第5章 第34話「ファットピラニア」

 ビースティヤロックにて、ギーグに敗北を喫して以降。


 ヒヒマは道場破りのペースを落とし、自身の修練に時間を費やすようになった。


 一方のアレンたちはと言うと、時にはヒヒマの修行に付き合うこともあったが、生活のメインはやはり狩り。狩りを始めて一ヶ月ほどが経つと、その行動範囲は、森から更に周辺の沼地や草原へと広がっていた。



 そんなある日。アレンたちは、草原帯を分かつ大きな川を目指して歩を進めていた。



「最近は、魚がいい感じに売れるんだっけ?」


 草を踏みしめながら、ヨウダイがアレンに話しかける。


「うん。何でも、透明マスっていう魚が旬らしいよ。バジャージョさんも、人気食材でなかなか手に入らないけど、あればほしいって言ってたし」

「へえ。そいつは、俺も食ってみてえな」

「わん。おれもくうぞ」

「はは、頼りにしてるよ」

「……お、見えてきた見えてきた。あれじゃねえか?」



 向こうの方に大きめの川が見えてきた。川幅は百メートルほどだろうか。沿岸部の流れは穏やかに見えるが、中心部の水深は深そうだ。



 川岸に着いた一行は水中を覗き込むが、透明マスというだけあって、魚の姿は一向に見えない。


 アレン、ヨウダイ、ドラコが服を脱ぎ始める。下には水着を着込んでいた。ちなみにソニアも、万が一に備えて、水着自体は着用済みである。


「じゃあみんな、魔法をかけるよ。

 【呼吸ブレス】! 【抵抗軽減ディレジスタンス】!


 エンドレスブルー地方でビスタから教わっておいた魔法をここで実践する。


「ごめん、【遠話リモートトーク】は、使えないんだ」

「いやいや、十分よ。賢者ビスタの魔法をそんだけ模倣できるんだ、やっぱアレン、魔法の才能あるんじゃね?」

「そうなのかな?でも、裕也のおかげもあって、魔法はだいぶ使えるようになってきた感覚があるよ」

「ふむ、中級へと足を踏み入れつつあるのかもな。何事も、その段階まで行けると楽しいものだ」

「うん、それは確かに!」

『……調子に乗ってヘマしやすい時期でもあるけどな』

『うっ、それは、気を付ける』



 そんな会話をしながら、アレンたちは用意しておいた網を手に取る。


 魔法で水中移動の効率を高めて、水中から網でかっさらう作戦だ。索敵と誘導を担当するのはタイガ。

 大雑把ではあるが、元より、今日一日で成果を上げたいわけではない。トライアンドエラーを何日か繰り返す予定であった。



「じゃ、まずは、タイガに続いて、俺とドラコで様子見てくるわ。アレン、ソニア、荷物番頼むな」

「うん。三人とも、気を付けてね」

「そちらこそ、魔物に襲われないとも限らん。何かあったらすぐに呼んでくれ」

「そっちこそね」


 水に入る前の準備体操をしながら、確認を繰り返す一行。


「あ、ソニア」


 ヨウダイが何かに気付いたように、ソニアに向かって手招きした。


「何?」


 訝しげにしながらも、ヨウダイの呼ぶ方へ向かうソニア。ヨウダイが声を潜めて言う。


「チャンスだぞ」

「チャンス?何の?」

「二人っきりだ。せっかくだし、お前も着替えちまえよ」

「ちょ、な、何言ってんのよ!?」

「男が女子の水着に弱いのなんか、当たり前だろ。あの朴念仁には、ちょっと刺激があるくらいの方がいいぞ」

「そ、そうか……って、余計なお世話よ!」

「はは」


 殴り掛かってくるソニアをひらりと躱すヨウダイ。


「ま、頑張れよ~」


 そう叫んで、バシャバシャと川に突っ込んでいってしまった。



「あの野郎……!!」


 拳の行き場を失ったまま、小さくなっていく男たちの姿を見送るソニアに、アレンが話しかける。


「頑張るって、何を?」

「え?さ、さあ?」

「……ふーん、変なの」

「そ、それより、火!火を起こしておきましょう、お昼の準備もしないといけないし!!」

「え、まだ十時だよ?」

「そ、そうだけど!そう、魔物対策にもなるし!」

「ああ、それもそうか」


 ソニアは急に荷物をガサゴソとし始めた。明らかに挙動不審である。


「と、ところで……」


 アレンに話しかけるも、途中で言葉に詰まってしまう。


「どうしたの?」

「わ、私も、水着になっておいた方がいいかな!?

 ほら!万が一みんなに何かあっても、すぐに動けるように!」

「あ、うん、そうかも」


 ソニアの心情など露知らず、気軽に肯定するアレン。


「じゃ、じゃあ、脱ぐね!」

「う、うん……」


 ソニアが上着の裾に手をかける。アレンはその姿をぼうっと眺めているが、


「ちょ、ちょっと、あっち向いてて!!」

「ご、ごめん!」


 ソニアに窘められ、慌てて後ろを向いた。


 程なくして、



「い、いいよ……」

「うん……」



 振り向くとそこには、水着姿のソニア。


 あくまで冒険者としての活動用であるため、それは薄い水色のワンピースタイプと、決して華美ではない。しかしアクセントとして、細めの黄色いラインが、肩から足にかけて縦に、へその上側に横に、それぞれ入っている。そして胸元にも軽くフリルがあしらわれており、無骨すぎるというわけでもないデザインだった。


 そして何より、すらりと伸びた細い手足、色白な肌、引き締まったヒップとウェスト、そして、大きすぎずとも主張はあるバスト……そんなソニアのスタイルの良さが、嫌と言うほど伝わるその姿に、アレンは思わず見惚れてしまった。



「……そんなに見られると、ちょっと、恥ずかしい、かも……」



 ソニアが顔を赤らめて呟く。



「わあ、ご、ごめん!!!」



 アレンは慌てて目を逸らした。



「に、似合ってるよ、ソニア!」

「本当!?あ、ありがとう」



 アレンに見えないように、軽くガッツポーズ。


 しかしアレンもそれ以上は何も言えなくなり、若干の距離を保ったまま、二人して川の流れを眺めることとなった。



(あれ、やばい、今、何話したらいいんだ?)

(れ、冷静になると、ホントに恥ずかしくなってきた……私、何やってんだろ)



 そして、そんな二人の様子を眺める精霊が一人。


『ヨウダイに言われてこっちに来たけど、何この展開!?

 人間たちの恋愛って奴は、なかなか興味深いわ……こっちもドキドキしちゃう!!』



 横向きのまま、アレンに一歩近づくソニア。

 ピクリと腕が動くも、気付かないふりをするアレン。


 気付かれないのをいいことに、キャーキャー騒ぎながら様子を伺うヨウ。




 そんな空気を切り裂いて、空から警告の声が降ってきた。


「ねえ、君たち、すぐに川から出なさい!!」

「ご、ごめんなさい!!」


 アレンが思わず反応して見上げると、バサバサと翼をはためかせながら、一人の鳥人が降り立ってくる。


 そのすぐ後に、ヨウダイとドラコ、タイガも岸から上がってきた。



「おーい、何か、魚、全然いねえぞ。

 って、どうした?」



 ヨウダイが見たのは、気まずそうなアレンとソニアに、見知らぬ鳥人。

 そしてその鳥人に向かって、キシャーッとまるで猫のように威嚇をする相棒の姿であった。


 

 鳥人が言う。


「もう、川に入ってる人はいない?」

「ええと、少なくとも俺たち仲間パーティーは、これで全部です」

「そう、何事もなくてよかった……」


 何やら安心した様子の鳥人。アレンが恐る恐る尋ねる。


「あのう、何か、川に問題でも?」

「ああ、ごめんごめん、いきなり。

 実は川上に、ファットピラニアが大量発生していてね。まだこの辺までは下ってないみたいだけど、出くわすと、肉ごと喰い尽されちゃうから」

「ファットピラニア?ええと……」


 アレンは魔物図鑑をめくる。


「……あった」



 ファットピラニア。

 雨季が始まると孵化し、群れで行動する。

 周囲の肉という肉を次々と喰らっていく。食べるものがなくなったら移動し、獲物を見つけては食べる。その初期の体長は十センチほど。

 それを繰り返しながら、丸々と太っていく。その大きさには際限がない。

 他の獲物が見つからないまま数日が経つと、共食いを始める。

 共食いを始めたファットピラニアの群れは、最後の一匹になるまでそれを止めない。やがて最後の一匹になる頃には、体長は二メートルほどになる(観測された最大記録は六メートル四十二センチ)。

 ファットピラニアは雌雄同体で、その最後の一匹の腹には、無数の卵が育てられている。

 いつしか卵は孵化し、親の身体を食べて成長する。そうして群れを形成し、また次の獲物を探す旅に出る。次代の群れは、前代よりも魔力総量が多いことが分かっている。

 雨季が終わる頃には、卵を土中に産み付け、溜めた魔力で乾季を凌ぎ、また雨季に向けて孵化する。



「うわ、何だこの魚」

「やべえな、おい」

『俺のいた国でも、ピラニアはすべてを喰らい尽すというイメージが先行していたが、あれはデマなだったんだけどな……』


 図鑑の説明を見て、その生態にやや引くアレンたち。


「分かってくれた?」

「すみません、忠告ありがとうございました」

「道理で、魚が見つからない訳だぜ」

「タイガ、そうなの?」

「わん。さかなのけはい、なかった」

「でも図鑑には、雨季が近付くと孵化するってあるわよね?まだ雨季には早いんじゃない?」


 ソニアが疑問を口にすると、


「そうなのよ!」


 と、鳥人の方が強く相槌を打った。思わず一行は鳥人を見つめる。


「あのう、あなたは?」

「ああ、ごめんね、自己紹介がまだだったわね。

 私は鵜人族のコモラ。この川の上流には、私たちの村があるの。私たち鵜人族は川漁を生業とする人が多いのだけれど、ファットピラニアが急に発生しちゃってね。

 雨季は危険だから、漁は縮小しているの。だから、雨季前は一年の最後の稼ぎ時なのに、あいつらのせいで獲物が全然取れなくて、もう大損害。

 今は手分けして、魚が残っている水辺を探しながら、ファットピラニアの被害が広がらないよう監視しているってわけ」

「なるほど、そうだったんですね。知らずに川に入って、ごめんなさい」


 アレンたちはコモラと名乗った鳥人に向かって頭を下げた。


「ううん、分かってくれたらいいのよ。別に魚を獲ること自体は否定しないし」

「でもお姉さん」


 ヨウダイが話しかける。


「そのファットピラニアって魔物、放置して大丈夫なんすか?」


 ヨウダイの指摘に、コモラは困った顔で答えた。


「よくはないわね。とにかく餌となる他の生き物を探して移動していっちゃうから、被害が広がる一方よ。いつもなら、漁が終わった頃に発生するし、私たちの生活に影響はなかったんだけどね」 

「……図鑑には、ファットピラニアの天敵は、大型の鳥や熊って書いてあるわ」

「その通りなんだけど、今回は数もすごく多くて、肉食鳥獣がちょっと間引いたところで、減らないのよ。


 とにかく、危険だから、この辺の水域には入らないでね。

 それじゃあ私はまた、見回りに戻るわ」

「わかりました。コモラさんも、お気を付けて」


 飛び立つコモラを見送る一行。


 その日は仕方なく、魔物食堂へと戻ることにした。


 夕食時。


「でも、コモラさんの話、心配よね」


 とソニア。


「うん。これも、魔物の狂暴化って奴の一貫かな?」

「そうかもな。俺たちで退治できればいいけど、今回はちょっとどうしたらいいか思いつかねえな……氷魔法で凍らせちまうとか?」

「ごめん、そこまで大規模な氷の魔法は使えないや」

「まあそうだよなあ……」


 聞いた話とは言え鵜人族の動向が気になる一行だが、解決できる妙案も出ない。


『……案がないこともないぞ』

『えっ?』


 アレンたちは、裕也の提案に耳を傾けた。



 ------------


 翌日。

 アレンたちは地図を頼りに、鵜人族の村を訪ねた。


「あらあら、昨日の、アレン君だったかしら」

「はい。コモラさん、昨日はありがとうございました。実は、例のファットピラニアのことで、お役に立てるかもと思って」

「え、そうなの?」

「はい。生息地に案内してもらえませんか?あと、何人か協力してもらえると嬉しいんですけど」

「それは問題ないけど……ホントに大丈夫?」



 半信半疑な様子のコモラだが、仲間を三名ほど連れて、アレンたちを件の水辺へ案内してくれた。

 昨日の地点に比べ、川幅は半分ほど、まだそれほど広くない河辺だ。



「ここよ。今は獲物が近くにいないから水底に潜んでいるけど、少しでも生き物の気配があると一斉に襲ってくるわ」

「わかりました。

 では皆さん、まずはこの網を、奴らの上目掛けて広げてください」

「これ?随分目が粗いわね、これじゃすり抜けちゃうわよ」

「大丈夫です、今捕まえるためのものじゃないんで」


 アレンの指示通り、鵜人四名が飛翔して、上から網を投擲する。アレンは、網が水面に張り巡らされたことを確認して、鵜人たちに向かって叫んだ。



「オッケーでーす!!じゃあ、肉、お願いしまーす!!」



 市場にて仕入れた適当な肉塊が、網の中央付近に向かって投げ入れられる。



 すると、まるで大雨が降り注いだかのように、肉付近の水面が一斉に踊り出した。



「さて、ここで秘密兵器」


 懐から、ある物・・・を取り出すアレン。

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