死にたがりの兵士

花壁

死んだ兵士

 上官の命令は絶対だった。

 それに疑問を覚えたのは彼が子供を殺したのを目にした時だ。

 躊躇わず引いた銃口からは煙が上がり新たな標的へと銃身を定めていく。

 彼らは罪を犯したのだという。

 ──罪を犯した。だから殺害する。疑問など持つな。

 それが上官の口癖だった。

 だがこんな年端もいかない子供に何ができるというのだろう。

 本当に罪を犯したのだろうか。これは正しいのだろうか。

 俺は人を殺した。

 それは仕事で、国のためだという。

 国のためでこれは正しいことなのだ、ということがどこか機械じみている様な気がしてその言葉を聞く度に違和感だけが募っていった。

 だから例えば、そればできません。と進言した時の表情と言ったらそれ以外の答えなど知らなかったらしい上官は固まってしまい意味を理解しきれていなかったようだった。

 この国には意志なんてものは必要ない。それはすべて統制され、我々人間はそれに従う。それが生きていく術だ。それは矜持のように刷り込まれ浸透した。

 思い出してみても彼らの言葉に意義があったかと問われればまったくと答えるだろう。そんなもの星屑ほどにもなかったし俺は今の自分が嫌いではなかった。

 どこをミスったかと考えていたがどうしても浮かばず、しいて言うなら、子供を殺すのを嫌だと進言したことぐらいだった。






「駄目だな、今の奴は。動きが鈍くて」

 向かいに座る男にそう口にした時、壁を隔てた背後で人の気配がして同居人が帰ってきたことを理解した。

 彼女には政府の密偵を頼んでいた。

 なにか掴んだのかもしれない。

 上官の男がすきではなかった。

 だから奴が奴隷売買に加担していると知った時、仕事の傍ら詳細を探っていた。

「奴隷は安いがすぐ壊れる。そうじゃないものを作らなければ」

 その言葉に奴隷商人の男は片眼鏡の奥で目を細めてにやついてさも楽しげに口を緩ませた。

「では、こちらで新しいのを手配しましょう。今使用されているものは後日引き取りに参ります。それまではくれぐれも壊さないようにお願いしますよ」

「脆いのが悪い」

「それはそれは失礼致しました。今後ともよしなに」

 今日でこいつと顔を合わせるのも最後かと思えば少しは話を合わせられた。

「頼んだぞ」

 男を見送ってから廊下の角に隠れていた少女に声をかける。

「報告はいい、支度をしろ」

 しばらく身を隠して、彼女にはそこにいてもらって。とこれからの段取りを頭の中で組み立てていく。

 いまいち状況を理解していないのかクロエはそこから動こうとしなかった。

「証拠は掴んだ。これで政府の重役連中も動くだろう。はやくしろ。ここは危険だ」

 立ち止まったまま動かない彼女を不審に思い声をかける。

「おい、しっかりしろ。はやく支度を────」

 屋敷の遠くの方で窓硝子が割れる音と銃声が轟いた。

「くそ、嗅ぎつけてきやがった」

 情報を探りすぎたか。

 いつかこうなるとは思っていたがと数秒考えて意識を目の前に向ける。

「お前は先に逃げろ」

 言葉を裂くように背後から破裂した壁が爆風を伴って辺りを包みこんだ。それでも目の前の彼女が生きていることに安堵して指示を出す。

「裏門からだ。辺りを警戒して逃げろ! いいな?」

 第一弾では収まらず第二第三とあたりに咆哮が轟き屋敷が揺れ、建物の前方からは部隊が配置に着く慌ただしい喧騒が聞こえだした。

 囲まれたか。

 自身の反応の鈍さに舌打ちをして踵を返す。

 砲弾が撃ち込まれ火の手が上がっているのが見えていた。

 くそ。

 煙を吸い込まないよう身をかがめて口元を抑え屋敷内を歩く。

 手加減なしか。

 政府には能力に特化した陣営で編成された部隊が存在する。

 その内のひとつが暗殺特別部隊。

 その名の通り人を殺すことに特化しているわけで、覚えている限りでは自身が率いる部隊だった。

 容赦の無い追撃に壁には銃弾の穴がいくつもできていく。

 砲弾が止むことなく屋敷が燃えゆく中を追い立てられるように屋敷の外へ出ると裏手の藪に入り込んだ。

 あらかじめ指定していた場所を頭に書き起こしていく。

 クロエも無事に逃げられただろうか。と立ち止まったところを銃弾に追い立てられ、逃げた先前方に立ち塞がった男に向けられた銃口から出た銃弾が瞬きの後瞳に入る瞬間をはっきりと確認していた。






 深い眠りから起きたようなはたまた瞬きののちに目を覚めたのか、次に意識を取り戻した時に見えたのは眼下にいる白衣を着た研究職員らしき人間が、八人ほど。立体型の液晶画面を覗き込みなにやら話し込んでいるのが見えた。あいにく何を言っているのかは聞こえないが、それらの言葉には助けるとかそんなものは微塵も感じられなかったので視界の端で捉えた精密機器の背面に繋がれたケーブルを辿っていくことに意識を向けていくとそれは立方体の透明ガラスの中に入り込み目の前を、文字通り目の前を通り心臓部に差し込まれていた。

 どうしてこうなったのかを思い出そうとするがどうしたって思い出せないのでそれなら仕方ないかと切り替えて次にここからどう逃げ出そうか考える。なんとなくだが、ここにいてはいけないと脳内で警鐘を鳴らしている様な気がした。こういうカンは外れたことがなかった。どうしてこう思ったのかはわからないが、外れたことがないということは確信していた。

 手も足も身体も動かそうと思えばいつだって動かせた。

 だがそれは今じゃない。

 少し観察しているとわかってくることがいくつかあった。

 1人を筆頭に動いている事。彼らの後方部には両開きのドアがありそこから何かしらの人間を持ってきては別の機械に接続しデータを取っているように見えるが、大半は形が保てず灰とかしていく。

 はじめは何をしているのかわからなかった。

 その大半は元から負傷しておりそれ以上何かをする意味などないと思ったからだ。だから、生きている人間が担ぎ込まれ暴れ心臓を抉りとって涙し事切れたその後、彼女は灰にならなかったことに驚いた。ただ、元通りではなかった。体には鱗が生えては抜け落ち爛れた皮膚から鱗が生えてを繰り返し人間の形を保ってはいなかった。

 そして奴らは俺が動いたことに気がついていない。

 例えばこうして外に出ても気づくものなどいない。

 部屋を出る際、背後の立方体の透明なガラスの中の緑の液体に自身とそっくりな人間がいた気がした。どうして自身だと気づいたのかはわからないがそれは俺だった。でもおそらくそれは気のせいで、周りの連中が気づかないのも恐らく目が悪いだけで、俺はちゃんと生きてて。とそこで白衣を着た彼らが慌てたように俺の体を通り抜けて行った。それを皮切りに白衣が向かってきては通り抜けるの繰り返しだった。流石に怖くなって、どこに行けばいいのかもわからなかったが、手当たり次第に廊下を走りその先のドアを潜るのを数回繰り返してから自身のやってることがおかしいことに気がついた。

 俺は透明なガラスを通り抜けてここにやってきたんだ。だったらここから出るには、壁を通り抜ければいいだけだ。

 意味もないのに辺りを窺って一呼吸ののち、壁に入っていった。

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