Tへの手紙

@tatiana175

Tへの手紙

 朝の電車に揺られながら、この3年間を振り返る。高校生活は全体で見れば楽しかった。友人ともそこそこ遊び、勉強もそこそこ頑張って、そこそこの成績で、そこそこの大学を受験した。彼女がいたこともあった。僕の高校生活はバラ色といっても差し支えなかったと思う。これで大学に合格さえしていれば、何も心残りはないといっていい。駅で降りて、バスに乗り換えて、やっと校門にたどり着く。この長い通学路も、目の前にあるちょっとぼろい校舎も、今日は何もかもが愛おしい。今日は卒業式の日である。教室に入ると、仲のいい奴らで集まって、それぞれいろいろ話をしている。けれども私はどちらかというと隣のクラスのほうが仲のいい人間が多い。私はカバンを無造作に机の上に置くと、すぐ隣の教室にいく。そこにはいつものやつらがいて、またそれぞれ他愛もない話で盛り上がっている。

「ういっす。」

「ういーす!いよいよ卒業だな!正直合格まだ決まってねーし、気が気じゃねえけどな。」

「わかる。つっても俺はまぁ、正直志望下げて受験したし、落ちる気しないがな(笑)」

「うっせー(笑)落ちててほしいわ(笑)」

「いやぁ、でもあっという間だったよなぁ…入学当初はこんな地獄が3年続くのか…みたいに思ったけど、終わってみるとあっけねえわ。」

「ほんと、自称進学校のつらいとこね。ワハハ。」

「意味もねえ課題ばっかやらせやがってよぉ」

「結局答え写してばっかだったけど、なんだかんだよく耐えてたと思うわ。」

軽口で盛り上がって、そのあと一瞬間が空いて、別の友人が思い出したような口調で尋ねてくる。

「そういやさ、結局Cとは仲直りしてないの?」

その名を聞いて私はぎくりとした。間をおいて答える。

「......結局してないな。まぁあいつわけわかんないし、一方的に向こうが嫌ってただけだから…」

 周囲が私の心境を察してか

「そっか。」

とだけ言って、また話題は3年間の思い出話に戻った。


Cというのは2年生のころ親しかった友人の名前である。席が近く気が合ったので教室ではいつも彼と一緒にいた。もう一人Bという奴とも親しくしていたが、ある日突然、何の前触れもなく、私は二人から存在を無視されるようになった。無視といっても、こちらが話しかければ答えるし、提出物などの極めて事務的な事項については向こうから話しかけてくることもあった。しかしもはや友人ではないというような、そういう雰囲気をあからさまに出すような、そういう態度で接してくるようになったのである。とにかく一番親しかった友人二人との関係が途絶えた私は、以来こうして自分のクラスではなくて隣のクラスの人間と関係を持つようになったのである。2人のことを彼らに相談していた時期もあったから、こうして話題に上がったのだろう。しいて心残りを上げるとすれば、彼との関係は、もっとどうにかなる道があったようにも思う。

 卒業式そのものはなんてことはなかった。中学時代の卒業式よりも淡々としているし、涙を流すのもちょっと恥ずかしい。終わった後はクラス担任がいろいろいい話を聞かせてくれて、その話に耳を傾けた。最後に教室全体で先生に挨拶をして終わり。教室に居残って話をするものもいたが、例年玄関で色々な部活の後輩たちが先輩を出迎えて色紙を渡したり写真を撮ったりする文化があって、非常に込み合う。部活に入っていなかった私を出迎える後輩はいないから、さっさと外に出ることにした。玄関について、下駄箱を開けた私は、その中に一通の茶封筒が入っていることに気が付いた。ラブレターか何かだろうか、それにしては質素だ。取り出してみると結構な厚みがある。封筒の表面には、あまりきれいではない文字で「T(私の名前)へ」とだけ書いてある。既に玄関には結構な人が集まっていて、この場で封を開けて読むのも迷惑だから、僕は一度取り出した靴を下駄箱に戻して、教室に戻った。教室には誰もいなかった。2列目の一番前の席に座って、封筒を開けると、中にはB5のルーズリーフが何枚か折りたたまれてはいっていて、黒のシャーペンで書かれた文字が、ぎっしりと詰まっていた。一枚目の一行を読んだとき、私はその手紙が誰のものであったかを知った。Cからの手紙であった。

一度5枚ある手紙の枚数を数えてから、その手紙を読み始めた。


「T君、お久しぶりです。Cです。2年生の春から今日までずっと同じ教室にいたのに、こんなあいさつでこの手紙を始めるのは、少し変かも知れませんが、君と言葉を交わさなくなってから、既に一年以上経っていますから、やっぱり久しぶりです。この一年間、正確に一昨年の10月下旬辺りから、君がどのような心境で学校生活を送っていたかは、私にはわかりません。君が今私に対して、どういった感情を抱いているのかもわかりません。だから、もし君が私のことを心底憎んでいて、私の書いた文章など読みたくないと思うなら、この手紙を読み終わる前に処分してくれてもかまいません。しかし君がもし何か引っかかりのようなものを残していて、そのことで少しでも頭を悩ませているとしたら、どうかこの長い手紙を最後まで読んでほしい。」


 これが彼の手紙だとわかったとき、私は一瞬謝罪の文言が述べられていることを予期した。そして、そのあとには復縁を望むような内容が続くのだろうと思った。しかしこの妙に回りくどい言い回しの文章からは私に対する申し訳なさは感じられない。そのことに腹を立てているわけではないが、どうしてこんな手紙をよこしたのか、それが少し気になった。手紙を読み進める。


「私がこの手紙を書いたのは、君に対する説明の義務を果たすためです。私と君との関係は一昨年の10月に何の前触れもなく、終わりました。それはおそらく君にとって大変気味の悪いことだったであろうことは想像に難くないし、友人というのは、気に入らない部分を許容しあいながら、それでもお互いの悪い部分を指摘しあって、成長していける関係が望ましいものです。私が君と関係を絶ったのは、私にとっての君の気に入らない部分が、指摘する程度では治らないという確信を持っていたからに他ならないのですが、それを一切説明せずに、ただ関係を絶ったのは、今思えば正しい判断ではなかった。だから、どうして私が君と関係を絶ったのか、そのことについて伝えようと思います。」


 ここまで読んで、彼の言いつけ通り、この手紙を破いて教室のごみ箱に捨ててしまおうかとも思った。この晴れがましい卒業式の日に、これほど不愉快な手紙を送りつけてくるとは…どうにかなった関係だろうという思いはここまでの手紙で打ち砕かれた。Cは間違いなく屑だ。彼と友人であり続けることは、絶対に無理だった。それでも、私の高校生活の心残りを、ここで解消できるなら、全部読む価値はあるだろうか。手紙を読みすすめることにする。


「私と君とが仲良くなったのは高校2年生の時に同じクラスになってすぐのことでした。この時、同時にBとも仲良くなって、春の最初の時期はこの3人で教室で好き放題やっていたのを覚えていますか?あの頃はとても楽しかった。君とBとは、きっと一生の友達であろうとさえ思っていたのですよ。ところで、私と君とBとが仲良くなったきっかけは何だったか覚えていますか?要因はいろいろあったでしょうが、おそらく一番大きかったのは「女嫌い」という共通の性質だったと私は思っています。事実私は君に何度か「君を心から尊敬している。」という趣旨のことを言っていた記憶がありますが、それはすべて君の禁欲主義的な部分に対してでした。」


 2年に進級してすぐの時のことを思い出した。3人で席が近かったから、最初からそれなりに話をするようになったが、ただの「席が近いやつ」から「友人」という関係に変わったのは、あることがきっかけだった。それは各々が「女嫌い」を告白したことだ。最初にそのことに触れたのはBだった。彼はどことなく常軌を逸しているところがあって、挙動不審だったし、性癖も理解に苦しむ部分が多かったが、さらに彼は一貫して「女に人権はない。」という趣旨の発言をしていた。それは彼の個人的経験に基づく思想だったのか、あるいは何か別のものに影響されたものだったのかはわからなかったが、とにかく彼は何らかの事情で極端に女性を嫌っている様子だった。一方Cはただ単にBに同調していた様子に見えた。彼はごく普通の人間だったが、Bを崇拝していたようなところがあって、彼が「女に人権はない。」という趣旨の発言をするとそれを面白がって笑いながらも、その意見に賛同していた。彼自身も女嫌いを自称していて、それはC自身によれば彼の個人的な経験に基づくものだった。高校一年生の時に恋愛がらみで女子といざこざがあったとかで、それを深く根に持っていたようである。かくいう私も、その時は女嫌いを自称していた。私も女子とのいざこざで当時所属していた部活動を辞めた過去があっため、当時それは全くの嘘ではなかった。ただ一度や二度の個別的な経験で、女性全般を嫌うのは短絡的であるし、Bのような過激な思想も持っていなかったから、最初は話を合わせるために多少話を誇張していた。とりわけCは発言が過激であればあるほど、大袈裟に反応して盛り上がったので、彼に対する誇張は徐々に大きくなっていった。


「当時のわたしの言葉にうそ偽りはありませんでした。私は例えばあなたの言っていた「俺はオタクだから現実の女に興味がない。」とか「EDでもともと性欲がない。」とかいうことを聞くたびにあなたのようになりたいと思っていたものです。それは私が当時、精神と身体との乖離に深く悩まされていたからです。心の底から女を嫌っていながら、性的欲求の対象はどうしても女に向いてしまう。私は自慰行為をするたびに、自己嫌悪感を抱いていました。だから、あなたが高校2年生になったその当時まで自慰行為をしたことがない、ということを聞いて、心底あなたの無欲さをうらやましいと思っていました。あなたがクラスの女子の前で平気で女性を「下等生物」呼ばわりしていたのを心の底からかっこいいと思っていました。」


 この先に続く文章は、読まなくても想像できる。

 けれども、それは嘘だった。


「けれども、それは嘘でした。あなたが3次元の女性に対して関心がないというのも、女を下等生物と呼んでいたのも、すべては私をだまして、あなたを尊敬させるようにするための嘘だった。あるいはBと話を合わせて彼と対等であろうとするための嘘だった。本当はあなたは私と同じように、身体は女性を求め、また、これは定かではないが、精神的にも女性をそれほど嫌いと思っていなかった。」


 今思えば実に奇妙な価値観だったが、2人と過ごしている間は「女性をどの程度嫌いであるか」が人間的に優れていることの指標だった。Bは一貫して過激な思想を主張していたものの、自慰行為に関しては否定するどころか、積極的に話題にしていた。ただし彼は、暴力的なアダルトビデオを好んでいた点でその発言とは矛盾がなかった。一方でCは徹底的に性欲を否定した。性欲が男性を縛り付け、自由を奪っているという解釈をしていたためである。しかし彼は一方で欲望に正直であった。自慰行為は習慣的に行っているし、肝心の女子生徒の前では彼自身の思想を語ることについては避けていた。自分で女性を嫌っておきながら、女子生徒に嫌われることは避けていたのである。しかしそのことが彼のなかで矛盾となり、葛藤を生んでいた。私はそのことをわかっていたから、彼に対して、自分は自慰行為をしたことがない、現実の女には一切興味がない、という趣旨の発言をしたり、女性全般を批判するような発言を敢えて女子生徒の目の前でしたりしたのである。全部が嘘だったわけではないが、Cの前ではなるべく「カリスマ」を演じるようにしていたがために徐々に現実の自分との間に乖離が生じてきた。手紙を読み進める。


「私があなたの虚言にうすうす感づいたのは、6月の半ばころからです。あなたが徹底的に女性に関心がないと自称していながらも、どことなく女性に関心があるようなそぶりを見せ始めたのがそのころでした。例えば私たち3人で話しているときに、近くで私たちの話を聞いていた女子生徒が笑うような場合がありました。私は、実はこういうことが起こると、なぜか少しうれしい気分になって、そのあとで自分の中の矛盾を自覚して強い自己嫌悪感を抱いていたものでしたが、あなたの反応は違いました。その女子の機嫌を取るかのごとくさらに面白いことを言って、また笑いを取ろうとしていたのです。私たちの前ではあんまり冗談を言わないあなたが、こういう場合に限って、冗談を言うことに全力を注ぐ様は、幻滅という域を通り越して滑稽でさえありました。まぁ、こんなのは若い我々くらいの年代の男性にはありがちなことです。私はこういうのを指して自由の抑圧とか呼んでいましたが、まぁ私個人の思想はもうあなたは十分に理解しているでしょうから、ここでは触れるまでもないでしょう。」


 Cがそんな早くから私の虚言を見抜いていたのは少し意外だった。確かに私は、6月頃には、クラスの女子とCやBのいないところで交流をもって、ちょっと変わった面白い奴として女子からも一定の人気を得ていた。それがばれるのも時間の問題だっただろうが、仮に気づいたのならばその時点で少しずつ関係が薄れていったはずである。しかし彼と関係が立たれたのは確か10月頃のことである。一度夏休みを挟んだにしても、この4か月間、私はうまく彼の前でカリスマを演じていた。馬鹿な奴だと若干見下しながらも、行動を共にしていた。本当は演じ切れていなかったのだろうか。手紙を読み進める。

「もちろん私は、あなたの嘘に対して相応の怒りや不信感を抱いていました。またあなたが自分で言うような厳格な女嫌いでないことにも失望していました。しかし、たといあなたが女嫌いでなかったとしても、嘘を貫き通していたのならば、おそらく卒業式の今日、朝の教室で3年間を振り返り、3人で校門を出て、どこか食事にでも行っていたでしょう。私があなたとの関係を断つことを決めたのは、あなたがもはや自身の嘘を貫き通す気さえももっていないということに確信を持った後のことなのです。それまでは、ある種の執行猶予とでも言いましょうか、あなたの行動を注視しながら、あなたがこちら側に戻ってこないか淡い期待を持ち続けていたのです。」


これは彼には隠していたことだが、私は文化祭が終わった後で、ある女子生徒に告白されて交際を始めていた。文化祭は7月の下旬のことだから、このことが彼の疑念を確固たるものにした要素だとは思えない。一体何が彼に確信を与えたのか。手紙を読み進める。


 「一つの契機は文化祭でした。あの時期は私にとっては地獄そのものでしたが、まぁその時のあなたも、まだ嘘を続けていましたから、私に同調して「吐き気がする」だのなんだの言っていた記憶がありますが、文字通り私にとって吐き気がする行事に他ならなかった。まぁ行事自体はどうでもいいんですが、問題はそれが終わった後のクラスの状態です。一学期の間は教室の真ん中にまるでカーテンが引いてあるかのように男女の交流がなかったのですが、この文化祭を経てからどうにもクラスの風紀が乱れ始めた。私は昼休みの間が不快でたまらず、Bと別の場所に行って弁当を食べたり、あるいはトイレで食べたりしていたものですが、この辺りからあなたは我々と一緒に昼食を摂らなくなった。理由はとある女子生徒と昼食を摂っていたからなわけですが、まぁそのことを強調するとまるで僻みを言ってるように聞こえそうですから、あまり触れないことにします。夏休み中は、ほとんど会うこともなかったけれども、夏休みが明けてからも、この風紀の乱れは戻らなかった。それが大体9月のことです。」


 こんなのただの僻みでしかないではないか。友人よりも彼女を優先することのどこが悪い!といいたいところだが、私の過去の発言を考えると、僻み以外の感情を読み取ることはそれほど難しくはない。まぁ僻みでないなんてことはないだろうが。


「この時、私は自分の抱いていたあなたへの疑念をBに打ち明けました。彼も当然同様の疑念を抱いていて、どうしようかという話になったのです。Bはもう彼とは関わらないようにしようということを主張しましたが、私は何も伝えずそのようにするのは、よくないと言って、一度あなたに忠告を与えることにしたのです。」


 この時から既に疎遠になったのは確かであったが、昼休み以外は基本的に行動を共にしていたし、会話も普通にしていた。それに私は女嫌いを自称することはその時点ではまだやめていなかった。実は私が女嫌いを自称していたのは何もCとBの二人だけに限った話ではなくて、クラス内の半分以上は私を女嫌いとして認識していた。だから文化祭が終わった後で女子と付き合い始めたことは結構な話題になったことなのである。


「あなたは、きっと忠告に気づいたはずです。どういう忠告だったかも覚えているはずです。私は確かにあなたの口から謝罪の言葉を聞いたし、昔の自分に戻るというような趣旨の発言も聞きました。」


 これは覚えがなかった。何のことを言ってるのかわからないが、多分私が適当なことを言ってそのまま忘れてしまったのだろう。


「それでもあなたはもとに戻らなかった。もとに戻るというのは、あなたが本物の女嫌いになることではなくて、「女嫌いを演じているあなた」に戻ることです。そもそもあなたは女嫌いなんかではなかった。それでも私とあなたとBとの関係はあなたがそれを演じる限りにおいては十分に成り立つものだった。事実4月から破局の10月を迎えるまで、私たちは客観的にも主観的にも親友であったはずです。けれどもあなたは演じることを放棄した。これはもう「君たちとはもうかかわるのはやめにする。」とあなたのほうから絶縁状を突き付けたようなものなのです。忠告をした次の日にあなたが私の目の前であなたの見下してるはずの女性のご機嫌取りをしているのを見て、私はあなたに何一つ望むことを辞めました。Bはもともと絶縁を主張していましたから、それでもう関係は終了したのです。」


 彼が私と絶縁した理由については実はこの手紙を読むまでもなく知っていた。と思う。彼とは嘘の関係を構築し、その嘘が破綻した段階で関係が途絶えたのは必然的なことだった。けれどもみじめな彼はそんなわかりきったようなことを伝えたくてこの手紙を書いたのだろうか。手紙にはまだ続きがあった。


「私は確かに女性を嫌っていましたけれど、あなた以外の友人に彼女ができたからといってその人物を嫌いになったことはありませんし、そもそもあなた同様、女嫌いというのはほんの一瞬の時期を除いてはそれほど厳密にそうであったわけではありません。ですが、私たちの関係において、それぞれのつながりは紛れもなく女嫌いによって生じていたのです。お互いがお互いを女嫌いとして承認し、そのことを前提にしてすべてのコミュニケーションが成立していた。本当は君に彼女ができたと知ったとき、友人として「おめでとう」の一言を言ってやりたかったのですが、ながらく女嫌として承認してきた当時の君にこの一言は非常に不適切な、ともすれば皮肉ともとれるような言葉になってしまいます。君は嘘をつきすぎて、現実のあなたと、私たちの前で演じているキャラとの間のギャップを埋めることができなくなった。思うに現代を生きている私たちは、みんな本当の自分ではない作り上げたキャラクターを演じて、コミュニケーションをとっているのです。こいつはこういうキャラだから、こういう風に接しようとか、自分はこういうキャラだから、この場ではこんな風に反応しようとか。「いじりキャラ」とか「いじられキャラ」とか、そんな感じです。だからそのキャラに逸脱した行動を人がとったとき、みんなはその人に対してどう接していいか全くわからなくなってしまう。我々の「女嫌い」というのもある種の「キャラ」として機能してしまっていたのです。私もBもあなたを意図的に無視していたのではなくて、もはやどう接するべきか完全にわからなくなってしまっていたのです。そしてそれは、きっと君も同じだったはずだ。君は私たちの前では女嫌いのキャラを演じる必要があった。それ以外の方法で私やBに接する方法を知らなかったから。ことの本質はこの点にあったんだと思います。私も長らくこの一件は君の虚言壁のせいだったと、思っていたけれど、ようやく一つの答えを見出せた。もっと違う出会い方をしていれば、違う未来もあったかもしれない。君がこの先、どんな人生を送るかはわからない。けれど最後にかつて友人としてついに果たせなかった役割をこの手紙で果たせていたら嬉しいです。

                          女嫌いの友人 Cより。」


 ルーズリーフ5枚に及ぶ長い手紙はここで終了した。結局彼が私に何をしてほしいのかはよくわからない。玄関の人だかりの中に彼の姿を探して、この場で過去の嘘に謝罪をしてほしいのだろうか。それともまたかつてのように女嫌いを演じて友人に戻ってほしいのだろうか。恐らくそのどちらでもない。Cは私と同じだ。ただ彼は今も嘘を貫き通し、女嫌いというキャラを演じているに過ぎない。今でも彼は自分の作り上げたキャラに縛られ、変わることができないでいる。私は彼と決別したことで、キャラから解放され、新しい自分に変わることができた。女嫌いなんて、思春期の一時的な考えにいつまでも縛られる彼を思うと哀れに思えてならない。彼もそのことは分かっているのだ。だが彼は、今のキャラを長く演じすぎた。もはや彼は周囲の人間に対し、女嫌いというキャラを演じる以外での接し方がわからない。周囲もおそらく彼に対しそれ以外の接し方がわからない。彼は生きている限り、その本心に関わらずキャラを演じつつける必要があるのだ。だからこの手紙は、実は私ではなくてC自身に向けらるべきなのだ。アドバイスは、成功者が失敗者に対して行うものだが、キャラに拘泥し、成長できないでいるのは、私ではなくて彼なのだから。

 読み終えた手紙をもとのように折りたたんで丁寧に封筒に入れ、いま自分が座っている席の、一つ後ろの机の引き出しに入れた。この席は、2年の初めのころCが座っていた机である。その前の席にいたのはこの私だ。教室に戻ってきてこの席を選んだのは偶然ではなくて、意識的にここを選んだのである。やはりどこかでCとの出来事を心残りに感じていたのだろうか。それも今ここで解決したように思う。

 一週間後には合格発表がある。過去の憂いとはここで決別して新しい未来へ進もう。カバンをもってまだ騒がしい玄関へ向かう。

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