第10話
表向きはごく普通の豪奢なお屋敷なのが、我らが誇る異界屋敷だが、状態が不安定なのか、部分部分に肉片の名残が見えることがある。
例えば花瓶の花が一輪だけ血を垂らしていたり、壁に飾られた肖像画の瞳孔が動いたり、シャンデリアの金具が人の口になっていたりして、大変精神に悪い。
ロザ様は運悪く、そんな奇怪な光景を目撃してしまったらしく、SAN値チェックの最中だった。
「い、いま、そこの蝋燭が人の指みたいになってなかったか⁉ 爪に火を直接灯してなかったか⁉ つ、爪に火をともすってそういう意味だったか!!!?」
酷く動揺したのか、ロザ様は無意識のうちに右側から僕のスカートを掴んでいた。
可愛い。
テレサ様は、逆に左側からそっとスカートを掴み、嬉しそうな表情(猫フードすっごい動く)を見せている。
可愛い。
可愛いオブ可愛い、アンド可愛い。
「素敵。まさに、魔女のお屋敷。お屋敷ポエム作りたい」
うきうきでそんなことを言うテレサ様は、今にも踊り出しそうなほどにご機嫌だが、言ってることの意味はよく分からない。
「お屋敷ポエムとは?」
「魔術師のダンジョンを褒め称える詩のこと。〝徒歩X分で美しい自然の地へ、魔女とあなたの暮らしを結ぶ歴史ある緑の住まい、誕生〟……みたいな」
「素敵なポエムですね」
マンションポエム味がある。
しかし、ダンジョンを相互に褒め称える文化があるなんて、思ったより魔術師は愉快な存在なのかも知れない。
いや、その文化そのものは意味不明で不気味だが。
「メイド! そこの絵画の右手の小指がなんかちょっと動いてないか⁉ なあ!!」
「それは流石に、ロザ様が細かいことを気にしすぎなだけだと思いますが、まあ、そういうこともあります」
「あってたまるか!」
ロザ様は息を切らし、肩を上下させている。
どうやら、すっかりお疲れの様子なので、道を急ぐことにする。
歓喜と恐怖の少女と少年に挟まれながら歩いているせいか、背後でシロフィーがこちらを羨ましそうに見つめていた。
『何故取り憑いて体を乗っ取れるタイプの悪霊になれなかったのか、今、それを深く後悔しているところです』
超怖いこと言ってるし。
無視して先を急ぐが、シロフィーはその後もぶつぶつと呪詛を呟き続けるのだった。
怖すぎる。
前回も利用した安定安心の応接室に到着すると、ロザ様は崩れ落ちるように長椅子に腰かけ、テレサ様は微かに呻く金で出来た鳥のオブジェを弄り始める。
似てないにもほどのある兄妹だが、不思議と、仲の良さは伝わってくる。
なんとなく、妹が恋しくなってしまった。
『おや、シスコンですか?』
断じて違う!
ロリコンとシスコンのコンビなんて、最悪すぎるから認めないぞ僕は!
望郷の思いを振り払い、慣れた手つきで紅茶を入れると、それを一口飲んだロザ様の顔が一気にほころんだ。
メイドスキル22〝
正直、他の暴力的なやつらより、一番メイドとして役立ってる気がする。
『
あれはほぼ宴会芸だよ……。
テレサ様も猫の目を丸くして、紅茶を口に含む。
ちらりと見えた彼女の口は、とても小さくて、お嬢様の華奢さを思わせた。
「美味しい。
テレサ様は非常に魔術師としての自覚が強いようで、もっとおどろおどろしい物をご希望だった。
しかし、不気味な飲み物とは一体?
血とか? ドロドロしてるかどうかはコレステロール次第だけど。
「次回はそうしますね」
「するなするな! せっかく素晴らしい紅茶なんだから!」
ティータイムの危機に、思わず素直な感想を口にしたロザ様を僕は見逃さなかった。
「あら、そんなによかったですか? ふふふ、ロザ様に褒められちゃいましたねぇ!」
「ばっ、いや、違くて……」
何が違うのか口にしないまま、ロザ様は黙ってしまう。
ごっつ可愛い。
『あなた、ショタコンの気があったんですか』
ショタをからかいながら、にまにまと笑う僕の姿を、シロフィーは犯罪者を見るかのような白い目で見つめている。
しまった、完全に家にいる気分でやっていた。
違うんだ! 言い訳させて欲しい!
ただ、いじりがいのある子供が好きなだけなんだ!
妹をからかいすぎて、後年、逆に妹に死ぬほどいじられまくって、高校生なのにちょっと泣きそうになったこともあったくらいなんだよ!
『自業自得じゃないですか。しかも、女言葉も板についてきてますし、ちょっとキモいです』
いや、それはお前がさせとるんじゃい!
「ま、まあ、ティーポットくらいには役立つみたいだな」
咳払いして誤魔化すロザ様に、テレサ様が口をはさむ。
「お兄様、彼女は私のティーポットだから、渡さない」
「いや、欲しがっているわけじゃなくてだな……」
「箒としてなら、貸してあげる」
「散らかってるのが好きなのは分かるけど、むしろそっちの仕事がメイドの本業だろ!」
兄妹は楽しげに会話に花を咲かせている。
何故だろうか、彼女たちを見ていると、すごい庇護欲に駆られる。
これが……メイドの心なのだろうか。
それとも知らぬ間に、女装によって母性本能が目覚めたのか。
そういえば、バ美肉界隈で聞いたことがある。女性として可愛い可愛いと扱われ続けると、男性でも、女子の自覚が芽生え始めると。
『メイド本能ってことにしておきましょう』
危うい世界に飛び込みかける僕を、シロフィーが止めた。
メイド本能ってことにしておくとしよう。
深淵を覗く必要はあるまい。
「お前、えっと、なんだ、クロフィーだったか?」
「はい、仮名ですが」
「仮名?」
そこまで含めてメアリ様から教えられていると思っていたけれど、どうやら、本当に腕の立つ伝説のメイドくらいしか情報を伝えてないらしい。
まあ他の情報は、ただただノイズであるのも事実だけど。
「メアリ様から聞いていませんか? 記憶喪失なんです。だから、常識が抜けている部分もあって、ご迷惑おかけしてるかもしれません。申し訳なく思っています」
屋敷にこもって教育を受けた1ヶ月は、所作と言葉遣い中心なメイド教育だった為、結局、僕はこの世界について無知なままなのである。
代知識って、意外と役に立つことより、違和感によって思考が乱されることがよくあって、異世界生活するにはやや不便な面もある。
実は僕って結構面倒なメイドなのではないかという不安が、ふつふつと湧いてくる。
「大丈夫、私の方が非常識な自信ある。負けない」
テレサ様はなぜかポンコツ力で張り合っていた。
「なんか、すまなかったな。変なこと聞いて」
ロザ様は逆に気を使ってくれていた。
いや、テレサ様も気を使っているのか。
いい子たちだ……。
少しづつだけれど、僕はこの二人に全身全霊でお仕えすることを心に決め始めている。
我ながらチョロい。
「思いついた! ピコン」
急にテレサ様が手を叩き、閃いたアピールをすると、ロザ様に何事かをこしょこしょと耳打ちし始める。
「それは、うーん、いや、ぼくも悪いところあったかもしれないが……ああもう、分かったよ!」
ロザ様は何を言われたのか、動揺した雰囲気で、慌てたように立ち上がった。
「とりあえず、色々と詳しいことは今度にして、ぼくはもう休むことにする。寝室に案内してくれ」
何かと思えば自室への案内だった。
そうか、二人はこんな辺鄙な屋敷まで急いでやってきたのだから、疲れているのは当然の話だった。
そんなことも気付かないとは、なかなかメイド失格だったかもしれない。
メイド力をもっと高めなくては……。
「かしこまりました。お部屋にご案内しますね」
ロザ様にどんな部屋が良いか尋ねると、なんでもいいとのことだったので、シロフィーに選んでもらって案内をした。
テレサ様は、まだまだ元気いっぱいの様子で、ロザ様とは別の、新しい部屋についても荷物を置くだけですぐに立ち上がり、僕の服の裾をつまみ、ひっぱる。
「屋敷を探検したい。付いてきて」
猫の目が怪しげに光り始める。
好奇心旺盛な彼女に、この屋敷は刺激的すぎるのかもしれない。
まあ、でも、これからこの屋敷の主人になろうという人なのだから、これくらいできっと丁度いいのだろう。
「猫メイド探検隊。出発」
『しゅっぱつー!』
いつのまにか猫メイド探検隊の一員になってしまっている。
しかも、しれっとシロフィーまで混ざっているので、メイド要素が濃ゆい。
「メイド猫探検隊の方がいい?」
「それはメイドが猫を探し求めているように聞こえるのでは……?」
「それでもいい」
「謎シチュすぎるので駄目です。猫メイド探検隊で行きましょう」
こうして猫メイド探検隊は結成された。
第一活動は、屋敷の探索である。
実の所、僕もこの屋敷についてはほとんど何も知らないに等しいので、探索に胸躍らせている面もある。
パッド入りの胸だけれども。
『では、私が案内しましょう。まずはそうですね……書斎にいきましょうか』
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