メイド無双は猫耳お嬢様と共に~伝説のメイド霊に憑かれてチートメイドになってたのですが──僕男なんですが?~

齊刀Y氏

第1話

 僕の人生が狂ったのは、一体いつ、どの瞬間だったのだろうか。

 目の前の異常な光景を前に、僕は何度目かの諦観ていかんに襲われる。

 

 テレサお嬢様によって、竜骨りゅうこつ生物群集せいぶつぐんしゅうと名付けられたその場所は、竜の死体に残された莫大な魔力を求めて集まった魔獣や魔虫たちよって、一つのコミュニティが形成されている。

 

 元々は貧弱だった魔物たちも、竜の魔力によって強化されたらしく、周囲には迂闊に近づいてきた獣たちの死体が散乱していた。

 その中心にあるのも、また死体なのである。

 竜の堂々たる骸にぶら下がった、腐臭のする肉片は、毒々しい魔力を放ち、周囲の空間を歪めている。

 

 そんな危険地帯に不釣り合いな格好の人間が二人……いや、メイド一人とお嬢様一人が、そこにはいた。


「すごい。すごい。めっちゃテンションアガる。アゲアゲ。クロ、取ってきて。肉片取ってきて」

 

 無邪気にそう言って目を輝かせるのは、猫の大きなフードで顔を隠した無邪気なテレサお嬢様だ。

 小さな矮躯わいくをバタバタと動かして、溢れる興奮を隠せない様子だった。


「臭い汚い屈強な魔物……3Kの職場ですよあそこ。マジで行くんですか」

「むり?」


 首を傾げて尋ねるお嬢様に、メイドは言った。


「無理なわけがありません。メイドに不可能はありませんから」

 

 黒に白を少し混ぜた、不思議な長い髪を靡かせて、メイドは魔物たちの元へと、優雅に歩いていく。

 美しいメイドである。

 ぶっちゃけ個人的にもかなり好みな容姿をしていて、街ですれ違ったら恋しちゃいそうなほどだが、なんとも悲しいことに、それは叶わぬ恋なのだ。

 何故なら、そのメイドは僕だからだ。

 

 クロフィー・クレマティス・クローニング。

 それが今の僕の名前で……そしてメイドだ。

 もっと言うと、お嬢様には内緒で女装メイドをやっている。

 

 ど変態だと思わないでほしい。

 これにも理由があるのだから。

 

 僕だって本当はメイド服を脱いで、なんなら全裸になって全てを明かしたいが、それはできないのだ。

 一つは生活のため。

 もう一つはこのメイド服が呪われているからだ。


『分かってますねぇクロ。メイドに出来ないことなんてありませんよ。ほーら、チョチョイのちょいで取ってきちゃいましょう。メイドなら余裕です』


 僕の後ろの方で、宙に浮かびながら喚き散らす白いメイドは、シロフィー。

 元伝説のメイドで、現メイド服に取り憑いている悪霊、僕にしか見えない上にあれこれ誓約をかける面倒な存在だが、その力は伝説だけあって絶大だ。

 

 こんな竜の死骸に群がる魔物たちくらいなら、撫でるだけで蹴散らしてしまえるほどに、このメイド服の力は強大でチート的ですらある。

 しかし、メイドってそういうものだっただろうか……。

 もっと普通に家事とか出来ればそれで幸せなんだけどな……。


 どうしてこんなめちゃくちゃな霊の取り憑くメイド服を着てしまったのか。

 それは数か月前にさかのぼる。

 

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