悪魔の望郷

悪魔は

たわしをバケツに放り込んだまま

物置にしまいこんで

忘れてしまっていた

磨いたのは家の前だけ

あのときは

街中を

いや

世界中を磨いてやろう

と考えていた

そんな気持ちもすぐに薄れ

なにもしないで

過ごすことが多くなった

なんでおれは

生まれてきたんだろう

そんなことばかり考えていた

そんなある日

電話がかかってきた

懐かしい声・・・

いつでも帰ってきていいんだよ

その声は悪魔にそう伝えた

悪魔は

情けないような 申し訳ないような

何とも言えない気持ちになった

ありがとう わかった

だいじょうぶだよ 心配しないで・・・

声をつまらせながら

そう伝えるのがやっとだった

反発して 飛び出して

どれくらいの月日が流れたのだろう

それでもまだこうして心配してくれている

今はまだ帰るわけにはいかない

このままじゃ合わせる顔もない

電話を切った後

大きく息を吸い込んで

ふ~っと吐き出し

立ち上がった

物置から

バケツとたわしをとりだし

バケツに水を汲んで

外に出た

悪魔は人が変わったように

アスファルトを磨いた

懸命に磨いた

家の前から

歩道

行き交う車をかわしながら

道路も磨いた

ときに

なにやってんだ バカやろう!

しにたいのか!

と罵声をあびせられることもあった

このことはなんにもならないとは

わかっていた

悪魔は磨きたかった

悪魔にできることは

磨くことだけだった

日が暮れてきた

悪魔もたわしもぼろぼろだ

それでも

夕食の時間まで磨いた

家に帰り

バケツとぼろぼろになったたわしを

物置にしまい

疲れ切った体を奮い立たせ

親子丼を作った

もうそこには

お味噌汁を作る力は残されていなかった

その日は

親子丼を食べ

おふろにも入らずに

悪魔は眠った

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