12話 紗耶香とペリドットⅡ

 「ジャック!ごめん1体そっちいった」

 アリスこと神田紗耶香は、自らが所属しているクラン、ペリドットのサブリーダーへとてへっと舌を出しながら目配せした。

 「アリス、サボるな手を動かせ。私はごまかされんぞ?」

 それに対しジャックはやれやれといったように、イベントモンスターを切り伏せながらアリスをとがめる。

 「いやいやジャックさん。流石に団長でもあの数さばいてますし、なによりイベントランキング狙いでしょ?さぼりとかないですって…」

 その二人の会話に割って入ったのは、最近クランに入ったばかりのルークである。

 「…そうか、まじめに戦っているアレをルークは見たことがなかったな。あの程度の群れなんぞ、アレが本気を出せば5分もかからん」

 「ひぇー、流石団長。戦乙女ワルキューレの第5席だけはありますね」

 戦乙女ワルキューレとは、AHエンジェルヘイローにおける女性プレイヤーの強さや見た目などを基準に、男性プレイヤー陣がかってにつけているランキングである。もっとも人気ランキングのようなものに近いが…。

 「・・・ってジャックさん、じゃあその団長が連れてきたっていう例の女神様って…え?相当やばいんじゃないですか!?」

 「やめろルーク。その話をそれ以上するな…。マリエルたちのプライドを守るため入団希望を断ることになったが、あのお方に私がお礼をいう機会もなくなったわけだからな。私が一番後悔しているとも」

 「…あー」

 「あらぁ?ルーク随分と余裕そうじゃないの。そっちに回す分を二倍に増やすわね?」

 「え?いや、団長!??」

 「諦めろルーク。もう来ている、構えろ」

 ジャックは状況を理解していないルークに、少し険しい表情を浮かべながら叱責する。前方よりこちらへ敵意をあらわにしてくるモンスターは、先ほどまでルークが処理していたような、わざとアリスが取りこぼし数を調整した雑魚ではない。うまく立ち回らねば、ルークはおろかジャックすら危ういかもしれない状況。それでいて決して対応ができないというわけでもない絶妙に調節されたアリス流の実践訓練である。

 「ジャックさん、ちょっとこれ2倍どころじゃないじゃないですか!!」

 「口を動かす余裕があるならもっと手を動かせ」

 「くっそ、こんなんやってられっか!MPKだろ!」

 必死の形相で我先にと逃げ出すそぶりを見せるルーク。それをしり目にやれやれと器用にため息をつきながら、ジャックはモンスターを切り伏せ続けていた。

 「気が変わった。いいわジャック、その子とちょっと離れてて?私一人でやるから」

 なんとまぁ明日は日本全土が海の底に沈没するのではないだろうか…。あのアリスがこちらに一度投げたモンスターを自分ひとりで倒す?ないない、ミサイルが隣国から飛んできて自分に直撃する方が可能性としてはありそうだ。

 そんなことを考えながらアリスをしばし眺めていたジャックであったが、なるほど…と、ひとことつぶやき、一瞬だけ口角を釣り上げてから転移アイテムを使用した。

 「さて、周りに巻き込んで困るプレイヤーもいないし。久しぶりに暴れましょうか」

 そういって武器を構えたアリスの笑みに気を取られ、ジャックの転移アイテムで一緒に連れ帰ってもらいそびれたルークは、のちにこの日の出来事を次のように話したという。

 『あれは乙女なんて可愛いもんじゃない。女の皮をかぶった化け物だ』

 ちなみにルークはアリスが暴れ始めてから10秒もしないうちに、案の定巻き込まれて全ロスしたそうな。

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