4-7 追窮
「………………いや、いや、いや。そんな、ものに、見覚えは、無いです。」
途切れ途切れ、ゆっくりと紡がれた言葉に、カーネリアは嘘の気配を嗅ぎ取った。
それはカーネリアから伝えられなくとも、シェルフやレストにも伝わっていた。
「カーネリアさん。」
レストはそういうと、彼女に耳打ちした。OKと親指と人差し指をくっつけて合図をすると、カーネリアはその場を離れた。
そしてレストは再びデューレスに向き直った。
「そんなはずはありません。この紋章には貴方が触ったという証拠がしっかりと残っています。貴方には理解出来ないかもしれませんが、そういう物があるのです。」
「で、デタラメだ。そもそも、その、スオードさんを何故私が殺さないといけないのです。」
「この紋章をスオードさんが盗んだから、ではありませんか?」
その言葉を聞いて、デューレスの顔が更に強張った。まるで直線だけで生成された立方体からのように細く平たくなった。
「スオードさんの家には、他の冒険者の方の荷物が幾つもありました。盗まれても気付かないような消耗品が殆どですけれど。貰ったという可能性がありますが、僕の知っている冒険者で、そうしたアイテムを買っても絶対に他人にも渡さないと言い切れる人間の物もありました。」
ヤリアとチェインの事である。
「何故そんなものが、彼の部屋にあるのか。これは想像ではありますが――死者への冒涜にも成りかねませんが――スオードさんは、パーティを組んだ相手の荷物をくすねる趣味があったのではないでしょうか。」
シェルフは眉をひそめた。あまり死者を悪く言うのは、彼女のあり方として許したくは無かった。だが一応筋は通っているし、自分でもそうではないかとは思えた。一旦様子を見ようと口は挟まないでいた。
「これも同じ。スオードさんが貴方の荷物から盗んだのです。」
「な、なんで。」
「この手紙に見覚えは。」
「……!!」
そう言って突き出したのは、スオードの鞄から見つかった手紙であった。
「あ。その書き方、ギルドの書類のやつとそっくり。」
シェルフが声を上げた。
「でしょうね。これに残っていた指紋は貴方のものですから。」
そう言ってデューレスを指差す。
「貴方は四日前に受けた依頼を片付けた時、スオードさんに紋章を盗られた。そして手紙か何かで脅されたのでは?『これを返してほしければ金を寄越せ』みたいな。」
「依頼された金ってそーゆーこと。」
「い、いや、そんな……。」
「そして貴方はスオードさんを殺した。開けていたドアから入って、窓から出ていった。念の為手袋もして。」
「……。」
デューレスは沈黙した。言い返せないのか、呆れているのか。レストにはまだ測りかねていたが、やがてブツブツと彼は何かを口にし出した。レストは聞き耳を立てた。
「……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫違う違う違う違う分からない分からない分からない分からない……。」
大丈夫、違う、分からない。その三語を延々と繰り返していた。
率直に、気味が悪いと思った。だがそれは不安の顕れのようにも見えた。
やがてその呟きが止まると、デューレスは顔を上げて、レストをジロリと見つめた。
「証拠。」
「はい?」
「私が殺した、証拠。見せてくださいよ。」
しっかりとした口調であった。
「そうまで言い切るなら証拠くらいあるんでしょう?」
そう言われてレストは少し考え込んだ。言っていることは至極当然のことである。それは彼にもわかっている。だからこそーー、いや、今は何も言えない。とにかく今は時間を稼ぐしかない。
「ふむ。まずこの紋章については?」
「認めますよ。それは私の物です。でも私は殺していません。そもそもそれは返して貰う予定だったんです。手紙にも書いてあるでしょう?強請られて金は払う事になりましたが、ちゃんと返して貰うように約束はしていたんですよ。」
「でも返して貰ってなかったんですね。それは何故ですか?」
デューレスは大きく息を吐いて、そして少しばかりそのままの体勢で静止した後、頭を擡げて言った。
「会えなかったんです。」
「会えなかった?」
「……仕方ない、人殺し扱いよりはマシです。正直に話しますよ。私が行った時には既にスオードさんは死んでいたんです。」
言われるであろうと思っていた言い訳をされて、レストは次にどうすべきか心の中で頭を抱えた。
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