第8話 仲間を作りましょう2 ★
※2021/09/20に書き直しました。前回の面影はありません。まるっと変わっています。
まるで病人みたいになってしまった友人をソファーに座らせて事情を伺えば、案の定、アカリの被害に遭っていた。
(元々手遅れのような気はしていたけど、間に合わなかったかぁ)
俺の言った予想に驚愕しながら頷くウィリアムの様子で全てを察する。
外の人間に理解してもらえたのが嬉しかったのか、沈んでいた彼の金色の瞳が若干ギラついたのにちょっとだけ引いた。怖い……。
『また夜中に忍び込んでくると思うと、夜も眠れなくて』
ポツリ と、消えそうなほど小さな声で云った友人は泣きそうな顔をしていた……いや、あれは泣いていたのかもしれない。
わかるよ。俺も前世で何度も泣きそうになったもの。
ミツキがいなかったら、俺はもっと早くに耐えきれなくなって家を出ていた。
二十を超えた俺だってそうだったんだ。まだ経験のないウィリアムはもっと辛いだろう。
(これは家に戻さない方がいいな)
聞きたい事は多々あれど、十才の子どもがこんな精神的にも身体的にも疲弊していて良い訳がない。
ほんの少しハチミツを溶かした温かい紅茶を飲ませつつ話しを聞き、フィンが戻って来たところでウィリアムを客室のベッドに寝かせた。
しかし家での不安が込み上げて来たのか、はたまた普通に遠慮しているのか定かではないが、ウィリアムは何度もベッドから降りようとする。
まぁ、仕方ないかな、と思う。突然城のベッドに寝かせられたら、俺も目を剥いて飛び降りる。相手が己の主なら尚更だ。
だからといって、ノイローゼ気味の彼をそのままにしておく事も出来ない。
『……フィン』
『承知致しました』
阿吽の呼吸が出来るって素晴らしい。
俺の一言で、フィンは何も聞かず俺の思っていた事を全て熟した。
良く眠れる効果のあるお茶を出し、気分が和らぐ香を焚いて、直ぐさま医師の手配とジュード家に伝言を届に向かってくれた。
まだ十四だよ? うちの執事見習い優秀過ぎない?
そんなこんなで、ウィリアムも諦め半分限界半分で眠りに就いた。
それ以降、俺がくしゃみをしても目覚める事なく眠っている。眠ってほしいと思っていたけど、今度は逆に怖くなってきた。起きない赤子を心配する親のように、度々生存確認しに行ってしまう。
「医者は何て?」
「やはり心身ともに疲弊しているそうで、まず数日は絶対安静だそうです」
ウィリアムが眠る寝室の続き部屋で、戻って来たフィンから報告を聞く。
ついでに、彼が戻ってくるまでに俺が進めておいた事も伝えておく。情報共有、これ大事。
「ジュード家の方は?」
「王子の申し出に感謝しておりましたよ。『不甲斐なくて情けない限りだ』と」
「あのモンスターを優しい侯爵が押さえつけるなんて難しいだろうし、しょうがないよね。前侯爵だって弟子じゃない女性には厳しく接せられないもん。こうなるよ」
前侯爵のビルはそれなりに厳しい人だが、女性相手にはとても弱い。
弱いというより、強く出るのが苦手なのだろう。紳士とはちょっと違うのは確かだ。
そして息子である現侯爵もそんな部分が似たのか、女性にはとても弱い。だからアカリに泣かれれば何も出来なくなるのは容易に想像がついてしまう。
同じ女性であり、しっかり者の夫人と姉君が頑張ったとしても、悪者扱いされるのがオチだ。前世の俺の家庭環境同様、ジュード家の中は相当殺伐としていたに違いない。
「王子が陛下に許可を取ったといえど、一家庭の問題です。後ほど改めてジュード侯爵とビル師匠が謁見して全て説明するそうです」
「ん、了解。その時こっちに寄ってもらうように伝えておいて」
「承知致しました」
他の家庭事情に首を突っ込むのは間違っている。が、ウィリアムは俺の側近候補だし、何よりアルフレッドに対してしっかり意見してくれる数少ない貴重な友人であり、ただの十才の少年だ。
親が守れないなら誰が守る。
俺だ。
(守れたのなら、開き直って行動して良かった)
「王子の方は如何でした?」
「こっちはウィルが眠るのに渋ったくらいかな」
「生真面目な方ですからね。色んな感情が邪魔をしていたのでしょう」
「眠る事に恐怖もあっただろうから、尚更ね」
こんな子どもに恐怖心を植え付けるなど到底許されぬ。
というよりこんな子どもに手を出すアカリの精神が理解出来ない。いや出来ない方が良いのだろうけど。
「陛下も臣下の子が目の前でこんな状態になっていたら、何もせずという訳にはいきませんし」
「始めは『家庭の事情に……』って仰ってたけど、ウィルの顔見せたら即行で許可降りた。子どもの保護に厚い国でよかったよ」
この【王国・グランディオーソ】は、子どもに関する法律が他の国と比べて非常に厳しい。
虐待に関しては問答無用で処罰対象。貴族であればその地位は剥奪される。強制労働施設行きも珍しくはない。
「半年も養子申請しなかった理由も問われるでしょうね」
「仕方ないよ。理由はなんであれ規則に反しているのだから、手助けは出来ても逃がしてあげられない」
養子をとれば申請が必要なのは他の国と変わらない。しかし我が国では、その後の定期的な面会は孤児院だけでなく国……この管轄は王妃なので王妃、または王妃直属の行政機関も行う事になっている。
過去に孤児の増加や失踪、人身売買や殺人が増加した時があり、その悲惨さに当時の王妃が動いた影響が大きい。
今でも市井やスラムに向かうほど孤児は多いし、貴族間で行われている令嬢への奴隷のような婚姻など、まだまだ問題解決にはほど遠い。こびり付いた汚れがなかなか落ちないのと同じだ。
それでも一番酷い時と比べればまだマシになった方だという。
今の俺はまだ現場を見ていないので判別出来ないが、そうであってほしいと願う。
そんな始めの一歩を踏み出した当時の王妃の志は代々受け継がれ、今日も子どもたちを守っている、という事だ。まだ旅の途中だとしても、評価される政策だと思う。
「取りあえず、ウィルには暫くここで生活してもらうから。フィンもこまめに顔みせに来てあげてよ。彼の兄弟子でもあるんだから」
「そうさせていただきます。出来の良い弟の世話が焼ける良い機会なので」
「それは、ほどほどにね?」
フィンの笑顔に思わず苦笑する。
フィンとウィリアムは、ビルに剣を学ぶ兄弟弟子だ。
何ともない風を装ってはいるフィンだが、弟弟子の疲弊した姿に心を痛めていた筈だ。フィンという男はそういう性分なのである。
安全な場所で療養出来る。それもすぐ駆け付けられる場所にいさせる事が出来るとなれば、それを守ろうとするだろう……ここでのウィリアムの安全は確保出来た。
「……さて、ちょっと部屋を移動しようか」
「戻られますか?」
「うん。ウィルの事は心配だけど、他にやることもあるし、友人に緊急で連絡取りたいから」
「では、私は出かける準備をして参ります」
「人数多いし直ぐには終わらないから、ゆっくりで良いよ」
客間を出て、自室に送ってくれたフィンが準備のために下がった後、俺は便箋と封筒、そして働き出したばかりのペンを準備して、別の紙に書く内容をまとめ始めた。
前世の連絡手段は書き直し可能なデジタルだったので、こうして一発勝負な紙に書く作業は苦手だったりする。そこら辺はすらすら書いていたアルフレッドを見習いたい。
「……ヴィクターに、リオンとイアン。ディルクに彼らの婚約者たちにも協力を仰ごう。この先の事を考えれば、今から関係改善しつつ情報共有出来ていた方が良いし」
今はアカリの件だけだが、あと六年後には、あの乙女ゲームで起きた悲劇が待ち受けている。最悪な未来を退けるためにも、今から行動した方が良い。その時になってからでは遅すぎる。
「今の俺が、一人で対処出来る訳じゃ無いしな」
始めこそ、自分一人でどうにかしようと考えていた。
けれど……俺は今、信頼も無ければなんの力も持たないダメダメ王子だ。そんな平民の子ども以下の王子が一人で動いたところで、一体何が出来るというのだろう。それ以前に、耳を傾けてくれる者もいない筈だ。
「アルフレッドとして、今までの所業を反省して、皆に認めてもらえるようにしなくちゃ」
始まったばかりの戦いに気合いを入れる。
まだ踏まれていない積雪の様な真っ新な便箋に、決意の一歩を綴り始めた。
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