4-3 調査・1

 凄惨という言葉がよく似合う光景であった。


 首元から流れた血は、衣服にもべっとりと付いていた。


「うへぇ。」


 レストが口元を押さえた。そして、今度は自分で持ってきた手袋をつけ、片手でゆっくりと死体を確認する。


 首元がざっくりと切り裂かれていた。後ろから刺されたのか、どちらかと言えば背中の方に切り傷が通っている。


 肩に後ろから掴んだような手の跡が残されている。レストは鑑定眼鏡を起動してその手跡を確認したが、手袋の跡だという事しか分からなかった。


「準備周到ですね。手袋しているのは。これでは指紋が残りません。被害者が誰かはわかっているのですか?」


「被害者はスオード・ノーレンス。普通の冒険者です。」


「冒険者ですか。」


「ええ。戦士としては十分な実力を持っているとギルドで聞きました。特に恨みを買ったという話も無く、私達の方では捜査がこれ以上進められないのです。」


 レヴィが嘆いた。本当に打つ手が無いというような印象を受ける。


 レストはその見解には若干懐疑的であった。まだ分かる事はありそうだ。


「ふむ。……まぁ、とりあえず、調べてみますよ。」


「おおっ。では、この場はお任せして宜しいですか?私はまだ騎士団の方で仕事が幾つもありまして。」


「ええ。出来る限りというお話にはなりますが、やってみます。」


「よろしくお願い致します!!」


 レヴィは深々と頭を下げ、そして去っていった。



「本当に大丈夫なのですか?」


 カーネリアが尋ねる。レストは答える。


「まぁ、多分。」


 そう言って部屋の中を見回す。


 殺人現場とは思えない程整っていた。荷物も荒らされた形跡はなく、ただ死体がもがいたであろう床だけが、血に濡れていた。


「手掛かりなんてなさげじゃね?」


「無いのが手掛かりとも考えられます。」


「どゆこと?」


「まだ何とも言えませんけれど、要するにそれだけ手練れか、あるいは別の理由なのか、という話です。」


 そう言いながら彼は恐る恐る死体を探る。


 ポケットからは金貨の入った袋が見つかった。レストが振るとチャリンチャリンと音を立てる。


 と、その袋を横から何かが掠め取った。


「ひい、ふう、みい。結構入ってますわね。儲け儲け。」


 カーネリアであった。


「ダメですよ。ダメに決まっているでしょう。」


 レストは顔をしかめて彼女の手から袋を引き取った。


「冗談、冗談ですわ。」


 その言葉そのものが冗談である事はレストの目からも明らかであった。


「まぁいいです。中身が入ってる。荷物が荒らされていない。この事から、この人自身がターゲットであり、空き巣のような窃盗目的では無い事が推測出来ます。」


「確かに。アタシやカーネリアなら絶対その袋から盗むもんね。」


わたくしを一緒にしないで下さいますか?私でしたら、この家中漁った後にその袋を狙いますわ。」


「尚の事たちわりぃ。」


 シェルフが冷たい目でカーネリアを見つめた。


「まぁこの人はこういう人です。」


「気ぃつけるわ。」


「どういうことですの!?」


 守銭奴の抗議を無視しながら、レストは慎重に現場を探る。


「しかし、家の中は大したもんないですねぇ。」


 一軒家の中は部屋が一つ。元の世界で言うところの1Kというべきサイズであった。レストの過去の記憶からすると、一軒家にしては小さく感じるが、この世界の今の時代としては一般的な作りである。


「窓はありますね。」


 そう言ってレストは眼鏡を文字通り光らせる。


「……血の痕跡。出入りはここからですかね。とすると。」


 彼は窓の様子を眺めた。


「……まぁ無理ですか。」


「何がですの。」


「指紋がなかったんしょ。さっき手袋してて指紋が無いって言ってたじゃん。」


「シェルフさん正解。カーネリアさん不正解。」


「失礼なぁっ!!」


「ともかく。血の跡を全く残さないというのは無理だったようです。ですが一日経過しています。多分地面には残っていないでしょう。」


 窓の外を眺めながらレストは言った。窓の外はすぐに地面で、血の跡も特に残っていない。鑑定眼鏡にもそれは表示されなかった。足跡は大量に存在するが、大量すぎて特定が困難である。どうも野次馬やら騎士やらが大挙して押し寄せたようだ。


 玄関の方を見ても指紋はない。手袋の跡もない。


「ふぅむ。わかっている事をまとめるとこうですね。


 ・被害者は首元を恐らく背後から刺されて死んだ。

 ・容疑者は手袋をしていた。

 ・窓から出入りをした可能性が高い。

 ・容疑者が物取りの可能性は低い。


 ……何もわかってないのと大して変わりませんね。」


「0と1では1の方が重要ですわ。」


「そーそー。で?次はどーすんの。」


「うーん。」


 レストは考え込んだ。


「被害者――スオードさんが恨みを買っていないとしたら、何が原因なのかを探ってみましょう。」


「どうやってですか。ギルドに聞いても分からなかったのでしょう?」


 カーネリアの問いに再びレストは考え込みながら答えた。


「……とりあえず荷物を探るしかないでしょう。」


「荷物が荒らされてないのにですか?」


「ええ。荷物が荒らされていない事から言って、多分原因はこの人自身、つまり記憶に関係しているものと思います。ですのでカーネリアさんの仰る通り、荒らされていない荷物を漁っても直接的な証拠は見つからないでしょう。ですが。」


「直接的でない、間接的な証拠、例えばどこに行ったかですとか、誰と行動したかですとか、そういった情報は得られるかもしれない、と?」


 カーネリアの言葉にレストは頷く。


「正直今は打つ手が無いので、とりあえずって感じですが。」


 そう言ってレストは、近くにあった被害者の物と思われる鞄を開けて、ゴソゴソと弄った後、絶句した。


「あー。」


「どしたん。」


「いや、その。なーんでこれで見つからなかったのかなーって。」


 彼は鞄の中身を見せた。鞄の背中にする面が剥がれ、隠しポケットが露わになった。


 天使の輪っかが真ん中に描かれ、それを貫くように何かの板が縦に描かれている。そして天使の輪っかの周りに大きな女性の手だけが描かれている、そんな紋章が見つかった。

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