第2章 第11話「分かつ壁」

 課外演習当日。


 生徒たちは、街の中心部に比較的近い、とある施設に集まっていた。


 アレンはソニアに連れられて施設に辿り着いたところである。ヨウダイとドラコが、入り口付近で二人を待っていた。


「おはよう、ヨウダイ、ドラコ」

「おはよう。待たせたわね」

「ああ、お疲れさん。大丈夫、時間前だ」

「……」


 ドラコは何も言わず片手を上げる。


 親睦会の終わりはやや気まずい別れとなったが、翌日からは、彼らも普段通りの関係に戻っていた。


「タイガも、おはような」

「わん」


 アレンはタイガについて、結局三人に明かすことにした。

 最初は半信半疑だった彼らだが、いつもの練習場で訓練するアレンとタイガを見て、事実として受け入れることにしたようだ。


 ちなみに、タイガが初めて人語を話したときにいちばん驚いた顔をしたのはドラコである。

 普段のクールな顔つきが大きく崩れた姿に、アレンと裕也は笑いをこらえるのが大変だった。


 アレンは建物内をぐるりと見渡す。


『課外演習ってくらいだから、街の外に出るんだろう?何でこんな街中の建物集合なんだ?』

『さあ……』


 不思議に思う裕也とアレン。

 そこにヨウダイが話しかけてきた。


「おっ、その顔だと、転送装置のことは知らないみたいだな」

「転送装置?」

「ああ。離れたところに一瞬で行ける魔道具だよ。魔道具と言っても、バカでかいけどな」

『まんまファンタジーだな』

「そんな便利なものがあるんだ、初めて知ったよ。カントナの町にはなかったと思う」

「アルトリア内でもそんなに多くは設置されていないらしい。

 基本的には主要都市同士と、郊外の中でもあまりに遠すぎる田舎を繋いでいるってよ」

「どこでも行けるわけじゃないんだ」

「ああ。装置が設置されているところ同士でしか転送できないらしい」

「転送装置を使えるのは、巨額の使用料を支払った人か、国が使用を許可した人かに限られるわ」


 これはソニア。


「ビスタ先生が国と交渉して、学校の授業で生徒たちが使用してもいいって許可を勝ち取ったんだって。もちろん生徒が使うには、ビスタ先生の許可がないといけないけどね」

「そうなんだ……本当にすごいんだな、あの人」

「ま、この装置は課外演習の授業のため、年に数回使うくらいだ。かなり貴重な経験だから、目に焼き付けておいたほうがいいぞ」

「うん。

 今日はフォンテーヌってところに行くんだよね?みんなは行ったことあるの?」

「いや。そこは初めてだ。どんな所だろうな」



「さて、皆さん、揃いましたか。点呼を行います」


 生徒たちが各々話をしている中、ムーリオ先生が声をかける。


「……全員いますね。

 それでは、あの扉から転送装置内に入ってください。全員一度に転送できますが、念のため仲間パーティーで固まっておくこと。

 本日行くフォンテーヌは、今まで以上に遠い村です。アルトリアの東の辺境にあります。自力でリッツに戻ってくるのはかなり困難なので、絶対にはぐれないように」


 そう注意すると、まずはムーリオ先生を除く教師四名が扉の中に入った。


「さあ、入室してください」


 生徒たちは順番に扉をくぐる。

 全員の入室を確認すると、ムーリオ先生が扉を閉めた。


 扉の中は大きな半球形の部屋となっていた。壁にも天井にも特に装飾はなく、入ってきた扉の脇に紋章があるのみである。


「ちょっと胃が浮く感じがあるから、最初は気持ち悪いかもな」

「うん」


 ヨウダイがアレンに囁く。


「さて、早速転送を開始します。……転送トランスファー


 ムーリオ先生が、壁際の紋章に魔力を込めながら呪文を唱える。壁と天井がうっすらと青白い光に包まれた。


 そのまま光は、少しずつ強さを増す。

 アレンは、自分がだんだん宙に浮いているような感覚に襲われた。


 しかし光は急速に収束していき、それと同時に浮かんでいる感覚も急速に失われる。


「……おえっ」

『高速エレベーターが降下する瞬間みたいな感じだな』

「ははっ、大丈夫か?」

「うん……これは確かに気持ち悪いや」

「まあ、そのうち慣れるだろ」



「さて、体調の悪い方はいませんか?

 ……大丈夫そうですね。それでは、外に出ましょう」


 転送装置の外に出ると、そこは元居た建物よりも小さめの講堂だ。更に外に出ると、そこには確かに田舎の村が広がっていた。


「うわあ……本当に違う場所に来てる」

「はは、びっくりだよな」


 ムーリオ先生が今回の演習の概要を説明し始めた。


「今回は、このフォンテーヌの地方に生息する、アーマークロウの羽根を回収するという依頼を達成してもらいます。ただし、硬い状態の羽根でないといけません。

 アーマークロウ自体はあまり強くないので、皆さんなら難なく倒せると思います。

 私たち教師陣も目を光らせていますので危険はないでしょうが、冒険者を目指すのなら、危機回避は最低限必要な能力と思って行動してください。

 では、ここから一時間ほど歩きます」


 そう言って歩き始めるムーリオ先生。その後に生徒たちが続く。列の中心にケリー先生とマノン先生。ビスタが殿を務めている。



 そのまま歩き続けること、約一時間。


「……何だ、あれ?」


 生徒の誰かが気付いて声を上げる。


 眼前には、ぼんやりと黄色く光る巨大な壁が出現していた。


 壁は地面から伸び、上にも左右にもずっと続いていて、途切れを確認することはできない。

 更に不思議なのは、こんなに巨大な壁ならばもっと遠くから確認できたはずなのに、一定の距離に近づいたところで初めて姿を現すのだ。


「さて、みんな集合してください」


 マノン先生が、その「壁」を背に集合をかける。

 生徒たちは、マノン先生を中心に半円状に集まった。


「この壁は、巨壁ジャイアントウォールと呼ばれています」

 皆様が先ほど体験の通り、一定の距離より近付くと急に出現し、行く手を拒みます」


『あれが巨壁ジャイアントウォール……』


 マノン先生の説明に、アレンが心中で呟く。


『前に説明してくれたアレか』

『うん。俺も話でしか聞いたことがなかったから、あんな風に急に見えてくるなんて、知らなかった』


「この壁はアルトリア地方全体をぐるりと囲んでおり、有史以来、切れ間が発見されたことはありま

せん。

 切れ間だけでなく、アルトリアはその千年の歴史の中で、壁の破壊やすり抜けを幾度となく試みてきました。時には、地中深くまで掘って切れ目を見つけようとした者、飛行魔法で空高く飛んで壁を乗り越えようとした者もいました。しかし、本当に誰も、「壁の外側」を確認できた例はありません。

 この巨壁ジャイアントウォールの研究家は、国に何人もいます。最近では、壁の外側からの音や振動なども何も確認できないことから、「壁の外側はない」という説が有力のようです」


 そこでビスタが遮った。


「……ちなみに俺は、壁の向こうにも何かがあると思っている」


 生徒は一斉にビスタの方に直る。


「科学的な根拠はないがな。

 こうして巨壁ジャイアントウォールの傍に来ると、俺の【察知】が何かを告げるんだ。

 壁の外からの何かを察知してな。

 アルトリアは広いからな。特にリッツみたいな中心部になってくると、壁の存在自体あまり認知されていない。しかし世界の造りについては、冒険者なら絶対に知っておいてほしい」


 ビスタはそうまとめた。


巨壁ジャイアントウォールの向こう側……」


 以前にも裕也と冗談でそんな話をしたことはあったが、賢者と呼ばれるビスタもまた、同じことを言う。

 想像し得なかった重みに、アレンは人知れず声を漏らした。



「では、ここから壁伝いにあと少し歩くと、アーマークロウの生息地です」



 ムーリオ先生の言う通り十分ほど歩くと、ところどころで灰色の烏が見られるようになってきた。


「さて、この辺りでいいでしょう。

 皆さん見ての通り、あの鳥がアーマークロウです。仲間パーティーで協力して、「硬い羽根」を1人1枚以上回収すること。回収が早く終わったものはしばらく自由です。


 それでは、開始!」


 ムーリオ先生の号令と共に、生徒たちは仲間パーティー別に散らばっていく。

 アレンたちも駆け出した。


「よし、まずは俺が風の魔法でアーマークロウの飛行を妨害するよ。

 ドラコ、ヨウダイ、タイガは、その後でそれぞれ攻撃をお願い」

「あいよ、わかった」

「頼む」

「わん!」


 アレンの声掛けに応じる二人と一匹。


強風ストロングウィンド!」


 アレンは飛行中のアーマークロウの群れ目掛けて、強威力の風魔法を展開する。

 錐揉み状の風が発生し、何羽かのアーマークロウがバランスを崩して地面に落下した。


「よっしゃ!」


 ドラコとヨウダイが、それぞれ一羽ずつ仕留めにかかる。


「意外と簡単だったな」


 そう言って、息の根を絶ったアーマークロウから一本羽根を引っこ抜くヨウダイ。


「あれ?ちょっと見せてくれない?」


 ソニアが言う。


「……柔らかいわ。先生は「硬い羽根」って言ってなかったっけ?」

「確かに言ってたな」


 ドラコが返す。


「うーん、硬い羽根の奴を探さないといけないのか……」

「……では俺が、木の上を探してこよう」


 ドラコはそう言うと、単身木に登り始めた。


 狙いは枝に止まっている1匹だ。

 ドラコは音と気配を絶って慎重に近づき、後ろから鷲掴みにした。


「よし!羽根が固いぞ」


 そう言うと、ドラコは暴れるアーマークロウの首を抑えて締めてしまう。程なくして息がなくなったのを確認すると、ドラコは木から降りてきた。


「これでどうだ」

「……いや、ダメだ。普通の柔らかい羽根だよ」

「何だと?さっきは確かに……。

 本当だ。硬かった羽根が、柔らかくなっている」


 その後も何回か試みたが、いずれも硬い羽根は採取できず。


「生きているときは硬いんだから、生け捕りにして羽根だけ抜いたら?」


 アレンは提案する。


「それなら、私がやってみるわ」


 ソニアは、水たまり近くで水を飲んでいる一匹にそろりと近づいた。


睡眠スリープ


 魔法を使うと、アーマークロウはそのまま眠りについてしまう。


「よし、羽根は硬いままね」


 ソニアはそのまま羽根を1本引っこ抜いた。


「ふふん、これでどう?」


 得意げに羽根を振り回すソニア。


「ああ、羽根が!」


 アレンが思わず声を大きくする。

 先ほどまで硬くピンと立っていたのだが、気づけば力を失ったように羽根先がうなだれていた。


「もう、これでもダメなの!?」


 辺りを見回すと、ところどころから「ちくしょう!」とか「まだダメか!」といった声が聞こえてくる。



「ふふふ、苦戦しているようだな」


 ケリー先生が叫んだ。


「本来なら、自力で解決法を見出さないと依頼失敗となるところだぞ。

 だが初回だからな。ヒントをやろう。

 私たち人間でも、身体が固くなるのは、どんなときだ?」


「身体が固くなる?」


 アレンが繰り返す。

「寒いときとか?」

「いや、だがずっと温度を冷やしておくのは難しいだろう」


 ヨウダイとドラコも考える。


「……タイガ君は、どう思う?」


 ソニアはタイガに問いかけてみた。


「びっくりしたとき、からだがびくってなる」

「それかも!」


 ソニアは、タイガのアイデアを3人に伝えた。


「驚かせるってことか?」

「でもどうやって?」

「おれ、できるかも」


 タイガは自身の足を強化すると、地面にいたアーマークロウの一匹の背後から、音もたてずに高速で近づいた。


「ガウッ!」


 近付いた瞬間に大声を出して威嚇し、そのまま羽根を1枚口で引きちぎって、アレンたちの下へ帰ってくる。


「はい」

「……硬いままだ」


 どうやら正解のようだ。


「でも、あの動きはタイガにしかできないな……」

「おれがもっと取ってくるか?」

「いや、本当の依頼ならそうしたかもしれないけど、これは訓練だから。

 自分たちで解決しないと意味がない」


 タイガの申し出を断るアレン。


「鳥、動物……火は怖いだろうな」

『おい、こういうのはどうだ』


 裕也は一つ思いつき、アレンに告げる。


『やってみよう』


 アレンは作戦を皆に伝えた。



 まずはヨウダイとドラコが一匹を生け捕りにしてくる。

 暴れるアーマークロウを二人で押さえつけている形だ。


 アレンはアーマークロウの眼前に近づき、片手を下の方に持ってきて掌を上側に向ける。


炎柱フレイムピラー!」

『よっと』


 アレンが三級の火魔法【炎柱フレイムピラー】を唱えると、炎の柱が発生して、アーマークロウの眼前に立ち上った。

 しかしその炎柱は一瞬にして消え去る。


 アーマークロウは一瞬ビクッと身体を強張らせた。

 ヨウダイはその隙を逃さず羽根を引っこ抜く。


「ビンゴだな」


 こうしてアレンたちは、硬いままの羽根の採取に成功した。


 同じ手段で、五枚の羽根を手に入れる。


「……私の出番はなかったわね」

「いや、炎が木や草に燃え移ると大変だから、ソニアには水魔法を待機してもらっておかないと。うまくいったからよかったけどね」

「魔法のコントロール、上手なのね」


 炎柱を出すことそのものよりも、一瞬で消すことの方が技術がいる作戦であった。

 アレンは元より比較的コントロールが得意な方であったが、裕也の補助もあって、こうした細かい技術面ではさらに精度を上げられたのである。


 こうして、アレンの仲間パーティー初めての課外演習は、無事合格にて終了した。

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