。

 当然ながら、誰もいない。


「本当か? お、俺達を驚かせようとしたんだよな? もう充分驚いたからさ、もうネタバラシしてくれよ」


 誰もいないと言っているのに別の奴がさらに変なことを言ってくる。


「あのな、誰もいないって言ってるだろ! お前らこそ僕をからかっているのか!? ふざけるなよ!」


 僕は思わず怒鳴りつけてしまう。


「ふざけてねえよ! お前の後ろにいるんだよ! 血塗ちまみれの女が!」


 軽薄そうな男が僕に怒鳴り返してきた。

 僕は思わず振り返るが、やはり誰もいない。

 ふとコレクションが入っている押し入れが目に入る。


「ふ、不愉快だ……」


 僕はそう呟くとスマートフォンに手を伸ばす。


「おい! 本当に誰もいないなら、早くその部屋を出た方が良いって!」


「うるさい! 僕に指図するな!!」


 ほとんど絶叫に近い返答をすると僕はスマートフォンのビデオ通話を切った。



 不愉快なリモート飲み会を打ち切った僕は後ろの押し入れに視線を向ける。

 押し入れは完全にしまっているが、少し開いている気もしてきた。

 僕は押し入れを全開にする。

 僕のコレクションが、美しい僕のコレクション達が僕を迎えてくれる。


「な、な、なんだそれ……」


 男の震える声を聞いた僕は慌てて振り返る。

 切ったはずのビデオ通話が再開されていた。

 いや、そんなことより……僕の目はスマートフォンの後ろに立つ女性に釘付けになった。

 腰まで伸びる美しい髪。

 シミひとつなく美しい手。

 何よりも綺麗な顔。

 そう。

 その女性は数日前に僕が殺した女性だ。

 僕の後ろで押し入れに並べられているコレクションの一部だ。


「こ、これは……」


 僕が何か言い訳をしようと口を開きかけると玄関のチャイムがなる。

 こんな時に……。

 僕は玄関のチャイムに無視を決め込む。

 もう一度玄関のチャイムがなり、同時に声が聞こえてきた。


「警察ですが、何やら騒いでいると近所から苦情がありましてね。玄関を開けてもらえませんか」


 呼吸がままならない。

 足から力が抜ける。

 考えがまとまらない。


「うわあ!」


「きゃああ!」


 玄関を呆然と見つめているとスマートフォンから悲鳴が聞こえてきた。

 スマートフォンに視線を向けると、血塗れの女がスマートフォンを覗き込んでいる。

 女に手を伸ばそうとすると玄関が開いた音がした。


「今の悲鳴はなんですか!? あなた、何があったんです!? 失礼しますよ」


 警察が中に入ってくる気配がする。

 震える僕の目の前で目の前の女が満足そうな笑みを浮かべて消えていった。

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リモート・リベンジ くまゴリラ @yonaka-kawa

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