事故物件 その1

 桜の開花速報とは裏腹に、その日は凍える寒さだった。時折、小雨が降る道中を駆け足で進む一人の青年は、就職して三日目の職場が構えるビルに到着した。白い息はビルに入るとともに姿を潜めていった。青年は温かい空気を吸い込み、エレベーターに乗り込んだ。


 13階。信仰によっては不吉な意味を持つこの階に月刊オカルト誌『ノノメセタ』の本社がある。社名の意味は編集長以外誰も知らない。何かの暗号、アナグラムではないかと巷では噂されているが、この意味を解読したものは三日後に死ぬ、などとまことしやかに囁かれている。30名程の社員で構成されたこの雑誌社に今年度から採用された青年は、希望と野望に満ちた初日とは打って変わって、すっかり意気消沈していた。彼はオカルトの中でも都市伝説や陰謀論を取り扱う仕事を目指していたが、入社して割り当てられた担当が『心霊部門』だった為だ。彼はおばけが怖かった。実際に目の前に現れたら失禁して気絶する自信があった。

 『ノノメセタ』にはいくつかの取り扱う部門がある。青年が担当する『心霊部門』の他、『UFO部門』『UMA部門』『都市伝説部門』『超能力部門』『日本史部門』『世界史部門』が存在している。過去には『占い部門』『妖怪部門』『宗教部門』も存在していたが、『占い部門』は購読者の層からしてあまり人気がない上に、専属占い師である「アマカケル 朋美」のギャラが非常に高額だったことから廃止となり、『超能力部門』と統合された。「アマカケル 朋美」も流石に自身がクビになることは占えなかった様だ。彼女は最後に、

「この会社は呪われている。編集長は3年以内に地獄に落ちる。次の年には雑誌が廃刊となる」

 といった予言を残している。社員の多くは編集長の地獄行きに浮かれていたが、あれから5年、編集長は相変わらず現世で鬼のように怒鳴り散らしている。

 『宗教部門』はあるカルト宗教の批判記事を書いたところ、記事を担当したライターが襲撃され、大怪我をした事件があった。幸い命に別状はなかったが、自体を重く見た編集長はこの部門を廃止、担当は『日本史部門』と『世界史部門』に移されていった。

 『妖怪部門』は創業初期から続く部門であり存置を求める声もあったが、そもそも需要が小さく、現代社会において妖怪の存在を信じるような人間は非常にまれな存在であったために2年前に廃止が決定した。この部門も他の部門と統合をすることになったのだが、妖怪を『心霊部門』『UMA部門』『都市伝説部門』『日本史部門』のどれが妥当なのかといった議論が起きた。要は仕事を増やしたくない各部門の押し付け合いである。



「妖怪は幽霊ではないんですよ。幽霊っていうのは人の魂ですけど、妖怪っていうものはそもそも人間とかけ離れた存在じゃないですか。未確認の化け物といった意味ではUMAとして扱うことが妥当じゃないですかね」

「UMAは未知の生物なんです。化け物やモンスターを指した呼称ではありません。姿形に意味があり、生態がある。存在する可能性がある。リアリティ。これが重要なんです。妖怪なんてものと一緒にしないでください。あれですよ、幽霊が進化したら妖怪になるって事にしましょうよ」

「あなた幽霊をポケモンか何かと勘違いしてません? 進化ならUMAの方が現実的じゃないですか。リアリティってあなた、ついこの間までスカイフィッシュがどうこう言ってましたよね? あれの正体は虫だったでしょう。あんなものに生態をこじつけてたんですから、妖怪だってあなたの好きにこじつけてそれっぽくしたらいいじゃないですか」

「お前、スカイフィッシュの話はするんじゃねえ。そっちこそデジカメが普及されてからめっきり心霊写真が撮れなくなったけど、どういうことか説明してみろよ。鮮明な画質になったんだから霊もくっきり映らないのは変じゃないか」

「幽霊はフィルムにしか映らねえんだよタコ。タコフィッシュ」

「は?」

「あ?」

「話がそれてます、心霊担当、UMA担当。私は妖怪の成り立ちから日本史部門が妥当かと思いますが、どうでしょうか」

「うちは宗教部門も統合されて大変なんっすよ。都市伝説部門さん。それならてけてけとかメリーさんみたいな現代の妖怪を都市伝説部門で取り扱ったほうが購買層に読まれるんじゃないですかね」

「いやですよ、そんなの。子供っぽいじゃないですか。都市伝説、陰謀論はインテリこそ好むオカルトなんですよ」

「あんた、子供っぽいなんて思ってるもんをうちに押し付けるのかい」

「いいじゃないですか、日本史もそろそろネタ切れでしょうし。最近は近代史ばかり記事にしてますけど、人気ないですよね」

「あんたの妄想三文小説クソ陰謀論よかマシな記事だわい。いくつ苦情の手紙が来たと思ってるんだい」

「バカにはわからないですよね、僕の記事は」

「俺より学歴下の分際でよくもそんなこと言えたな」

「なに?」

「おん?」


 といった論争は3ヶ月ほど続き、最終的にはくじ引きで決めることになった。統合先は『都市伝説部門』だった。


 青年は憂鬱だった。今日が初めての出張、行き先は当然心霊スポットである。車で一時間ほど離れた場所に立つ事故物件。そこで一泊しなくてはならない。それだけでも身震いしてしまうのに、追い打ちをかけるように自身と同伴するライターの名前を編集長から昨日聞かされていたのである。


「榊、お前明日事故物件一泊な。怖いか、安心しろ。鬼村 ルミ子と一緒に行ってもらうからな」

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