アンロッカーズ

@ikut

第1章「時空を超えた出会い」

第1章 第1話「異世界憑依は突然に」

「今回ご提案の冷凍チャーハンは、昨今の高級、グルメ嗜好のユーザーのニーズに合致するだけでなく、今までにないタイプのフレーバーとなります。大ヒット間違いなし!単価も高めの設定で、利益も大いに見込める新商品です」


 神頭裕也かみずゆうやは落ち着いて、しかし自信ありげにプレゼンを終えた。


 ここはある大手食品メーカーの本社会議室。

 役員たちは興味深そうに資料を眺め、中には頷いている者までいる。

 裕也は今回も、プレゼンの成功を確信した。



「神頭先輩、今日のプレゼンも完璧でした!」


 無事プレゼンを終えて会議室から出た裕也に、若手の女性社員が尊敬の眼差しで話しかける。


「まあね。プレゼンは、テクニックは要るけれど、慣れればどうってことないさ。

 それよりも大事なのは、事前準備とシミュレーション。

 これを怠ったり間違えたりすると、仕事は立ち行かなくなる。


 今回であれば、グルメと言われるユーザーたちに細かく意見を聞き、同時に仕入れ先やコスト面にとことんこだわった。それが勝因さ」


 裕也は後輩たちに語る。


「さすが、入社6年目にして○○社のエースっすね!」


 褒め称える後輩たちを前に、裕也は満足そうに微笑むのだった。



 その日の夜。裕也は自宅への帰路についていた。


 (さて、ここ半年の案件もひと段落したし、次はどんな商品をヒットさせるかね…)


 成功の余韻を味わいつつも、思考は既に次へと向かっている。

 このくり返しこそが、裕也をやり手ビジネスマンに押し上げたのだ。


 考えながら信号を渡ろうとしたその時。



「ププーッ!」



 クラクションを鳴らしながら,トラックが裕也のところに突っ込んできた。


(ちょ、おい、信号赤だぞ!)


 驚愕しながらも、猛スピードで迫るトラックを避ける術はない。


 裕也が最期に聞いたのは、大きな衝突音だった。


(ちくしょう、こんなところで、俺は終わりなのか……とおる……)





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 薄れかけた意識が、不意に覚醒した。


「おいおい、どうなっているんだこれは」


 トラックに轢かれた自分、慌てて駆け寄る運転手、パニックに陥る通行人。

 そんな風景を、空の上から眺めている。


「はは、お話の死後風景、そのままじゃないか」


 少し笑えてきた。


 だんだん光が差してきて、周囲の景色が変わる。


 ぼんやりとした光の玉が、あちこちで列を作っている。

 よく見ると扉があるようだ。


 真っ暗な扉。

 光っている扉。

 時計が埋め込まれた扉。


 裕也にはこの3つが確認できた。


 すべての光の玉は、真っ暗な扉に向かって列を作っている。

 光っている扉、時計の扉に向かう物はない。


 裕也は吸い込まれるように、光る扉の中に入っていった。


---------------


 カントナの町。

 大きな都市でもないが、かと言って片田舎というには比較的発展している。

 そんな特徴の少なくも、平和で住みよい町だ。


 時の頃は十月、暑さもすっかり鳴りを潜め、気温的にもすっかり過ごしやすくなった秋。

 その大通りを、アレンはとぼとぼと歩いていた。


 歳は十五歳、それににしてはやや小柄、精悍と言うよりは可愛めの顔立ち。やや短めにまとめた栗色のくせ毛も相まって、見る者に警戒心を抱かせないような少年だ。

 そんな見た目の通り、生来明るく楽観的な気質なのだが、この一ヶ月ほどは絶望感ばかりが胸中を占める。


「ああ、僕はこれから、どうしたらいいんだ……」


 今日も、何度目かわからないため息をつく。


「見て、あの子じゃない、【才能タレント】なしの判定が出たのって」

「そうね。かわいそうだけど、私じゃなくてよかったわ」

「これからどう生きていくのかしらね」



 通りを歩くお姉さんたちが、アレンを見るとひそひそと話していた。

 アレンにも話し声が聞こえてくるが、それに反応する余裕すらない。


「おいおい、坊主、元気ねえじゃねえか。

 <洗礼の儀>の結果がよくなかったのは知っているけどよ、そんな顔してたら、それこそどうにもならねえぞ」


「ジョーンズおじさん…」


 話しかけてきたのは、この大通りで串焼き肉を売っている、ジョーンズさんだ。

 アレンもよく利用しており、ジョーンズさんも折に触れ、何かとアレンのことを気にかけてくれていたのだった。


「そうだね。落ち込んでいても仕方ない。3本もらえるかな?」

「そうだ、その意気だ! ほら、もう1本おまけしてやるよ」

「ああ、ありがとう」


 温かい言葉に、心が少し軽くなる。


 串焼きを買い終えて振り返ったアレンは、歩を進めようとした。


 そのとき。


「ヒヒーン!」

「あぶねえよ!」


 馬車が猛スピードで近づいてくる。


「おっ、わっ」


 慌てながらも何とか避けようとしたところ、足がもつれて派手に転んでしまった。


「あいたたた……」


『何だよおい、急に痛いな』


 アレンは頭を強打したものの、立ち上がる。


「まったくだよ、スピードの出し過ぎだ」

『トラックに轢かれて死んだ後でまた轢かれるとか、マジ勘弁』



「って、はぁ?!!!!」



 アレンの頭の中に、声が鳴り響いていたのだった。


 キョロキョロと周囲を見渡すも、声の聞こえる範囲に人はいない。


「だれだろう。ひょっとして、魔法で話しかけられているのか?」

『いや、俺は魔法は使えないぞ』

「じゃあ、どういうこと?」

『俺にもわからん。お前、名前は?』

「アレン。君は?」

『俺は神頭裕也。裕也でいいぞ。

 さて、アレン。俺はな、どうやら先日死んだみたいなんだ。死の瞬間の記憶がある。

 ところが今、俺には体の感覚はなく、しかし意識だけを保っており、なぜかお前と会話できる状態だ。つまり……』

「……つまり?」

『これは、いわゆる憑依という状態だろう』

「憑依?」

『ああ。あくまで仮説だがな。今の俺には、自分の身体があるという感覚はない。だが景色や音は、おそらくお前の視覚や聴覚を共有している。

 正面には服屋があるだろう?右を向いてくれないか?』


 言われるがままに右を向いてみる。


『俺には、通りの向こう左手側に大きな建物。その正面には広場が見えるぞ』

「僕もだよ」

『やっぱりな。

 それにしてもお前、意外と落ち着いているな』

「うーん、声はとりあえず聞こえちゃっているから、それは否定しようもないというか……」

『そうか、変にパニックになられなくてよかったよ』

「そう言う君も、随分と落ち着いてるよね。ええと、死んじゃったんでしょ?幽霊ってこと?」

『その辺はよくわからないな……。確かに落ち着いてはいるが、これは性分だ。憑依とは言ったものの、これは転生の類かもしれん』

「転生?」

『ああ。おそらくここは、俺が元いた世界とは違う世界なんだ』

「何だって?ええと、どういうこと?」

『服装や建物が俺のいた世界とは全然違う。まあ昔の中世ヨーロッパの雰囲気に近いが……。

 あそこに生えている植物や野菜も全然知らないものだ。

 そして極めつけは、そこの武器屋。「魔物討伐」って書いてあるだろう』

「それがどうかした?」

『俺が元いた世界に魔物はいない。想像上の生き物でしかないんだよ』

「そんなことがあるのか!他にはどんなところが違うの?」

『魔法はあるんだな?』

「あるよ」

『元の世界には魔法もない』

「へえ、じゃあ、どうやって生活するの?不便で仕方ないじゃないか」

『科学技術が発達していてな。自然界の力を利用して、いろいろな道具や機械を作り上げたんだ』

「ふーん……ごめん、よくわからないよ」

『まあ、想像するのは難しいだろうな。

 ところでアレン、通行人からの視線が痛々しいが、大丈夫か?』



「ねえ、あの子、一人でしゃべっているわよ」

「さっき頭を打って、おかしくなったんじゃないか?」

「ア、アレン坊。お前、大丈夫か?」


 裕也の言葉は、アレンにしか聞こえていないようだ。


 一方アレンは、今までの会話を全部声に出していたため、周囲からは頭のおかしい変人として見られつつあった。


「ああ、すみません!

 ちょっと急に、今度の芝居の稽古をしたくなっちゃって。

 ジョーンズさん!お肉ありがとう!また来ます!」

 

 愛想笑いを浮かべながら、アレンは走り去った。




「ふう、ここなら大丈夫かな」


 少し走って、アレンは人気のない街外れに着き、一息つく。


『おう、お前、芝居の稽古中だったんだな。役者にでもなりたいのか』

「ちがうよ! さっきのは咄嗟の誤魔化しさ」

『ばぁか、んなこたわかってるよ。それより、この状態をどう捉えるかだな。

 お前が走っている間、俺もいくつか実験してみた』

「実験?」

『ああ。まず、俺はお前の身体を動かすことはできないみたいだ。

 止まったり手を挙げようとしてみたが、どうにも上手くいかん』

「ああ、そうなんだな」


 ホッとするアレン。知らぬ間に身体を操られるなんて、たまったものじゃない。


『逆に五感、視覚や聴覚だが、アレンからくる情報について、俺の方ではシャットダウンできるみたいだな。「見ない」と強く意識したら、何も見えなくなった』

「ほうほう」

『逆に、お前の方で意識したら、俺に見せないことはできるのか?ちょっとやってみろ』

「わかった。裕也には何も見せない……!」


 アレンは強く意識しながら目を瞑った。


『バカ、目を閉じたらそりゃ見えないだろうよ』

「あっ、そうか」


 アレンは目を開けて、もう一度念じる。


『……見えるな』


 つまり、


<感覚情報>

 裕也 :自分でシャットダウン可能。アレンの感覚以外の情報は得られない。

 アレン:自分の意志で裕也に情報をシャットダウンすることはできない。


 ということだ。


「なるほどな。ん?それってつまり……」

『お前のトイレも恥ずかしい時間も、見放題感じ放題ってことだ』

「げえっ!それは困る!」

『まあ俺も、野郎のしもを覗く趣味はない。見ないでおいてやるよ』

「絶対だよ!」


 アレンは本日いちばんの大声で叫んだ。


『五月蠅い。

 で、次。思考はどうだ。お前、俺が今何を考えているかわかるか?』

「……全然」

『なるほどな。俺の考えはお前には伝わらないと。

 じゃあ、アレン、今まで生きてきて一番恥ずかしかったことを、俺に知られないように考えてみろ』


(む……、この前何もないとところで派手に転んだこと?

 あのときは周りに誰もいないのが救いだったな。

 それか、十歳のときに女の子たちの前でズボンが思いっきり破けたこと?それとも……)


『あぁー、もういい。わかった』

「え?」

『今いろいろ考えたんだろうが、俺には全然伝わってないぞ。安心しろ』

「そっか。よかったー」


 安堵の息を漏らすアレン。できれば墓場まで持っていきたい秘密だった。


『まあ、お前の恥ずかしかったことなんて、転んだとか、犬に噛まれたとか、女子の前で裸になったとか、そんなんな気はするけどな』

「どうしてわかるんだよ!まさかやっぱり心を読んで……」

『当たりかよ!ベタ過ぎるだろ!適当に言っただけだよ』


 裕也も思わず叫んだ。



「それより、この状態、どうすれば治るんだろう?」

『俺に聞くな。わからん。とりあえず、しばらくはよろしくな』

「ええと、こちらこそよろしく。

 ……はあ、驚いたな。思わず色々なことを忘れかけていたよ」


 急に頭の中に声が鳴り響くという奇想天外な体験に、アレンは先ほどまで胸中を占めていた悩みを忘れていた。

 しかし一息つくと、また不安が蘇ってくる。


『……体を共有しているからなのか、何なのかはわからないけど、お前の感情は何となく俺にも伝わってくるんだよ。詳しく分からないけどな。

 どうしたんだ?』

「それは……」


 アレンは一ヶ月前の出来事を話し始めるのだった。


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