forty-four

『このちっこい青髪に、清掃婦を装わせる』

『ちっこい青髪!?』


 主にローゼさんと菜月さんが計画した赤髪の奴隷救出作戦は、ハンス辺境伯が清掃婦を呼んでいる週半ばを決行日としてまとまっていきました。


 真昼間、太陽が頭上から照る中を、重い台車を引いているのはわたくしエイミー・アイ・ケイシー。ハンスに雇われていた清掃婦は、我々の秘密の申し出に二つ返事で了解してくれました。身体を触られた。屈辱を晴らしてくれ。と、台車から制服まで貸してくれたのです。


 ごろごろと地面を蹴る車輪を押して、屋敷に近付いていきます。


「おい、止まれ」


 近付くと、大きな男の人が私を呼び止めました。


「清掃のお約束があったので参りましたが」

「それは聞いているが、この前までの女とは違うな」

「存じませんか。若い女がいいと、ハンス様がお申し出だったのです」


 私の嘘に――実際には、菜月さんが考えた嘘ですが、男の守衛さんはまんまと納得し、道を空けてくれました。布を被せた重い台車は進みます。姿勢を保つのが、難しい……。


 門をくぐると、広くはないけれど小綺麗にまとまったお庭がありました。庭師を呼んでいるのでしょう。小路を往って、その傍ら、一枚の便箋を庭の端に放りました。数歩歩いて、玄関の前で立ち止まります。一呼吸置いて、ベルを鳴らしました。数秒間、手持ち無沙汰で空を仰ぎます。なんら障害のない綺麗な青空でした。


「どちらで?」

「お掃除に参りました」


 重い木組みの扉が開くと、また男性の方が姿を現します。聞いている特徴と違うので、ハンス辺境伯ではないようです。無精髭を生やした気だるそうな男の人でした。


「ああ、どうぞ、入って」

「ありがとうございます。――あの、」

「ん?」


 入室を促した男性が、頭を掻きながら振り返ります。


「お手紙が、あちらに飛んで行ってしまっていますよ」


 先ほど置いておいた便箋を示すと、あちゃーと言いながら礼を述べ、男の人がそちらへ走って行きます。そして、そこに身体を屈めた瞬間――大きな爆発音が、屋敷の裏側から轟きました。門番も、いまの彼も、慌てて身を屈めているのが見えます。


 これは、作戦のうちです。屋敷の裏側は断崖絶壁。屋敷内に侵入して内部を探るには、仔犬のように素直に正門をくぐるしかありません。しかし、警備の配置された家の中を無闇に探り回るのは不可能。内部の人たちを外にやる必要があります。そこで、クライネさんの爆発です。私が正門を抜け、扉を開けたことは裏山からでは望めません。なので、便箋を庭の端に置き、それを拾いに行かせることで、男の人の身体が裏山から見えて、計画の進行を合図するのです。


 手下のような人たちが、次々と家の外に出てきます。きっと休憩中だった方々もいるでしょう。門番の人も、あるいは少し離れた所にいた手下の人たちも庭に集まって、大声で何かやり取りをしていました。


 また爆発が起きます。そして、肌が浮き上がるような感覚が全身を襲いました。闘争の本能に、血が駆け巡り、髪の毛がふわりと逆立つ。空気全てを味方にして、稲妻が、走る。


 菜月さんの魔法です。鋭い音が爆発音の背景で鳴り響くと、庭に集まった男たちは、一網打尽でした。私は家の中に滑り込み、奴隷が仕舞い込まれている部屋を探さなければなりません。台車を押して中に入るも、屋敷は広く、どこから手を付けたらいいのか早速見当も付きません。


「えっと、どうしよう……」


 とりあえず、こういうのは右手から順に探していくものです。私が扉に手をかけ、開くと、思わず息を飲み込みました。そこには、私の五倍も背丈のある大柄な男の人が立っていたのです。いえ、実際には五倍も差はありませんでしたが、咄嗟にはそう見えたのです。


「外が騒がしい時には、鼠が入り込むものだな」


 低い声が、男の大きな口から漏れ聞こえます。太い眉毛の下に覗く彫りの深い目が、私を握り潰さんとじっと見ていました。かないっこありません。私の身体など、この人には一捻りです――が、重い台車を引いてきたのは、まさしくこの時のためでした。


 台車に掛かった布がふわと浮かび上がったように見えました。次の瞬間には斬撃。血が、宙に飛び散ります。


 台車の中には、ローゼさんが潜んでいました。


「あら、こいつテヌートじゃない。見てやってよこの間抜け面。金に目がくらんでお城の近衛兵を辞めたんですよ。こんな蛆虫の住処の警備なんかして、恥ずかしいとかそういう感情はないんですかね。ないんでしょうね。金などあの世には持っていけないというのに――愛だけは常に持ち歩けることを、まるで知らないのですよ。ねえ、青髪の」

「お喋りですね」




 部屋の中で待機していたのは、最初の人を含めて三人。私たちが歩き出す前に、一人が倒れる騒ぎを聞き付けて、二人の手下が現れました。こうなった時、私に与えられた役割は一つだけでした。


『とにかく邪魔をしないこと』


 良かれと思って行うこと全てが足手まといになると心得なさいというのが、ローゼさんから私に与えられた命でした。なので、状況だけ見れば二対二のこの瞬間も、実際には一体二。私はローゼさんの間合いから距離を置いて、呼吸さえ遠慮しなければなりません。ローゼは動くもの全てを斬る。これは単なるクライネさんのジョークではなかったのです。


 先に動き出したのは、相手の一人でした。あちらも剣士で、振りかぶった剣の軌跡が、光に当たって輝きます。ローゼさんの剣は、いつも持ち歩いている重そうなものではありませんでした。切れ味が最高級の、遠くの国から渡ってきた刀――。けれど、ローゼさんの動きはけして軽やかとは言えないような、足腰の入った剣技でした。


 男の剣先が届く前に、その細い刃が重さを乗せて、男の身体を斬り捨てる。剣を振るのに置いていかれるみたいに、闇夜のような髪が揺れ、その奥に見える陰の色をした瞳が、血の色を帯びる。陶器の割れるような音が鳴って、その音が止まないうちに、もう一人の男の元へ刃が空を切り裂いていく――三日月の夜の静寂と、灼熱の太陽を伴って。





「それっぽい階段ね」


 敵を排除してから、それほど時間も経っていない内に、私たちは「それっぽい階段」を見付けました。南京錠を魔法で打ち壊すと、扉は独りでにその内部を晒しました。白日のもとに、白いローブに身を包んだ少女たちを。


 怯えた瞳が私たちを見つめます。絶望に満ちた表情さえ、その中には見えました。私もローゼさんも、けれど、すぐに気が付きました。


 赤い髪の、女の人がいませんでした。

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