第11話 小林と俺

「じっちゃんマジサンキューな。確認したけど、本当によく撮れてるわ。」

「当然じゃわい。わしゃこれでもこの集落ではニ番目に最新機器を持ってる男じゃぞ??」


 尻尾取りゲームを行った後の散歩道。じっちゃんといろいろなキノコや、食べられる山菜を積みながら山道を進む。


 小さな沢を超え、倒れた木々を超え。

 こそこそと小さな小動物が木を登って葉っぱを落とす。

 少しあたりを見渡せば、イノシシが泥を浴びた後や、鹿の糞を見つけることができた。

 山は今もたくさんの命を育み、ゆっくり、けれど着実に姿を変えている。


「ワン!!ワン!!」

「お、どうした虎徹~??」


 俺とじっちゃんの足をくるくる回る虎徹。舌をハッハッと出しながら尻尾を振る様子からは、とても猟をしている時の野性味あふれる姿を想像できない。


「虎徹や。イノシシは今日は取らんぞ~?そんなに目をキラキラさせても騙されんからのお??」


 じっちゃんが虎徹に問いかけると、彼はますます目をキラキラさせた。イノシシというワードに反応したらしい。

 彼はイノシシを捕まえるのを自分の使命だと考えている節がある。野性味あふれるところもかわいいが、ゆっくりしてくれとも思ったりする。


「そうだぞ~?虎徹。シュヴァルツとかクレイを見て見ろ~??自分たちの行きたいところにしか行きやしねえ。」


 狼の血が入っているシュヴァルツとクレイは、もちろん狩猟も行うが、できる戦いしかやろうとしない。しかも生態系の頂点に立つ動物は決まって賢く、気分屋だ。現在ドライフードをあげているが、ドライフードに飽きたときや、口直しをしたいと思った時にしか機敏な動きを見せることは無い。

 普段狩猟に連れて行っても、しぶしぶ。しょうがなく。


 まあ、実際走り出したら結構楽しそうに追いかけるんだけど。


 そんな彼らは、今、仁から奪った肉を食べたこともあり、口直しの野生の果物を探しに出かけている。

 お土産に持って帰ってくれる時があるからいいんだけどね。


「クーン。」


 イノシシはだめだと理解した虎徹は尻尾を垂らす。

 その様子はとても哀愁が漂っていて、ほっとけなかった。


「ほら、しょうがねえから俺と一緒に走るか。少しは気がまぎれんだろ??」


 虎徹に甘い俺は、代打の案を虎徹に提示。走るポーズをった。

 彼はそれを理解し、尻尾をぶんぶん回して、伏せをする。遊びのお誘いだ。

 こりゃやられた。こっちが狙いだったらしい。

 待ってましたってか?






「ふはははは!!!」

「ワン!!」


 足元を走る虎徹を踏まないように、山をかける。

 視界の景色がどんどん通り過ぎてゆく。

 木々の隙間から漏れ出た光が俺の頬を照らし、風が頬を撫でる。


 肺に来る新鮮な空気がうめえ。目にはいる景色がすべて優しい。

 東京はこれが無いから少し残念だな。


 ・・・・・・じ・・・!!

 ・・・おー・・・ん・・!!


「ん??」


 何かが聞こえた気がして、倒れた木を超えようとあげた足をいったん元の位置に戻した。


「んんん???」


 ・・・・じーん!!


「呼ばれてんな?俺。」


 どうやら山のふもとから俺の名前を呼ばれているらしい。じっちゃんは山の中でまだ山菜をつんでいるだろうから、じっちゃん以外の人だろう。


「なーーーーーにーーーーーーー???」


 向かい側の山に向かって言う。

 なーーーーーにーーーー??

 にーーーーー??

 いーーーーー??

 ぃーーーーーー


 自然の拡声器が俺の声を集落中にとどろかせる。


 しばらくすると、


 ・・・・・下で待ーーーつ


 と聞こえてきた。

 散歩も2時間くらいしたしな。いったん下山するか。


「ワン!!」



 ******



「ういっとお~。とうちゃーく。」


 20分程かけて山を下りた俺と虎徹。家の敷地に入る。


「ばっちゃ~ん??俺呼んだの誰~??」


 家の隣にある、畑で作業をするばっちゃんに聞く。

 今は春なのでホウレンソウやトマトなど、たくさんの株を植えなければならない。ここ毎日俺も昼は過ぎちゃうけど、手伝っている。


「おお。仁かい。お帰り。」

「ただいまあ~。」

「ワン!!」

「さっき小林さんが山に向かって叫んでたけどねえ。」


 俺が「またあ?」というと、「仁が大好きだからねえ。」と虎徹を撫でながら、言われた。ばっちゃんは俺を見向きもしない。

 いつものことすぎて興味ないんだとか。


 げえ~と思いながらも、俺は採集した山菜をばっちゃんに渡して、隣の小林の家まで歩いた。


 小林の石垣を登って侵入し、庭を通り抜ける。

 庭を一望できる、日当たりのいい縁側に向かう。そこには、足を大きく開いて、腕を組んで座る、下駄をはいた1人のおじさん。


「なんだよ。小林。小林が俺の家来ればよかったじゃんよ~??」


 俺が声をかけたことで、ぴくっと閉じていた瞼が開いた。


「仁か。遅いぞ。」

「はあん??おめえが来いっての!!」


 小林はいつもいつも俺にちょっかいをかけてくる、隣の家に住む、55歳のおじちゃんだ。

 畑の道を歩いていても、山で遊んでいても、俺の姿を見かけたらすぐに呼び寄せるんだ。特に話すことは無いのに、ここにいろだの、今日は何しただの。超絶めんどくさいことこの上ない。


 結婚はしていたものの、じじいの頑固さと細かさに呆れて出て行ってしまったらしい。娘さんも奥さんの方について行ってしまったんだとか。


「うむ。仁。お前、東京に行ったと聞いたぞ。何があった??」

「はあああん???なんもねえよ!!」

「干し芋あるぞ。」

「そ・・・れがどうしたんだよ・・!!!」

「ちょうどいい具合に焼けているぞ。」

「しょ・・・しょうがねえな・・・少しだけだぞ・・。」


 呼ばれると必ずと言っていいほど、何かしらのおやつが用意されている。

 子ども扱いしてんだよ。小林はよお。気に食わねえ。

 俺は小さい子じゃねえから、おやつで釣られたとか思われたくないしい~??なるべく。なるべくな?この家には近づかねえようにしてんだ。


「東京はなあ~。むしゃ。むごむご・・・ごくん。人がやべえんだよ!!横見ても、上にも下にも道があってだなあ・・・」

「ふむ。」

「あ、そうだそうだ!!東京の人はなあ、古着来てんだぜえ!!」

「ふむ。」

「あとはなあーーーー


 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー


「え、何?これ持って帰っていいの?まじ?小林いらねえの??」

「うむ。」

「やったぜ!!ばーちゃんに食べさせてあげよーっと。じゃーなー。」

「うむ。また来い。」

「やだね!」

「分かった。」


 日が傾いてきた頃。干し芋も食べ終わったことだしと、縁側から立ち上がると、小林は家の奥から何かを持ってきた。

 俺はお土産に干し芋を1袋分貰ってしまったらしい。いつの間にか手に小林が持っていたはずの袋が握られていたんだ。

 ・・・明日のおやつはこれで決まりだな!!!


 家についた俺は玄関の扉を勢いよく開けた。


「たっだいま~!!干し芋もらったぜ~♪」

「ああ。お帰り。早く手え洗ってきな。」

「うい~っす。」


 ぴとぴと。

 廊下に汗をかいた足が引っ付く。山を駆けた後は、汗でべとべとだ。うへ~と思いながら忍び足で廊下を渡る。


「ばっちゃーん!風呂沸いてる〜???」


 脱衣所に向かう途中、台所にいるであろうばっちゃんに聞こえるように問いかける。


 手を洗うついでに風呂に入るかな。1回サッパリしてから飯食おう。


「沸いてるよー。あ、タオル洗っちゃって無いからね。新しいの使っちゃっておくれ!!」

「はーい。」


 やりい!一番風呂だ!!!

 なんでも1番って良いよなあ。2番とりたくて皆取ってねえしな。長風呂しちゃおっかな〜♪

 ルンルンとスキップしながら、仁は準備をした。


 ガラッ


「「あ。」」


 服を脱いで風呂の扉を開けた時、湯船に浸かるじっちゃんと目が合う。


「なんじゃあ?わしのぬーでいな姿を見にきたのかのお?ばあさんやーい!!仁が!!仁がわしの体を〜!!」

「な訳ねーだろがよ!」


 俺と目があった瞬間、イヤンと胸の前で手をクロスさせるじじい。

 見るに耐えない。


「仁!じーさん入ってるの伝えるの忘れてた!じーさん今風呂入ってるからね!!」


 遠い位置からばっちゃんの声が聞こえた。

 忘れんなよ・・・。一気に気分下がったわ・・・。


「ばっちゃんいうの遅せーし!」

「ごめんごめん。忘れてたよ。」


 その後は一旦服を着て、じっちゃんが出るのを待った。流石に男2人が入れるほど風呂は大きく無い。さらに言えば、じっちゃんと風呂に入ると、筋肉のつき具合に嫉妬してしまうため一緒には入りたく無いということもある。



 この1番風呂への期待を踏み躙ったじじいへはいつか復習すると決めた。いつかな。



 鼻歌を歌いながら居間へ向かうじじいと入れ違いで、仁は風呂に入った。




「お、クレイ。お前も風呂入るか?」

「ヴァフ!」

「そーかそーか。クレイは綺麗好きだもんなあ。ピカピカに磨いてやんよ!!」


 ドライヤー込みで、クレイの磨き作業は1時間30分。

 仁がご飯をありつけたのは、家に帰ってから2時間30分後であった。

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