第22話 因果(Side.アカリ+エイベル) ★

2022/03/05に加筆修正しました。

前回の続きで、アカリside視点です。




「……何でも叶えてくれるの?」


 どんよりとしたアカリの瞳に、ほの暗い炎が灯る。

 正常な精神であれば、急に出て来て美味しい話しを口にする男に警戒心を抱くだろう。だが少女にそんな素振りは見えなかった。

 憎しみか、欲望か。兎に角願いが叶えば構わないのだろうアカリは、エイベル自身には気にも留めず、彼が誘う誘惑に興味を示した。


(汚れた奴らって、警戒も恐怖もないから面白いよね。欲望に忠実で、狂気が滲み出てる)


 エイベルは彼の仲間内ではまだ若輩だが、それでも何百年と存在している。その年月の中で、一〇〇〇人近い人間の魂を冥界の馬に繋いで連れて行った。アカリの様な娘や青年を連れて行った数も少なくない。

 だからわかる。破滅する事は想像すらしていないのだろうと。


(そもそも身の破滅って言葉すら知らなさそうだけどね)


 馬に引き摺られながら喚く人間は、その時になって漸く死を意識する。滑稽だと、何度思った事だろう。エイベルは報酬よりもそういう状況を見ている方が好きだった。


「君の報酬と俺の力の範囲以内なら、何でも」


 その言葉に、アカリは醜悪な笑みを濃くさせた。

 ショウが家を出る以前の持っていた美しさは、今は何処にも見当たらない。もっとも、美しかったのは外見だけだが。

 そしてこれも、身の破滅の内の一つなのだ。


「じゃあ、早速なんだけど」

「報酬の話しは聞かなくて良いの?」

「別に良いわよ。勝手に持っていってくれれば。わたしの部屋から好きに取ってって」


 どうやら報酬内容は“物”だと思っているらしい。

 好都合過ぎて笑いたくなった。


「……わかったよ。それで、願いは何?」


 エイベルはそれ以上説明しなかった。真実を知ったところで、上司の命令を遂行するには貰うものは貰わねばならない。説明を聞かないのかと確認も取った今、どうなっても本人の責任だと、改めて願いを聞いた。


「ショウさんを生き返らせて、あの女を地獄に落して」


 その瞬間、微かに大気が揺れた。

 その気配に、エイベルの額から冷汗が一筋流れる。


「なによ」

「……ううん? 何でも無いよ」


(何でも無い訳ないだろ! あの方を怒らせるなよ!)


 今の大気の揺れは、上司がまた怒りを爆発させたものだ。

 きっとまた被害が出ているだろう。皆学んだので対策はしているだろうが、それでも手足を失った者はいるかもしれない。他世界からも苦情が来るだろう。現場にいなくて良かったと思う反面、これ以上関わるのも嫌だった。


「残念だけど、その願いは無理だね」


 アカリの願いを早速却下する。

 願いを聞いておいて即行で出来ないと言うのも様にならなくて嫌だが、出来ないものは出来ないので仕方ない。


「どうしてよ!!」

「ショウの身体は既に存在してないし、二人の魂も新たな世界で転生するために、創造神が連れて行ったからだよ」


 事件から既に何ヶ月も経っている。ショウとミツキの遺体はとっくに火葬されていた。魂は亡くなって直ぐに創造神・ディミオルゴが保護している。いくら悪魔や死神であろうと、世界の全てである存在に手を出す事は出来ない。


「あの女ぁ!! 死んでも邪魔する気か!!」


 許せない!! と、憤怒するアカリの脳内に、エイベルは溜め息を吐いた。

 創造神・ディミオルゴが連れて行ったと言った筈なのに、何故ミツキが邪魔をした事になっているのか。むしろ、幸せだった二人を邪魔したのはアカリなのに、それをまるでわかっていない。


(自分のせいって発想が皆無なんだろうな)


 冥界の馬に引き摺られて行った人間は皆同じだった。周囲、あるいは自らモラルや罪悪感の芽を摘んでしまい、感情という畑の一部に植わっていない。考える事も放棄するので『なんで!?』『どうして!?』と連呼するし、相手が折れるまで続く。


(少しでもショウの言葉に耳を傾けていたら、少しは何かが変わったかもしれないのにね)


 ショウはアカリに散々指摘してきた。その言葉を少しでも聞いていれば、エイベルが現れる事もなかったのだ。

 だがアカリは己が救われる可能性を蹴り飛ばしてきた。挙げ句二人の命を奪ったのだから、自業自得だ。


(ま、そんな奴らが絶望する顔を見るのが好きなんだけどね)


 男は内心ほくそ笑む。死神みたいな事をしているが、男も悪魔だ。人間の苦しむ姿は愉快でたまらない。


「じゃあ、わたしも二人と同じ世界に転生できる?」


 どうやら同じ世界に行く手に出たらしい。

 確かに、二人の魂を引き戻すより容易い。だがそれが意味する事を理解している訳ではないのだろう。

 男はそれを知りながら「勿論」と微笑んだ。


「君を連れて行くこと自体は簡単だよ」


 実際、簡単だった。だって魂を抱えてその世界に向かえば良いのだから。


(もうこの世界には帰って来られないけどね)


 それも少女が望んだ事だと、エイベルは先払いとして報酬を受け取りながら願いを聞いていく。

 自分の身体に変化が起きている事に、アカリは気付かず次々と願いを口にした。


「よかった~! じゃあ二つ目なんだけど、転生先を【学園グランディオーソの桜】の世界にすることって出来る?」

「既に世界は完成しているから、似た状況に近づける事は可能だよ」

「やった! じゃあじゃあ、あの女を悪役令嬢に、ショウさんをアルフレッドに、わたしをヒロインにする事は?」

「うーん、周囲や本人の状況によって変わってしまうと思うけど、近い状態にまでは持って行けるかな」

「ほんとう!? じゃあそれでヨロシク。あとあと、生まれ変わったショウさんがミツキに会っても無関心でいさせる事は?」

「出来るけど、そこは嫌いにさせるんじゃんくて良いの?」

「好きの反対は無関心っていうじゃない! それに、たとえ嫌いって感情でも、あの女に意識を向けてほしくないの」


 滲み出る執着心で目が据わっている。下級悪魔であれば良い悪魔になれそうだ。


「了解。他には?」

「うーん……もうないかなぁ? あ、わたしの見た目はわたしが設定した外見でお願いね!」


 言い終わった瞬間、アカリは糸が切れた人形の様に動かなくなり、鈍い音を立ててその場に崩れ落ちた。

 埃が舞い、アカリの茶色い髪に降り注ぐ。

 それを見ていた男の手には、黒い球体が浮かんでいた。


「では、約束通り……行きましょうか」


 黒い球体に語りかけた後、男は音もなく消えた。



 数日後、廃墟となった神社から、一人の女性の遺体が発見された。

 身に纏っていた服装から、女性は脱獄した受刑者だと判明するが、その変わり果てた姿に、見た者は皆恐怖を覚えた。

 脱獄時には健康そのものだった女性受刑者は、数日でミイラのように身体が干からび、髪は老人のように真っ白になっていたという。


 女性受刑者の遺体が発見された神社は、後に心霊スポットとして有名になった。

 しかしそこで聞こえてくる声に、来た者は叫びながら逃げ帰るのだという。



――ショウサン ハ ワタシ ノ モノ


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