廃村 5

 最初に違和感を覚えたのは、一羽のカラスでした。私はとある金融会社に勤めており、自分で言うのもなんですが、そこそこいい暮らしをしておりまして、都内の一等地に暮らしていたんです。周辺は大変綺麗で、住民の方々のマナーも大変良く、ゴミの不法投棄なんてありませんでしたので、カラスもそう見かけることはなかったんです。


 ところがある日、一羽のカラスが私の高級外車の上で憮然とこちらを見つめていました。小汚いカラスが私の高級外車の上に我が物顔で佇んでいたものですから、ひどく腹を立てたのを覚えております。私は興奮を抑えながら、高級外車に傷をつけぬように手でカラスを追い払おうとしました。カラスは存外大きく、冷静でいたらきっと怖かったでしょうが、なにぶん高級外車を汚されないように集中していましたので、カラスの太いくちばしなどまるで警戒しておりませんでした。私は腕をカラスにめがけて横に振りました。勿論、カラスをぶん殴ろうなどと、愛護精神のかけらもないことは考えておりません。きっとカラスは、私の手が触れる手前で飛び上がるだろうと思ってましたので。


 ところがカラスは避けるどころか、私の手を、それもピンポイントに小指をあの太いくちばしで攻撃してきたのです。その痛みと予想外の動きに私は大きな声で叫びました。普段は都内の一等地なので、大きな物音も無い、静かな住宅街なのでその声は実際の何倍も大きく聞こえました。驚いた妻が家から様子を伺いにサンダル姿で飛び出してきました。カラスは相変わらず、私の高級外車の上で仁王立ちをしています。妻は私に駆け寄り、心配そうに私に大丈夫なのか尋ねました。私は心配性の妻を不安にさせまいと、大丈夫だ、問題ない、と言って妻の頭を撫でてやりました。我ながらいい夫だと思いましたが、妻は青ざめておりました。私はすぐに察知しました。青ざめた妻の顔を赤い液体が上塗りにしていったのですから。それは私の血でした。私の小指は第1関節から先が綺麗サッパリ無くなっていたんです。


 妻は救急車を呼び、私はすぐに入院しました。病院の窓の向こうにはまたカラスがいます。私の小指を奪ったカラスでしょうか。それ以外にも3、4羽いました。妻と電話で話すと、家の前にもカラスがたくさんいるそうです。これはいよいよただ事ではないと思い、私は警察に相談しました。しかし、彼らの相手は犯罪者であり、カラスではありません。カラスを拳銃で皆殺しになどできるはずもありませんでした。


 退院後、久しぶりに家に帰ると、やはりカラスがたくさん、家の周りにいました。覚悟はしていたのですが、やはり実際に目の辺りにすると不気味で嫌なものでした。そしてその見た目以上に私の気が滅入ったのは、臭いでした。みなさんもこの村に来たときに感じたでしょう。この獣のような不潔な臭いを。近隣住民からも苦情があったため、我々はやむなくこの一等地から引っ越すことを決め、高級ヒルズに移り住むことにしました。流石に急な引っ越しということもあり、上階の部屋に住むことはできませんでしたので、4階に部屋を買い大急ぎで引っ越しを済ませました。やれやれこれで一安心。そう思ったのも束の間、ベランダを覗くと、あのカラスたちが待っていたと言わんばかりにこちらを見つめておりました。


 カラスは私達を決して逃さないつもりだと、このとき確信しました。

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