おうち時間があたりまえになったら

橋本洋一

おうち時間があたりまえになったら

 信司は自分に宛がわれた部屋でひたすら仕事を行なっていた。遠隔操作で農作物を管理し、畜産物を飼育する――いわゆるファーム・プログラミングだ。もちろん、どんな食べ物にも変換可能な七色米レインボー・ライスが主流な今、信司のやっている仕事は古い世代の嗜好品――はっきり言ってしまえば高級品だ――をとあるスポンサーのために作っているだけに過ぎない。


 だが信司はこの仕事に誇りを持っていた。自分はありふれた七色米の主食と、雑多な昆虫食を食べているが、給料はそれなりに高いし家族にも十分な暮らしをさせられる。


「うーん、今日はこれで大丈夫かな?」


 背伸びをしながら信司はぽきぽきと首を鳴らす。トラブルがない日々ではないが、基本的には決められたことを守るだけの単純作業だ。


『おーい、信司。飯食ったか?』


 机に置かれた小さな三角錐の頂点から立体映像が浮かび上がる。同僚の卓也だった。信司は「ああ、さっき食ったよ」とにこやかに返す。


『そうかー、実はよう、相談があるんだよ』

「また奥さんと喧嘩したのか? いい加減別れたらいいじゃないか」

『でもなあ、子供も大きくなっているし』

「だったら仲直りしろよ。平和が一番だって」


 大仰な言い方に卓也は苦笑した。


『何言ってんだ? 戦争なんてここ三百年起こっていないだろう? ウィルスが蔓延して一歩も外に出られていないんだから』

「ロボット戦争は五次までやっただろ」

『死者が出たのは一次までだろ? でも、お前の言うとおり、仲直りするよ』


 どうやら後押しだけされたいだけだったらしく、すぐに立体映像は切れた。

 仕事が終わった信司は電脳政府が製作しているテレビを見ることにした。

 ロボットの演者による時代劇が放送されていた。


「昔はあんな棒切れで戦っていたんだなあ。今じゃあ空気銃で制圧できるけど」


 そう言いつつ、ぼうっと眺めていると突然臨時ニュースが入った。

 月面政府が仔犬の出生に成功したらしい。これで十頭目になる喜ばしいニュースだった。ロボット犬が二百年前に流行ったけど、今では誰も飼っていない。


「あ、そうだ。美雪と翔太と話さないと」


 信司は己の妻と子供に連絡を取った。

 数秒後、美しい容姿をした女性と可愛らしい子供がそれぞれ別の立体画面から出た。


『あら信司さん。お仕事お疲れ様』

『パパ、元気ー?』

「ああ。ありがとう。大丈夫、身体に異常はないよ」


 三人は三十分ほど会話を楽しんだ。翔太の成績が上がったことを夫婦は喜び、もうちょっとで昇進できそうだと信司は嬉しそうに言った。


「それじゃ、また連絡するよ」

『うん。パパ、無理しないでね』

『健康が第一なんだからね』


 信司はにさようならを言って、自室にあるベッドに向かった。そしてふかふかの布団に横になった。


 信司のような生活は珍しくない。一人一軒の『おうち』を与えられて、自分だけの『時間』を消費する。無菌かつウイルスのない、小さな世界で一生を過ごす。子供が欲しい場合は、自分たちの精子と卵子を抽出して、人工授精して産む。


 健康で人と関わりが持てる、ただし温もりのない世界。

 あなたはこの世界をどう思いますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おうち時間があたりまえになったら 橋本洋一 @hashimotoyoichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説