崩壊
tonko
第1話
「おはようございます。」後ろから声が聞こえた。振り返ると同じ部署の武田君だった。
「おはよう。」俺は歩きながら挨拶を交わした。
「里中部長、今日もネクタイがカッコいいですね。奥様の見立てですか?」
「まあね。」ネクタイを褒められるとサラリーマンとしては鼻が高い。
「いつも奥様のセンス最高ですね。」
「そうか、ありがとう。」家内の事も褒められると今日は悪くない日になりそうだと感じた。
部署の入り口を武田君が開けてくれ中に入り、他の社員とも挨拶を交わし自分のデスクに着いた。
机の上の書類に目を通しながら、社員が作成した案件の確認なども行った。
入社してからもう二十数年が経ち、俺ももう五十前半になった。課長職になってからは仕事に対しての責任も増えて遣り甲斐もある反面、ストレスも多くなっていた。まぁその分、給料が上がっているので家での俺の株も上場だ。
上の娘の美那は大学生になり将来は管理栄養士を目指すと目標を持って学生生活を送っている。下の息子の龍之介は今年、大学受験を控えている。まだ何になりたいとかの話はしていないが、龍之介もこの一年で方向性を決めるだろう。余り親が口を出さない方がいいと家内とも話している。
家内のユリは結婚してからは専業主婦として子ども達や俺の両親の面倒を看ている。親父は五年前に心筋梗塞で亡くなった。元々心臓が弱かった事もあって呆気なく逝ってしまった。親父が居なくなってからのお袋は元気がなくなり、食事以外は部屋でテレビを見て過ごすことが多くなっていた。ユリが何度か外に行こうと誘うが「行かない」と籠るようになっていた。暫くすると認知症ではないかと思うような症状が現れた。
食事をした事を忘れて「ご飯まだ?」と言ってみたり、夜中には
「お父さんと出掛けるの。」と言って化粧したり、ユリが付き添っていたけれど日に日に行動が激化していた。介護していたユリが疲れて倒れてしまうのではないかと思い、専門家にお願いしようと半年前から老人ホームにお世話になっている。ホームに入所してからのお袋は楽しそうにしていた。面会に行くと他の方々と一緒に折り紙したり、歌を歌って笑顔が見れた。
ただ、俺の顔と名前は理解しているが、ユリや子ども達の顔と名前が記憶に無くなっていた。俺を見ると嬉しそうに親父の話をしてくるが、ユリや子ども達には他人のように「こんにちは。」と挨拶するだけだった。認知症に悪気はないから仕方がないとユリは言い、毎日お袋の面会に行き洗濯物を行ってくれている。時にはお袋から暴言を言われるらしい。その時はホームの職員が間に入り対応してくれるらしい。そんな嫌な思いしても毎日欠かさずに面会に行ってくれているユリには本当に感謝している。
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