シンデレラ~after story

ぶんぶん

王子を探して

 昔々あるところに、シンデレラという一人の女がおりました。シンデレラは長年、継母とその娘ににいじめられていましたが、お城の舞踏会で王子様に見初められて結婚し、ついに幸せになることができたのです。

 でも最近のシンデレラはあまり幸せではありません。愛する夫が竜退治に行ったきり、帰ってこないのです。三ヶ月の後、シンデレラのいる城に一つの箱が届きました。大きな長四角の箱。シンデレラたちは何かしらと開けてみました。そこにはなんと、王子と一緒に竜退治に行った、妖精のゴッドマザーの死体が入っていたのです。黒こげに焼けた死体の放つ異臭。従者の何人かはあまりの惨さに気を失ってしまいました。シンデレラが嫁いでからも、何かと世話を焼いてくれたゴッドマザー。シンデレラはショックでした。しかし気持ちは負けていません。王子はきっと生きている、助けに行かなければと決意をしたのです。でもシンデレラに、竜を倒す力はありません。剣を持ったことはないし、かつて助けてくれた妖精のゴッドマザーも、もういません。国の強い兵士たちは皆、王子が連れて行っていました。途方に暮れていると、シンデレラは一つの考えを思いつきました。国が禁止している黒魔術に頼ることにしたのです。城付きの神父は反対します。神に祈りなさい、祈りが叶わない時は、何か考えがあるのだから、と。しかしシンデレラは聞く耳を持ちませんでした。

 シンデレラは懐かしい屋敷を訪ねます。そこにはかつて自分をいじめていた継母が住んでいました。シンデレラは継母の部屋をよく掃除させられていたので、その本棚に黒魔術について書かれていたものが隠してあることを、知っていたのです。一通り悪口や皮肉を言われ、なじられ、法外な対価を求められた上、更に厳しい口止めをされた後、継母はようやく黒魔術を使うことを了承しました。継母が悪魔を召喚すると、シンデレラは契約を交わしました。悪魔はシンデレラに王子を助ける力を与える。シンデレラは王子を助けた後、悪魔に魂を与える、と。シンデレラは怖くありませんでした。王子のためなら、この魂がどうなっても構わないと決めたのです。王子を愛する愛がそうさせたのです。

 シンデレラは城に戻ると、すぐに部隊を編成しました。王子を助けに行くのです。竜を倒したあかつきには、その死体の上で王子とダンスを踊ってやるのだと心に決めました。持っていくのは、初めて王子と踊ったときに着たドレスとガラスの靴。ゴッドマザーにまた作ってもらっていたものでした。神父は出陣するシンデレラに聖書を手渡しました。宝石と金粉のついた国の宝の一つでした。シンデレラは悪魔に魂を売った今、聖書など何の意味があろうとは思いましたが、後ろめたさにそれを持っていくことにしました。王子の帰還を待ち望む王や従者、国民の期待を一身に背負い、シンデレラは国を後にしたのです。乗るのはもちろん、そう、カボチャ型の馬車。王子に初めて会いに行った馬車で、再び王子を迎えに行くのです。

 意気揚々と出発したシンデレラ。しかし、王子探しの旅は苦しい旅になりました。三日目の夜。山で夜盗に襲われ、兵士の半分と、食料や武器などの物資三分の二を失いました。カボチャの馬車もボロボロに破壊されてしまいました。幽霊が出ると噂される甘霧(あまぎり)の森では、人の心を乱す霧に阻まれて、兵士達が発狂し同士討ちしてしまいました。シンデレラを守っていた第一の衛兵隊長も、シンデレラを殺そうとしました。シンデレラは悪魔にもらった竜を殺すための弓矢、三本のうち一本を使わざるを得ませんでした。人を殺したのは初めてでした。命からがら、馬と最低限の荷物と共に森を脱出しました。更に二日後、馬の身体に出来物がたくさん出現し、馬は泡を吹いて死んでしまいました。シンデレラはボロボロです。履いていた靴も穴が開いてしまいました。でもガラスの靴は履きません。これは特別な時に履く靴だからです。

 ところが、ボロボロのシンデレラよりももっとボロボロの姿をした、一人の男の子に出会いました。男の子は街の門で物乞いをしていました。男の子からはひどい臭いがしました。事情を聞くと、家が貧しく口減らしのために親に売られ、売られた先でひどくいじめられているとのことでした。シンデレラは一刻も早く王子を助けに行きたいと考えていました。でもどうしてこの男の子を見捨てることができるでしょう。シンデレラは、男の子の境遇に、かつての自分を重ね合わせていたのです。シンデレラは街の有力者に金を持たせて、男の子を保護してくれるよう頼もうとしました。しかしそこはもはやシンデレラの国ではありません。王子の妃であることを告げても、ボロボロの身なりでは誰も信じてくれません。シンデレラは今こそ、とっておきのドレスを着る時だと判断しました。王子と初めて踊った時と同じデザインのドレス。透き通ったガラスの靴。太陽にかざすとキラキラと輝きます。シンデレラが着替えると、街の有力者は屋敷の門を開いてくれました。しかしどうでしょう。服装と身なりは貴族のようであっても、シンデレラの髪や肌は泥だらけでした。そうです。有力者は、シンデレラを王子の妃として信じたのではなく、派手な服装をした遊女として家に招いたのです。シンデレラはまたもや、弓矢を使いました。弓がへし折れるまで、何度も突き刺しました。街の有力者を殺したシンデレラは、もうそこにはいられません。血の付いたとっておきのドレスを脱ぎ捨て、シンデレラは再びボロをまといます。そして夜のうちにこっそり屋敷を抜け出しました。ガラスの靴だけは、袋に入れて背負いました。その靴を履き、竜の死体の上で王子と踊るのですから。シーツを結んで高いところから抜け出すのは慣れっこです。シンデレラはまだ男の子のことを気にかけていました。朝霧の漂う頃、街の門で物乞いをしているあの男の子に、シンデレラは国の宝を手渡しました。神父にもらった、宝石と金粉のついた聖書です。それを売り払い、家を出なさいと告げました。男の子はそれまで見せたことのない笑顔と涙でシンデレラに礼を言い、去って行きました。シンデレラはその後ろ姿を見送ります。かつてのゴッドマザーのように。街が騒がしくなってきました。自分のしたことが露見したに違いありません。シンデレラは駆け足で街を後にしました。

 シンデレラに時間はありません。竜は今にもその牙と爪で王子を引き裂くか、あるいは灼熱の吐息で王子を焼き尽くすかもしれないからです。加えて、有力者を殺した街からも追手が来ているはずです。シンデレラは険しい山間部を歩きます。シンデレラに残されたのは、悪魔にもらった竜殺しの弓矢一本とガラスの靴だけ。シンデレラはひどい空腹感を覚えていました。そこでシンデレラは一か八か、再び力を使うことにしました。シンデレラは幼い頃から、動物と意思疎通をすることができました。継母の屋敷では、よくねずみや小鳥たちに、掃除を手伝ってもらったものです。しかし黒魔術を使ってからは、なぜか動物達が自分に寄り付かなくなっていました。シンデレラは、その美しい声で歌を歌います。いつもならその歌に引き寄せられて、動物たちがやってくるはずでした。何か食べるもの、果物や木の実を持ってきてもらおうと考えたのです。しかし動物たちは来ませんでした。シンデレラが呼びかけても、動物たちは死んだような生気のない目でこちらを見、そして去って行くのです。シンデレラは植物の根っこや、なっている木の実を手当たり次第口に含みました。大抵は苦く、食べられたものではありませんでしたが、少しでも空腹を満たすことはできました。

 竜の山は、植物一本生えない、岩だらけの山でした。火山が生きていて暑く、地鳴りがしていました。時折卵が腐ったような臭いが漂っています。シンデレラは不安と心細さでいっぱいでした。自分の国の兵士の死体が、そこらじゅうに転がっていたからです。みな顔が恐怖で歪んでいます。ある者は両手を上げたまま、真っ黒な塊になっていました。シンデレラの脳裏に、黒こげになったゴッドマザーが映ります。シンデレラの体は震えていました。しかし歩みは止まりません。王子に会いたい。その一心で。継母にいじめられ、苦しんでいた自分を救ってくれた王子。あの笑顔をまた見たい。あの笑顔に飛び込みたい。

 竜の住処は山に開いた大きな洞穴でした。洞窟は溶岩の温度でいよいよ暑く、時折煙で視界が悪くなりました。ゆっくり一歩一歩、前に進んでいき、シンデレラはついにその最奥で、竜と対面しました。・・・竜は死んでいました。腐敗もそこそこに進み、悪臭が漂っています。しかもどうしたことでしょう。竜の首には、あの悪魔にもらった矢が突き刺さっているではありませんか。シンデレラは自分の物を確認してみましたが、そこには確かに、最後の一本があります。竜は死んでいた。では王子はどこに。まさか相討ちして溶岩に落ちたのでは。悪い想像ばかりが頭の中を駆け巡ります。するとそこへ、一人の男がやってきました。髭面で筋肉は隆々。五十代くらいの年齢の男です。シンデレラは警戒して最後の弓矢を引き絞ります。男は驚いた様子で手をばたつかせ、敵意が無いことを訴えました。話を聞くと、なんでも竜の死体から、鱗や爪などを剥ぎ取りに来たんだとか。数ヶ月前にある男と兵士たちが竜と戦い、勝った。自分はその死体から資源として使えそうなものを回収して加工し、売り捌いている。竜を倒した男は町の英雄として迎えられ、今はふもとの小さな小屋で暮らしているようだ、とのことです。シンデレラが男の特徴を聞くと、なるほど、聞けば聞くほど王子にそっくりではありませんか。シンデレラの胸は高鳴ります。やっとだ。やっと王子に会える。再会の形は、自分の想像とは違っていたけれど、そんなことはどうでもいい。早く会いたい。シンデレラは男から小屋の場所を尋ねると、急いで走り出しました。息が切れても、つまづいても、全力で走りました。こんなに急いだのは、最初の舞踏会から帰る時以来です。

 小屋はすぐに見つかりました。人の気配もします。シンデレラはまず息を整えます。身体は泥まみれ、汗まみれでしたが、多少の小汚さは王子も許してくれるでしょう。なにせ、召使いとされていた自分を娶ってくれたくらいなのですから。よくよく深呼吸をしてから、シンデレラは窓から中を覗いてみました。すると、あぁ、なんということでしょう。夢にまで見た王子がそこに、しかといるではありませんか。シンデレラは嬉しさのあまり心臓が口から出てくるかのような心地でした。一瞬だけ見てまた隠れ、一瞬だけ見てまた隠れました。王子の顔は、今のシンデレラにはそれほど輝いているのです。シンデレラは、急いでガラスの靴をはきました。ドレスはないけれど、靴だけはピカピカです。手櫛でサッサと髪を整えます。シンデレラは深呼吸してから、もう一度だけ窓から覗き見ました。・・・見なければ良かったと思いました。王子が誰かに、誰か知らない女に笑いかけています。そして二人は・・・あろうことか・・・キスをしたのです。

 悪魔がやってきました。シンデレラの魂を回収するためです。シンデレラは抵抗しません。もはやすべてがどうでも良いのです。魂を悪魔に売り、たくさんの命を無駄にして、それで得た結果がこれなのです。夢はありません。希望もありません。シンデレラは二人が去った後の小屋に入りました。高級な調度品は何もありませんでしたが、何となく幸せそうな雰囲気は伝わってきました。シンデレラはガラスの靴をぬぎ、入口に置いておきました。シンデレラはこの小屋を死に場所に決めたのです。あの人の心の中に、無理矢理にでも自分の場所を作りたくて。

 魂を抜かれる時が来ました。悪魔がシンデレラの心臓に手をかけます。シンデレラは聞きました。自分の魂はいつまで悪魔のものになるのか、と。一年か、三年か、十年か。はたまた最後の審判が訪れる時までなのか。悪魔は永遠に、とは答えませんでした。シンデレラの境遇を憐み、可哀想に思った“ふり”をしたのです。その方が楽しいからです。悪魔は壁に掛けてある時計を指さします。あの時計が十二時の時を告げるまで、と言うのです。壊れて、二度と動かなくなった時計を指さして。


 それから十年の月日が流れました。シンデレラの魂はまだ、悪魔のおもちゃとして弄ばれていました。死なない魂を痛めつけるのが、悪魔は楽しくてたまりません。王子と女はもう一度その小屋にやってきましたが、それからは二度と来ることはありませんでした。人気のなくなった小屋は、森の動物たちの住処として荒らされ、件の時計も、いよいよ壊されていきました。シンデレラの身体も、もうとっくの昔に白骨化し、仮に時計が十二時の時を告げて魂が解放されても、戻る肉体はありません。希望はありません。



 しかしその日は来るのです。その日、一人の青年が小屋だった空間を訪れました。辺りを見回し、シンデレラの骨の前で言うのです。あなたを迎えに来た、と。青年の右腕には、宝石と金粉のついた聖書が握られていました。

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シンデレラ~after story ぶんぶん @Akira_Shoji

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