鬼村ルミ子の怪奇報告書 オカルトルポルタージュ
黒川 月
プロローグ
12/7 晴れ AM 02:44
○○県 某ビジネスホテル404号室
1泊5,500円 朝食付き 喫煙可
その部屋は一見、なんの変哲もない、ごく普通のビジネスホテルの一室だ。小さい部屋だが、出先の宿泊先としては何も過不足はない。37型のテレビは最新のモデルで画質も鮮明だった。外の景色は駅周辺のビジネスホテルであるにもかかわらず、しんと夜が佇んでいた。部屋で唯一の窓の前に、バスローブ姿で立つこの部屋の宿泊客。背丈は170cmは超えているだろうか。体重はどう見積もっても70kg程度では収まりそうもないが、ふくよかな体は不思議とだらしなさを感じさせない。ボブヘアーの黒髪はすっかり乾いており、肉付きのいい首筋が薄暗い電灯を反射していた。煙草に火を点け、物憂げに街を見下ろしていたが、退屈な景色を確認するとつまらなそうに月を見上げた。月は三日月だった。
「そろそろかしら」
女はそうつぶやくと、窓のカーテンを閉じて半分ほど残った煙草の火を消した。灰皿にある吸い殻の中でそれは一番長かった。女は時計を確認し、室内の電話をじっと見つめた。
彼女は仕事のためこのホテルに宿泊をしている。というより、『この部屋で1泊する』ことこそが彼女の仕事だ。
彼女の名前は鬼村 ルミ子。
オカルト雑誌『ノノメセタ』のライターである。
この部屋はいわくつきである。雑誌に寄せられる、全国各地のいわくつきスポットを訪れ、検証するのが彼女の仕事だ。
○○県 某ビジネスホテル404号室
深夜3時に突然、室内の電話が鳴り出す。フロントから何か連絡でもあるのかと電話に出ると、すぐに電話が切れる。何かの手違いかと思い、不思議に思っていると、再び電話が鳴り響く。少し不気味に思ったがもう一度電話を取ると、またしても電話を切られてしまう。二度目になると奇妙さよりも腹立たしさが勝り、次に電話が鳴ったら怒鳴りつけてやろうと電話が鳴るのを待っていると、案の定電話がかかってきた。間髪入れずに電話を取り、こんな夜中に何のようだと声を荒げて叫んだ。今度は電話がつながったままだった。一通り怒鳴りつけたが、何の反応もない。おい、おい、と反応を促してみるが一向に返事はない。流石に怖くなってきたので電話を切ろうとしたその時、電話を持つ手が動かなくなっていることに気がついた。違う、何かが手首を掴んでいる。それはひんやりと冷たく、とても力強い。感触だけでそれが人間の指であることが分かる。親指と、残り四本の指の感触が。かすかに爪が食い込んでいる。恐る恐る電話を持った手に目をやると、そこには小さな女がいた。小学生ほどの身長だが、その顔はどう見ても40代ぐらいの中年の女性だった。目が合うとその女はニタァと笑ってこう言った。
「ごめんなさいね」
--その部屋では3年前に女性が自殺していた。女性は独身であったが、妻子持ちの30代の男と不倫をしていた。最後は不貞が発覚し、行き場をなくした末に女はこの部屋で命を絶った。死ぬ前に男に電話をしていたが、何度かけても男が電話に出ることはなかったそうだ。そして、死後に妊娠していたことがわかった。
事前に調べた調査資料を読みながらルミ子はベッドに腰掛けた。なるほど、これなら霊になっても不思議ではない。そう思いながらも深夜ということもあり、あくびを抑えることはできなかった。全く、眠気と食い気はデリカシーが無い、とルミ子は思った。
トゥルルルルルル
電話が鳴った。気づけば深夜3時。噂は本当だったのか。ルミ子はすぐに電話を手にしようとしたが、それでは雰囲気が出ないと考え、少し間をおいて静かに息を吐きながら電話に出た。
ガチャ ツーツー
噂通り電話がすぐに切られた。当たりね。とルミ子は高ぶる気持ちを抑えながらも、心の中で小さくガッツポーズをした。噂話の殆どはガセネタであり、ルミ子自身本物のネタに出会えたのは2ヶ月ぶりのことだった。ガセネタをわざわざ作り話で誇張するよりも、実体験のほうがずっと記事を書きやすいし、恐怖の質も高くなる。
トゥルルルル
きた、待ってましたと言わんばかりにルミ子は電話を手にした。
「はい、何か御用でしょうか」
ガチャ ツーツー
間違いない、いよいよ次よ。
ルミ子は思春期の男子みたいに次の電話を心待ちにしていた。
もうすぐ会える、会えるのね。
トゥル
「てめえ何時だと思ってやがるコラ。何とか言えやボケナスがぁ!」
迫真の演技でルミ子は喚き散らした。それはあまりにも酷く汚い言葉の数々であり、恐らく30年前でも放送禁止となっているような表現ばかりだ。これを書いてしまっては出版はおろか、本編の執筆の存続に関わるために割愛させていただく。ご了承願いたい。
ルミ子は電話を持つ手が動かなくなっていることに気がついた。違う、何かが手首を掴んでいる。それはひんやりと冷たく、とても力強い。感触だけでそれが人間の指であることが分かる。親指と、残り四本の指の感触が。かすかに爪が食い込んでいる。恐る恐る電話を持った手に目をやると、そこには小さな女がいた。小学生ほどの身長だが、その顔はどう見ても40代ぐらいの中年の女性だった。目が合うとその女はニタァと笑ってこう言った。
「こっちよ」
中年の女の霊は、いつの間にか電話を握っていたことに気がついた。声の先へ振り返るとそこには、先程まで腕を掴んでいた鬼村ルミ子がこちらを見下して立っていた。
(は、速い‥‥!!)
中年の女の霊は瞬時に悟った。こいつ、只者じゃない! 霊の本能が全身に危険信号を送ってきている、逃げないと!
「遅いわね」
ルミ子は手のひらを合わせ、叫んだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁーーーーーー!!!!!!!!!」
手のひらを前に突き出すと、そこから青白い光線が発射され、中年の女の霊を貫いた。霊の体はひび割れ、やがて粉々に砕け散っていった。
「成仏なさいよ」
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「どうですか、ルミ子さん」
若い女性ライターはキラキラと目を輝かせながら、自身の執筆した原稿を読み終えたルミ子を見つめていた。
「どうってねえ、あんた、私を少年漫画のヒーローみたいにしないでくれる?」
「ええ、かっこよくないですか?」
「かっこいいかどうかは置いといて、そもそもほとんど作り話だし。それ以前に全く怖くないし。」
「でも、編集長は気に入ってくれましたよ」
「後藤田が? あいつ、私に対しての嫌がらせね。ちょっとぶん殴ってくるわ」
「まあまあ、ルミ子さん落ち着いて」
ルミ子と女性ライターの間に一人の男が割って入っていった。ウキウキとした調子で、手には何やら資料のような物を持っている。ルミ子はすぐに、新たな仕事の依頼だと悟った。
「ユウイチ君。あなたはナナセちゃんのこの原稿どう思う?」
「いや、素晴らしいと思いますよ、僕はですけどね。雨宮さんらしい、素敵な物語だと」
ルミ子はこの榊 ユウイチがライターの雨宮 ナナセに惚れていることを思い出した。何を言おうがしようが雨宮は是なのである。
「あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ。もういい、それより、仕事の話かしら」
「そうですよ! 今回は近畿の方に僕たち3人で向かいます!」
「3人って、あたしとあんたと、ナナセちゃんってこと?」
「はい!」
なるほど、彼はナナセと出張できるからこんなにもテンションが高いのか、とルミ子は悟った。
「それで、どんなとこなの」
「村ですよ! 最近何かと耳にする、噂の廃村です」
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