第20話 不思議な夢3(ノエルの前世話) ★
2022/02/13に大幅加筆修正しました。
ミツキ・ノエル視点はここまでです。
重要な回は次も続きます。
ふよふよとした浮遊感に気付いた瞬間、闇に浸っていたミツキの意識は一気に覚醒した。
「……ここ、は?」
自分の知らない場所、正確には写真でしか見たことのない空間を見渡す。
何処までも続いていそうな世界に、幾千もの星が漂い輝いている。時折隕石が目の前を通過していったかと思えば、吸い寄せられる様に近くの星に衝突して消えていった。遠くで爆発音がしたと思えば、音がした周辺は一気に闇に包まれ、近くの星々を飲み込んでいる。
まるで宇宙の様な空間に、ミツキは浮かんでいた。
「あれって、太陽?」
ふと、一際大きい光に気付く。それはミツキの星に朝を呼ぶ太陽と同じものであった。
太陽から少し離れた場所には、図鑑で見た星の集合体――太陽系がちゃんと存在している。地球もちゃんと浮かんでいた。
これが本当の地球なのかは不明だが、仮に本物だとするなら、導かれる答えは一つだ。
「私……死んだんだね」
意識が戻る前に起きた惨事が蘇る。
愛しい人を待っていた幸せ
鬼の形相で現れた女
冷たい川の水温に、遠ざかる光
沈んでいく自分に向かって泳いで来る、大切な人の姿
全部思い出して、ショウの姿を捜して周囲を見渡した。
気付けばこの空間にいたミツキは、意識を失った後の事は知らない。知る由もない。愛する人があの後どうなったのか、ミツキは何もわからないのだ。
(私は駄目だったんだろうけど、ショウさんは? 彼は、無事だった?)
薄れ行く意識の中、大切な人が助かって生きて行く事を願った。そしてその思いは今も変わらない。ここにいないのなら、可能性はゼロではない筈だ。
どうにかしてショウの安否を知りたいと焦りが増したその時、ミツキの背後から、突如として低い声が聞こえた。
「無事に、起きたんだね……良かった」
驚いて振り返れば、そこには“白い人”が立っていた。
そこにいた男は、雪のように白い長い髪を緩くまとめて肩にかけている。身に纏っている神官のような衣装も白色だ。瞳は銀色なのか髪の色よりは若干青みがある気もするが、それだけだ。比喩ではなく、本当に白いのである。
「あ、あの」
「驚かせてごめんね? 初めまして、ミツキさん。僕はこの空間を作り、そして管理している者だよ」
「作って、管理……? それって、神様って事ですよね?」
「君のいた世界では、そうだね。自分で自分を“神様”って言うのも、何か変な感じだけど」
そう言って苦笑する男に、ミツキは目を瞬いた。
想像していた神様とは随分違う。突如として現れた男だが、威圧するような威厳もなければ、白い以外は自分と何も変わらない。
そして彼の登場によって、今自分の身に起きている不可思議な現象を再認識した。
「私、やっぱり死んだんですね」
「……うん。そうだね」
男はミツキの隣に立つと、彼女が見ていた地球を指さした。
地球には白い雲もあり、自転もしている。初めて地球をみた宇宙飛行士もこんな感じだったのだろうかと、自身の死の話とは全く違う事が浮かんだ。現実逃避、だったのかもしれない。
「君は先程、この星で最期を迎えた」
「随分はっきり云ってくれるんですね」
「事実だからね。それを受け止めてもらえないと、君の今後に支障が出るから……酷い神様だよね」
「いいえ。はっきり云ってもらえた方が、納得出来ますから」
自分で思っているだけよりも、他人に指摘された方が現実味がある。実際ミツキも、男に改めて死を突き付けられて、淡い一欠片の望みは消えた。
「あの、貴方は……私が死ぬところも、見ていましたか?」
「うん。各世界の内側に干渉するには、その世界の者として転生しなくちゃいけないから、助けてあげられなかった」
「いえ、あの、別に謝罪がほしいだとか、貴方を責めているわけではないんです」
今にも頭を下げそうな神に、ミツキは慌てて弁解した。
数ある世界に生きる一つの生物でしかない自分が、今ここにいる事自体特別な事。それなのに、命まで救うとなれば他の命との平等性に欠けてしまう。他の生命体からブーイングの嵐を受けてしまうだろう。そんなのは御免だ。
「私が知りたいのは、私の恋人がどうなったのか、という事です」
死の際でも願っていたこと。ショウは、助かり生きているのか。自分亡き後、無事に生活出来ているのか……それだけが知りたかった。
「駄目、だったね。君を抱きかかえて上がろうとしていたけど、状況が悪すぎた」
――ああ、やっぱり
二度目の望みの消失。けれど悲しむ事は出来ない。
自分がもっと上手く立ち回っていれば、彼が犠牲になる事もなかった。
ショウが死んだのは自分の落ち度だと、ミツキは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
「そこを気にしても、どうしようもないよ」
優しい声が投げかけられる。
「いいんです。事実ですから」
そう言いつつ神を見て、そして固まった。
声音とは違い、彼の表情は無だった。
「事実、ではないね。彼が死んだのは彼の決断の結果だ」
「でも、私がもっとしっかりしていれば」
「君がしっかりしていたところで、あの悪意には太刀打ちできなかったよ。殺意ある悪意を躱せる人間なんて、ほんの一握りだ。それに、君の恋人が君を助ける事を選んだんだ。彼の死は彼の選んだ結果だよ。他人の決断と結果で君が悩むのは違う」
「ショウさんは私を助けるために川に飛び込んだのに、全く関係ないとは思えません」
「じゃあ、逆に考えてみればいい。ショウはアカリに川に落され溺れてしまった。そんな彼を助けようとして、君は川に飛び込んだ。けれど助ける事が出来ずに二人して死んでしまう。君の死を知って、ショウは『自分がミツキを殺した』と思っていたら、どう思う?」
「それは……」
言われて、言葉に詰まる。
ショウを助けようとして川に飛び込んだのは自分の意志だ。そこにショウの責任は一切ない。あるのは決断した己の責任のみ。
ショウが川に落ちたのだって、自分から飛び込んだ訳ではない。溺れた事だって、ショウの責任ではなく、突き落としたアカリの責任だ。ショウの、そしてミツキ自身のせいでもないのだ。
ただ――その事実に、心が追い付かない。
「だから、君がそこを後悔しても、何もならないよ。君が気にすべき事は、生まれ変わってからの人生だから」
神はそう言うと、ミツキに柔らかい光を放つ物体を差し出した。
「これは……?」
「君の大切な人だよ。厳密にはショウの魂、だね」
受け取るように促されて、両手を差し出す。
渡されたそれは温かく、そして変わらず優しい光を放っていた。
「彼は、良い人だね。君と同じように、最期まで君の事を想っていたよ」
神の表情には、優しい笑みが戻っていた。
「はい……私の、自慢の人です」
ショウは、素敵な人だった。彼自身大変なのに、毎日庇ってサポートをしてくれた。あの義父母と義妹の悪意から、日々守ってくれていた。自分にだけでなく、幼なじみにとっても良いお兄さんで、それは嫉妬するほどだった。それだけショウは優しくて、頼れる存在だった。好きにならない事は、不可能なほどに。
「もう少し、一緒にいたかったです」
「うん。出来るよ、未来で」
「……未来?」
神の言葉に首を傾げる。死んだ自分たちに未来がある訳がない。
だがそんなミツキに神は微笑んで、少し離れた空間に手招きをした。
何なのかと見ていれば、一つの銀河が引き寄せられる様にして神の手元まで飛んできた。
小さな星の集合体の中に、地球と同じように青い星を見つける。少し離れた場所には太陽に似た星もある。これが太陽系です、と言われたら信じてしまいそうになるほど、ミツキが生きていた太陽系にそっくりだった。
「さっき言ったこと、覚えてる? 君が気にすべき事は、生まれ変わってからの人生だって」
「生まれ変わる……私、生まれ変わるんですか?」
「生きているものは、生まれ変わって命のサイクルをしているものだよ。生まれ変われないのは、魂が次の生を受けられないほど消耗している奴ぐらい」
「私、生まれ変われるんですか?」
「勿論。それに、ショウもね。まぁ、君たちの転生は今言った命のサイクルとは違って、僕が人為的に起こすものだけど」
「貴方が? どうして?」
「ん~、神様の気まぐれなサービス? だと思って」
「私たちだけこんな待遇、許されるんですか?」
「僕が大丈夫って判断したから大丈夫だよ。それに、君にとっても悪くないことだと思うよ? 彼と新しい世界で一緒になれるんだもの」
「それは、そうですけど……」
ミツキは掌で輝くショウの魂を見つめた。
本当に気まぐれだろうか。それとも何か理由があるのかはわからない。どちらにしても、ミツキにとって好都合なのは確かだった。
愛する人と、一緒になりたかった。あのまま生活して、結婚をして、一緒に年を取っていきたかった。
その願いが、頷いただけで叶う。それはとても魅力的だ。しかし……
「すみません。気持ちは嬉しいのですが、そのまま受け取る事は出来ません」
「ほぅ……その言い方だと、条件付きなら受け取ってくれる、という事かな?」
神の言葉に、ミツキは頷いた。
正直、神のサービスとやらを拒否する事は難し過ぎる。何せ望んでいた全てが叶うのだ。生まれて初めてここまでの欲を覚えたと言っても過言ではないほど、転生の話は美味しいものであった。
だが、そのまま受け取る事に危機感を覚えているのも本心だ。
都合の良い話しには大体裏がある。あの性根の腐った義父母たちが自身の罪をひた隠しにしながら、自分たちを引き取って育てたと美化しているのを見ていれば嫌でも学ぶ。
だから目の前にいる神とやらにも裏があるのではと、そう身構えてしまう。無条件で受け入れてしまうリスクを考慮すれば、交換条件を設けるべきだと、そう判断した。
「お互いの想いがないと絶対一緒になれない、という風にしてもらえますか?」
「君はそれで良いの?」
「はい。むしろそうしてもらわないと、神様の気まぐれに選ばれなかった人たちから恨まれてしまいます」
ただですらフェアではないのだ。神は何とか言っているが、やはりそこはしっかりしないといけない。
「たとえショウさんに想いがなくなったとしても、振り向かせられる様に頑張りますから」
人の心は移ろいやすい。それこそ前世の想いを引き継ぐほど何かを強く想う心も珍しいだろう……乗り越える壁としては、上等な条件だ。
「そんなに気張らないでも大丈夫だよ。君の彼氏は、よっぽど君の事、好きみたいだから」
ほら と、神がショウの魂を指さした瞬間、今まで聞こえなかった声が耳に届いた。
「ショウ、さん」
――生まれ変わったら、今度こそミツキを守るよ。たとえ周囲が敵になても、必ず守るから
(ああ、もう……)
好きだと、そう想う。
それが死しても同じだという事が、嬉しくて、辛い。
「期待してるわ、ショウさん」
冷たい水の中で寒かっただろう、苦しかっただろうに、ずっと自分の事を思ってくれていた。来るのかもわからない未来を、ともに歩む事を望んでくれていた。そんな彼の想いを、無碍には出来ない。
「準備は良いかな?」
「はい、大丈夫です」
心は既に決まっている。ならいつまでもここに居るべきではない。
新しい世界で、彼に出会いに行かなければ。
「……おやすみ、愛しい子。僕はいつでも見守っているよ」
気が遠くなってく最中、前髪の上から額に口付けが落された。
忘れられない優しさとともに、ミツキの意志も急降下していく。
(ありがとう……お父さん)
掌に感じる愛する人の熱を感じながら、ミツキは生まれ変わる世界に落ちて行った。
ショウサン ハ、ワタシノ モノ
不吉な声には、気付かないまま。
*****
「ノエル……ノエルッ!」
名を呼ばれてノエルが目を覚ませば、眉間に皺を作って顔をのぞき込んで来る親友と目が合った。
彼女の青い瞳は、心配そうに揺れている。そこまで気遣わせてしまったかと思い、ノエルは微笑みながら声をかけた。
「暖かな陽気で、つい眠ってしまったわ。心配かけてごめんなさいね」
「……変な夢でも見た?」
「夢? いいえ、見てないわ。どうして?」
「気付いてないって、それ全然大丈夫じゃないしっ」
そう言うと、少女はポケットから白いハンカチを取り出して、キョトンとした表情を浮かべるノエルに差し出した。
「泣いてるじゃん」
指摘されて、そこでやっと頬に冷たさを感じた。
どうやら眠りながら泣いていたらしい。初めての事に、ノエル自身驚いた。
「私、泣いているわね」
「本当に気付いてなかったんだ……それで? どんな夢だったの? それとも現実のこと?」
受け取ったハンカチで涙を拭く彼女を窺うように見つめてくる友人に、ノエルは「本当に、何もないのよ」と苦笑を漏らした。
何せ、夢の内容など覚えていないのだ。ここ最近、嬉しい事は有れど悲しい事もない。嫌な事を思い出して泣く性格でもなければ、今までもこんな事はなかった。ノエル自身、本当に心当たりがないのだ。
「本当に何もないのよ。夢も覚えていないし、悲しいとか、そんな気持ちも全くないの」
「ふーん……」
「そんな目で見ないで? 多分、悲しいとは逆の夢だったんじゃないかしら。私、今とっても満たされた感情しか持っていないから」
事実、ノエルの心に悲しい感情はない。なんとなく懐かしいような、微かに温かいものが残っている。覚えていないのが惜しい気もするぐらいだ。
「なら、いいけど」
ノエルの本心に、少女は渋々ながら引き下がった。きっと本音は納得していないのだろう。そんな彼女に、ノエルは優しく微笑んだ。
(ここまで心を開いてくれるようになって、良かったわ)
慈善活動のためにいつも訪れる、教会付属の孤児院で仲良くなった少女は、少し前まで人を避けていた。
渋々といった体で手伝いはしていたが、その他は我関せずという態度で、ノエルだけではなく、他の者にも距離を取っていた。
だが、あるやり取りを境に、少女はノエルに心を開くようになり、一緒にいる時間も増えていった。今では互いに姉妹のように感じるほど、二人の仲は良好である。
「それで、行けそう?」
少女は自身が身に纏っているマントと同じ物をノエルに手渡した。
少し薄汚れたマントは、貴族令嬢が身に着けるものではない。
しかし、ノエルはそれを笑顔で受け取った。それがこれから向かう先で自分を守る物になるのを知っているからだ。
「ええ、大丈夫よ。次はいつ行けるか、わからないもの」
「貴族のご令嬢がする内容じゃないと思うけどね~。スラムの環境調査なんて」
少女の言う通り、十代に足を突っ込んだばかりの貴族令嬢がする事ではない。いくら王子の婚約者といえど、周囲も、そして国王や王妃、一般市民ですらそんな事まで望んでいないのも確かだ。
「そうね、私が好きでやっているだけのものだから」
「『スラムの現状を直接見るために力をかしてほしい』なんて云って来た時は耳を疑ったわ」
そう、これはノエルが自分で決めて行動しているものだった。
ノエルとて、己がしている事はまだ早いと感じている。これはその地域を管理している貴族の仕事だ。そもそもノエルのする内容ですらないのだ。
「王妃になって現状を知るより、今から知っておきたいのよ」
「そういうもんなの?」
「さぁ、どうでしょう……でも、私はそうだと思うわ」
ノエルにとって、王妃というのは国母というだけでなく、アルフレッドを支える伴侶だ。むしろそっちの方がノエルにとって重要で、だからこそ、今から国の現状を把握して学んでおきたかった。
治安の最悪な場所に行く危険は承知している。だから魔法も学んだし、大人相手に戦う術も身に着けた。何も対策していない訳ではないのだ。
「いつもありがとう、マリア。あなたのお陰で、色々学べるわ」
唯一何も出来ないのは、現地の状況を先に知る事だ。
スラムという場所は貴族社会とはほど遠い場所。言ってしまうと、関わる事がないのである。近くを通る事はあっても、地区の中にまで入る事はしない。大人もスラムの現状を知らないのだ。
そんな問題を解決してくれたのは、他でもないマリアだ。
マリアはスラムの中で生きてきた。家もなく彷徨いながら生活をして、自分の身を守ってきた。
そんなもう戻りたくないような場所の案内を、交換条件ではあるが引き受けてくれた彼女に、感謝してもしきれない。
「代わりにノエルに勉強おしえてもらってるからね~。スラムの事はアタシに任せてよね!」
得意げに胸を張って笑う少女に、ノエルも微笑む。
少女の桜色の髪が、風に誘われるように揺れた。
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