第9話
「おい、君がお母様の言ってた伝説のメイドって奴か」
早朝、来訪者の知らせを受けて目を覚まし、外まで駆け足で急ぐ僕を迎えたのは、金髪の少年だった。
娘という話では……?
「えっと、で、伝説のメイドです……クロフィーと言います。よろしくお願いしますね」
『なぁにを恥ずかしがってるんですか!堂々と言いなさい!伝説のメイドですって!』
いや、恥ずかしすぎるよ……。
自分でメイド名乗るのでも恥ずかしいくらいなのに、伝説て。
「なんか頼りないけど、本当に伝説のメイドなのか?」
「頼りないのはいい頼りってことですよ」
死ぬほど適当なことを言いながら少年の頭を撫でる。
子供は結構好きで、妹の世話をよく見ていた。
いい子に育ちすぎたせいで、高校生くらいには、僕も姉も、逆に妹によく世話される羽目になったんだけど。
「な、何してんだ急に! ていうか何言ってんだ! 馬鹿にしてるのか!」
目の前の少年は慌てたように声を荒げる。
このイジリがいのある反応が僕の口を饒舌にさせる。
「とんでもない、一人の大人として尊重しております」
「じゃあ頭を何時までも撫でてるんじゃない!僕はロザ・ミラーだ。ロザ様と呼べ!」
「ロザ様は、私のご主人様ですか?メアリ様からは、ご息女だと聞いているのですが」
聞いた話では娘ということなので、一応、詐欺も疑っているのだけれど、ロザ様は実際高貴な雰囲気があるので、その線は薄いだろうか。
「テレサはぼくの妹だ。つまり、ぼくもお前の主ってことだ」
「なるほどー、賢いですねロザ様は」
「撫でるな! メイドってやつが不審だからぼくも付いてきんだが、やっぱりめちゃくちゃ怪しいじゃないか!」
僕のご主人様はどうやらテレサという少女のようで、彼はその兄なのか。
彼の美しい金髪は、確かにメアリさんの遺伝子を感じる。
『クロフィー、そこの木の影にいる女の子。多分、彼女がテレサ様です』
しばらく黙っていたシロフィーがひょっこり現れて、木陰を指さす。
見つめてみると、確かにそこには何かがいた。
それは……大きな猫だった。
「猫?」
「あっ、そんなところにいたのか。テレサ! こっちに来い! お前のメイドなんだから、叱ってやれ!」
ロザ様がそう言うと、大きな猫は、木陰からこちらへ近寄ってきた。
本当に野生動物のような警戒心だが、それは、猫ではなく人間だった。
猫を模したフードを被っていて、それですっぽり顔を隠してしまっているのだ。
不審だけれど、魔術師っぽくはある。
ちょこちょこと近寄ってきたテレサ様は僕のそばまで来ると、その大きなフードについた猫の瞳で、じっと、僕の顔を見つめる。
「ねえ、貴女、強いんだよね?」
まさか第一声で、メイドに強さを聞くとは。
僕が勘違いしてるだけで、この世界ではメイドって戦闘職なの?
「強いとは?」
「魔物とかふっとばせるの?お母様は、伝説のメイドだから、それくらい余裕だって」
もしかすると心の強さかもしれないという希望は絶たれた。
しかし、メアリ様にそう言われているのなら、一応はこの世界でも、メイドは普通戦わないのだろうという希望は残っている。
それを心の頼りにしてメイドとして生きていこう……!
「ええ、強いですよ。貴女の剣であり盾であり、手であり足であり、ティーポットであり箒であり、そして、メイドです」
猫のフード越しに頭を撫でると、そのフードに付いている猫の目が、くすぐったそうに笑った。
う、動くんだ……。
魔術師だもんね?
「じゃあ、文句ない。兄様も、いいでしょ?」
「いや! まだ口だけかも知れない。強さを証明してもらわないと駄目だろ!」
ロザ様の言うことはいちいち尤もである。
「ロザ様、私と戦います?」
「従者が主人と戦うんじゃない!ぼ、ぼくは別に魔術師じゃないから、そういうのは無理だけど……テレサ、ヌイグルミ出してやれ」
テレサ様は頷くと、背負っていたファンシーなリュックから、クマらしきヌイグルミを取り出した。
そのクマは、地面に着地すると、楽しげに踊り始めた。
可愛い。
しかし、戦闘力がありそうには見えないけれど……。
そう思っていると、急にそのクマの影が、ゆらゆらと揺れ始め、ゆっくりと巨大化し始めた。
そして、地面から剥がれるように立体化すると、クマの巨大な影が僕の前に立ち塞がる。
「テレサの影魔法は、影を実体化させる上に、大きさも結構自在なんだ。凄いだろ!」
凄い。
そして、自身の妹を誇るロザ様も凄い。
なかなか尊い。
「クマクマキーック」
気の抜けたテレサ様の掛け声に従い、影クマは僕に向かって大きく腕を振りかぶると……蹴りを繰り出してきた。
なんというフェイント。
蹴りと思わせてパンチと思わせて結局蹴り。
虚をつかれながらも、僕はさっと飛び跳ねて躱した。
影クマの蹴りは地面を抉り、遠くの木々を揺らし、木の葉を辺りにばら撒く。
『結構強いじゃないですか。では、ここは
シロフィーが意気揚々と指示してくるが、メイド光線はあまりやりたくはない……。
しかし、影相手だし、強さアピールにもなるし、ちょうどいいのも事実か。
「め、メイド、ビーム!」
瞬間、僕の目が光り始める。
これは、目の水晶体を強制的に輝かせることで、相手に眩しい!と思わせることができる技なのだ!
……それだけです。
「えぇ……?」
奇怪な光景にロザ様が目を丸くしていた。
ロザ様、僕も同じ意見です。
一応、効果はあったらしく、影クマの動きは鈍重になっている。
その隙に僕は影クマを持ち上げると、高い高いしてあげることにした。
殴るのはちょっと心苦しい。
影には質量が伴っているらしく、割と重たい……が今の僕には羽のようだ。
「たかいたかーい。クマさんいい子いい子ー」
クマが僕の手から離れ、宙を舞う。舞うっていうか、真上にロケットの如くすっ飛んでいって、空を突き抜け、見えなくなってしまった。
いや、と、飛びすぎ―!
ギャグマンガみたいな吹っ飛び方したけ!?
ち、力加減が! 戦闘中の力加減が分からない!
「多分、空で離散した。強い」
地面に転がっていたクマをリュックに直すと、テレサ様は拍手で僕を讃えてくれた。
反対に、ロザ様はドン引きしていた。
ロザ様、僕もドン引きしていますよ。
仲良くなれそうですね。
「えっと、ど、どうです!強いでしょう!これがめ、メイドです!」
ついに自分でこんなのをメイドと言い切ってしまった。
「お兄様、メイド、超強い」
テレサ様が目を輝かせロザ様を見つめる。
もしかするとメイド光線より眩しい光景かも知れない。
「ま、まあ、多少はやるようだけど、メイドってそういう職業じゃないからな!仕事ぶりも近くで見させてもらうからな!」
「ロザ様はいつも正しいですねぇ」
あまりにも正しいので、頭を撫でる。
「ええい!いいから早く屋敷に案内しろ!」
このお化け屋敷に子供達を案内するのは気が引ける部分もあるのだけれど、指示されたのでは仕方がない。
「では、ようこそ異界屋敷へ」
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