第2話
今日で記念すべき異世界生活百日目、僕の第二の人生は散々だった。
何者かによる説明などは受けず、気が付けば草原に放り出されていた僕は、粗暴な格好の男たちに脅され身ぐるみを剥がされかけるというハードラックにいきなり遭遇するも、言葉が通じるという最低限と思われがちだがむしろ唯一にして最大のチート能力で、
しかしその後、ダンジョン探索の囮役として、半ば無理やりに使われる日々を過ごし、生きるか死ぬかのリアルデスゲームに勤しんでいた。
命は奪われなかったが、その
でも、それって実質的に命を奪われているということなのでは?
そんな疑問も脳裏をよぎるが、生きてるだけで丸儲けなので、これで良いことにする。
そんなわけで常に生死の狭間のような生活なのだけど、そんな中、百日目という大台まで生き延びられたのは、幸運としか言いようがない。
もしかすると、それこそが僕のチートなのではないかと思うこともあったが、幸運ならそもそもこんな状況に置かないで欲しいし、なんなら美少女にくらい出会いたいものだと思い直す日々を送っていた。
はあ、愚痴を言っても仕方ないので、今日も今日とて囮に励むとしよう。
記念すべき百日目のダンジョン探索は、怪しげな朽ちたお屋敷だった。
そもそもダンジョンとは何かという話なのだが、要するに本来の広さを越えて膨張し異界化した場所のことであるらしい。
異界は魔力で満ちているため、それらが固形化した魔石と呼ばれる結晶が時折生まれ落ち、それが大変な売り値になるのだと言う。
また、大抵はダンジョンの中心に近づけば近づくほど、良く魔力に富んだ魔石が見つかる。
しかし、そこに生息する魔力を伴った獣、つまり魔獣、もしくはモンスターが大変危険なので、容易には近付けない作りになっているわけだ。
要するに、命掛けであればあるほど、金になるという結論になる。
その命を他人で賭けられるなら、それはローリスクハイリターンを狙える美味しい商売ではあるが、それでいいなら、もっと大勢がやっているはずなので、何か落とし穴があるのだろうと僕は考えている。
まあ、意見することなんて到底できないのだけれど。
「それじゃあ、今日も頑張ってくれよ囮くん」
そういって、ダンジョンの入り口に僕を送り出す粗暴者Aは今日も素敵に
実のところ、僕は彼らのことが嫌いではない。
この世界で生きていく上で一応は雇用を彼らに作ってもらっているので、その業務内容がどれだけクソでも、まあ、それで生かしてもらっているのだから、あまり文句は言えない。
この仕事?がなかったら、明日のたれ死んでもおかしくない命なのだし、飯食わせて貰ってる身分でもあるので、むしろ感謝するべきなのだろうとも思う。
散々な人生だが、最低ラインで幸運な人生でもある。
けれど、我が儘が許されるのであれば、彼らの様な容姿のものでなく、やはり、もっと美少女にこき使われたかったなぁ……。
できれば、胸がデカくてクールで冷たい目をしていてツンデレで手袋をしていると良いんだけど。
驚くほど益体もないことを考えながら、僕はダンジョンを進む。
これもある意味現実逃避なのだろうな。
さてダンジョンの外観は、まあ普通の家に比べれば圧倒的に大きな屋敷ではあるものの、常識の範疇だ。
しかし、中にはいってみれば、そんな大きさなどという言葉では収まらない程の、果てのない広さを味わうことになる。
聞いた話によると、今もなお、全てのダンジョンは膨張を続けているらしい。
まるで小さな宇宙だ。
それを僕は腰に縄をつけるという死ぬほど原始的なやり方で突破しようとしているのだから、そりゃあもう気が滅入る。
腰につけた縄を時折りひっぱりながら、自身の生存を示しつつ先に進むけれど……本当に伝わってるよねこれ?
もしもひっぱりが途絶えたら、粗暴者たちは容赦なく、この場を去るだろう。
粗暴者として当然の行いだ。
縄が切れたとしても、やっぱり僕の人生は終わりなわけで、まさに、綱渡り、いや綱頼りで生きている。
己の状況を確認するたびに、自分が生きている不思議さと、自分の悪運の良さを思い知ることになる僕なのだが、もちろん、永久にダイスの6の目が出るわけでもなし、外れることもある。
それはそう、例えば今この瞬間だったりするわけで。
目の前に現れた、顔に大きな穴の空いたメイド服の女を見たとき、僕は己の悪運が尽きたことを全身で察した。
穴といっても、向こう側が見えるわけではなく、ただそこには深淵があるばかりだ。
彼女のソレを見つめていると、どこまでも深い穴に落下するように、意識が重く引き摺り込まれ、気分が一気に堕ちていく。
こんなやばい奴は異世界といえども初めて見たが、しかし、それは当たり前の話だ。こんな奴を何度も、いや一度でも見ていたら、僕はとうに死んでいる。
つまり今はもう半分死んでいるってこと。
即座に
あまりにも血の気の多い光景を前に、僕の血の気もすっと引いていく。
縄も、まるで赤子の
背後を振り返る余裕はまるでないが、すぐ側まで来ていることは、恐怖とプレッシャーで察せられた。
このままだと死ぬ気がする。
いや死ぬ。
間違いなく死ぬ!
予定を変更し僕は道を滅茶苦茶に曲がり始めた。
とりあえずで何でもいいから
そして十分に距離が離れたことを確認した僕は、適当な部屋に、心臓の様な外観に変貌した、
ホラーで死ぬやつのお約束な行動に思われるかもしれないけれど、案外、死なないパターンも多い行動なのでセーフ?だ。
だけど、やはり、超怖い。
怖い、怖すぎる。
いやセーフなわけないよこれ。絶対死ぬよこんなの!
ヌチャヌチャとした洋箪笥の中でガタガタと震えていると、手に何か柔らかなものが触れた。
飛び跳ねるほど驚くが、なんとか口に手を当て、必死に声を押し殺す。
一度は離した手を、恐る恐る、謎のふわふわ物体に伸ばして見ると、それはどうやら服の様だった。
暗くて、どんな服か全然分からないというのに、次の瞬間、最後の足掻きなのか、それとも僕の頭がおかしくなってしまったのか、僕はその服に着替え始めていた。
いや本当に頭おかしいな!
一応、この屋敷の服に着替えることで、もしかするとあの穴メイドの認識も変わるかもしれないとは思ったのだけど、どれくらい効果があるかは果てしなく謎だ。
ゲームのキャラが戦闘中にカレー食ったりとかの不可解な行動を取るときって、こういう滅茶苦茶な心境なんだろうな……。
手こずりながらも、なんとか着替えてみると、外から物音が聞こえてくる。
僕が阿呆なことをしている内にあの穴メイドがやって来てしまったのだろうか。
隙間から覗き見てみるか、それとも一か八か飛び出すか、絶望的な二択を逡巡していると、もうばればれだったらしく洋箪笥が凄い勢いで開かれ、穴の空いた彼女の顔が、僕の眼前に迫る。
あっ、死ぬ。
これは、死んでしまう。
死んでしまいます。
でも、まあ、最後の最後でも、僕は最低ラインで幸運だったように思う。
その辺のモンスターに殺されるよりは、メイドの方がいくらかマシというものだ。
覚悟を決め、せめて顔ではなく、メイド服の方を見つめて死のうと、視線を集中させていると、顔無しメイドが、一歩下がった。
その動きは自然で、この恐怖に満ちた空間に不釣り合いな、丁寧な気遣いがあった。
思わず顔を上げて、彼女を観察してみると、彼女は、なぜか恭しく、こちらに頭を下げている。
もしや、お辞儀をしている?
その時、僕の頭脳にある閃きが舞い降りる。
そうか! 洋箪笥に入っていた服が屋敷の主人のもので、僕を主人と勘違いしているとかそういうやつだな!
急いで自分の着ている服を確認すると、それは物凄くヒラヒラしていた。
へぇー異世界だけあってファンシーな服着てるんだなー。
エプロンとか付いててすごーいメイド服みたーい。
かーわーいーいー。
……どれだけ誤魔化そうとしても、それはまごうこと無きメイド服だった。
めっちゃ上品でゴシックなメイド服だった。
メイド服だった……。
いや、まあ、なんかフワフワだなとは思ったし、男ものじゃないとも思ってたけど、メイド服か……。
なんか用意された変な服に着替えてからツッコミを入れる芸人みたいなことになってるな……。
『ふっふっふっ、お似合いですよそのメイド服』
メイド服を着た自分という構図に絶望していると、どこからともなく声が響いた。
周囲を見渡しても、僕にお辞儀をする穴メイドさんしかいないのだが、まさか彼女が……?
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