千里眼が視たもの
僕の能力とは、すなわち停止である。
『封印の千里眼』と呼ぶ人もいる。
悪しき霊と認識することが出来れば、僕はそれを停止させられる。呪いはその効果を止め、生前の再現は果たされることなく中途となる。
視る、というのは視界にいれるということだけでは無い。僕が対象を観想することによっても、動きを止めることはできる。
庄司グループにいたころの人柱術式は、その応用だった。
僕が封印してきた悪鬼・九頭鬼はあまりに大きな執念と怨念を持つ悪意の集合体である。そのために、ただ僕が視ているだけでは動きを鈍らせることしかできない。
全身全霊で、僕の精神力と体力と、あらゆるものを捧げて、ただ一心にヤツを封印することにのみ専心しなくては封印できなかった。
僕が封印の要。あとの術式は補助に過ぎない。
僕が常に九頭鬼のことを視、考え、その姿をとらえて離さない。そのための道具立てこそ、あの庄司グループビルの横にあった古民家の正体だった。
あの古民家自体、そして中の家具などの内装にいたるまで、すべて九頭鬼を連想させる代物だった。
―――いま、あの家はどうなっているのだろう。あの鬼は?
あれは姿を頻繁に変える。歴代の封印術式の執行者たちは、ひと時たりともあの鬼を視界と観想から外したことは無かった。外せば、奴は姿を変える。術者が認識できない別の代物へと紛れ込む。そうなってしまえば。再び発見して捉えるのに大きな時間と犠牲を払うことになってしまうから―――
どさ、という音。悲鳴。そして衝撃。
それらが僕たちを襲った。
時計を見る。時間は3分ほど経過している。午後1時33分。
落ちた場所には人が倒れている。首があらぬ方向にひしゃげ、血が四方に流れ出す。そういう幻影を、この生前の再現たる影法師は見せている。
「なるほど。看板に偽りなし、ということでございまするな。私はただ嗅ぐだけ、感じるだけでござりまするが。久遠さまはそれに干渉できるのでございますね」
「―――すみません。集中を切らしてしまいました。本当はもっと停めておけたのですが。つい、別のことを」
何があろうと、この力を使う限りは九頭鬼のことを頭に留めておかなければならない。そういう癖が僕の身体にはしみついてしまっている。
……と言うのはいいわけか。その仕事はとっくに解任されているのだから。
「匂いはしますか」
「ええ。普段より三分ほどずれて、わたくしにも匂いが届きました」
では僕はこの女性と同じものを感じ取ったことになる。
それは―――なんというか、少しうれしい気がした。
「しかし、これで目途が立ちまする」
藤子さんはそう言った。
つまり怪異を祓う目途のことを言っている。
「どうしたものか、と思っていたのでございまする。わたくしが感じ取れるのは匂いだけ。となると、この周辺に結界などを張って儀式を行ない、それによって祓い清める、というのが正攻法でございまする。ですが―――このビルの前でそのようなことをするとちょっとした問題でございますれば」
「土日の出勤者がいない時間を使ったりは出来ないのですか?」
「それも考えましたが、土日の間はこの怪奇現象が起きないのでございまする。誰かに見せたい、という心理があるのかなんなのか―――いずれにせよ、久遠さまが視えて、かつその姿を停められるというのであれば事態は丸く収まりまする」
彼女には霊を祓うための必殺の武器がある、ということだった。
円藤家から預かった大切なもの。いま、彼女の背負う楽器ケースにそれは入っているとのことである。
「明日、早速おこないましょう。久遠さまが対象を視て、位置を示していただき―――わたくしが、祓います」
藤子さんの言うことはもっともだ。
依頼を受け、その依頼に沿って霊を祓う。そういう仕事が退魔師である祓魔師であり、拝み屋である。
―――ただ、僕は。
「あの、少し待っていただけませんか」
「はい?」
気になることがあった。
というか、単なる連想と直観に過ぎない。何か意味があることでもないのかもしれない。しかし、屋上に立つあの影の動き。そこには何らかの論理と、感情が働いているように思えた。
そういう感情を、果たしてただ追い払うだけでよいのだろうか?
僕は藤子さんにあるお願いをした。
しばし、事件について調べ物をしたい、ということ。
僕はインターネットや図書館(幸いなことに円藤邸の近くには図書館がある)などを利用し、あることを調べ、ある一つの仮説にたどり着いた。
それを受けてもう一つ、お願いをした。
それは昼休みの時間に山口さんと、ある人物を屋上に誘導してほしい、ということだった。
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