50階層式エレベーターは50回しか止まらない

ちびまるフォイ

貴重なる4人の犠牲

目が覚めたときにはすでにエレベーターに閉じ込められていた。

自分の他にも3人の人間が寝そべっていた。


スマホを取り出してもネットも電話も通じない。


「ちょっと……どこよここ」


「地震が起きてエレベーターに閉じ込められたのか?」


「そんわけないでしょ! 私さっきまで家にいたのよ!?」


「落ち着いてください! 電気は通ってるみたいだから出られますよ!」


俺はエレベーターのパネルを指差した。

各階のパネルにはライトが灯っている。


「早く1階を押してよ! はやく!!」


「わかりましたって」


「1」のボタンを押すと、エレベーターが動き始めた。

1階に到着するのはすぐだった。ドアが開くと誰もが固まった。


「なんだこれ……」


1階のフロアはコンクリートで囲まれた部屋だった。窓一つない。

なぜかテーブルが置かれてたくさんの食事や飲み物がバイキングのように並べられている。


奥には見るからに高そうな洋服がハンガーにかけられ、宝石が並べられている。


「誰か! 誰かいないのか!」


声をかけたがコンクリートの壁に反響するばかり。

エレベーターにいた女が飛び出した。


「すごい! これ見て! こんなに大きいダイヤみたことない!」


嬉しそうに宝石が並んだ棚に飛びついた。

するとエレベーターのドアが閉まりはじめる。


「ちょっと! 開けておいてよ! ここの宝石を持ち帰るから!」


フロアの方から女の声が聞こえたので、パネルを見たがどこにも開閉ボタンがない。

なおも閉まり続けるエレベーターに気づいた女は猛ダッシュして、わずかな隙間に手を突っ込んだ。


エレベーターのドアはそれでもお構いなしにドアを完全に閉めて、女の手を両断した。


「うわぁぁあ!?」


エレベーターの中にはちぎれた女の手だけが残った。


「おい、早く1階を押しなさい!」


「押してる! でも開いてくれないんだ!!」


1のボタンを連打していると、今度は最上階である50のボタンにランプが付いた。

別の男がボタンを押していた。


「みんな落ち着けよ。がめついバカ女のことは忘れて冷静になろうぜ。

 1階はさっき見たとおりだ、外に出られそうな場所はない。

 だったら1度高いところへいこう。高いところならここがどこかわかるかもしれないだろ?」


エレベーターが50階に到着した。

ドアが開くと、やっぱりコンクリートに囲まれた部屋が待っていた。


部屋にはテーブルだけがあるが、1階にあった絢爛豪華な品はない。


「ちっ。はずれか。次だ、49階を押せ」


扉が閉まって、49階で再びドアが開いた。

コンクリートの壁に囲まれた部屋が待っていた。


「またか……。どうやら全部同じみたいだな」


「完全に同じ……ってわけでもなさそうだぞ?」


俺はテーブルの上に残された生ゴミか残飯かわからないものを指差した。

腐臭がしてハエがたかっているが、50階にはなかったものだった。


「これがなんだっていうんだよ。おい、もう一度50階だ。

 各階にどんな違いがあるのか見ておきたい」


男に促されるまま50階のパネルを押した。


「おい早くしろ」


「わかってる。でもなぜか反応しないんだ!」


「どけ!」


男は50階のボタンを何度も押した。

その後で1階のボタンを押したがどちらもエレベーターは反応しなかった。


「どうやら各階で止まるのは1回きりってことかよ。くそっ」


「1階で食べ物とか飲み物がたくさんあったから、持ち込めばよかった……」


「うるせぇな! 今それをいってもしょうがないだろ!」


エレベーターのパネルは2階が押された。

乗り合わせていた一人の老人がボタンを押した。


エレベーターが2階に到着すると、1階には及ばないものの豪華な食事や物資が並んでいた。


「これ、階層が低いほど豪華になるみてぇだな」


男はなるほど、とゲームでもするかのように分析を楽しんでいた。

2階を押した老人はフロアに出て食べ物を手にとって口に運んだ。


俺もフロアに出て両手いっぱいに食べ物を抱えた。


「あ! 扉が閉まります! おじいさん、早く!」


「わしはここに残る、ここには食べ物も飲み物もある……」


「でもこのフロアに助けが来るって保証もないんですよ!?」


「そうだぞじいさん! オレらは頭のおかしいやつの実験に巻き込まれたとして、

 このフロアにとどまった人間が助かるように作るわけねぇだろ!?」


「もういいんだ……わしは疲れたんだよ。人といることに……」


ドアが閉まる前に食べ物をエレベーターの基内へ持ち込んだ。

老人は寂しそうに最後に手を振っていた。


「バカなじじいだ。このゲームをクリアするのに、

 途中のフロアに残って助かるわけがねぇ」


「さっきからゲームゲームって、お前なにか知っているのか」


「知るわけねぇだろ。だが、オレたちは今こうしてなんかの実験に巻き込まれてる。

 不条理な状況に人間を入れる映画なんてごまんとあるだろう」


「それと同じだっていいたいのか……?」


「さあな。そうでも考えないとわからないだろ」


男はなんでも知った風に話したが、解決策を出すわけでもなかった。

当たり前のように俺が確保した食料に手を付ける。


「あ、おい!! なに勝手に食ってるんだよ!」


「オレらは同じ運命共同体だろ。がたがた言うな。

 それにオレのキレる頭を使うにはエネルギーを使うんだよ」


「そういいながら何も解決策を見つけてないじゃないか!!」


「法則性には気づいただろ!? オレのおかげだ!!」


「下の階ほど品揃えが豪華になるってことを見つけただけだ!

 そんなのただ状況報告しただけじゃないか!?」


「それを知ったことで食料確保は下の階を温存するって思考ができるだろうが!」


このエレベーターが残り使える階は3~48階。

各階には1度しか止まらないことから補給ポイントは45回しかない。


上の階ほど食料は劣悪になることが49階でわかったので、

実際には補給できるのはもっと少ないだろう。


今は助けが来るまでどうやってこの食料をもたせるかが肝心だ。


と、思っていると48階のパネルが点灯した。


「おい、なんで48階を押したんだ?」


「……さあな。間違って押したんだよ」


48階に到着すると見慣れたコンクリートと同じ配置のテーブル。

テーブルの上には汚い残飯が残されていた。


食料の点からはこれも確保したほうがいいと思うがどうにも手が伸びない。


そのとき、ドンと背中を思い切り蹴られた。

あやうくフロアに出るところだったが寸前で耐えた。


「お前いったいなにを!?」


「うるせぇな!! 早く出ろ!! このっ!!」


男は何度も蹴り続けて、48階に俺を送り込もうとする。


「間違って押したなんて嘘だな!?」


「止まれる回数にも限界があるのに、食料を分け与えるほうがおかしいんだよ!! さっさと出ろ!」


渾身の蹴りをかわすと勢い余って男はフロアに出てしまった。

男は前のめりに倒れて床に頭を打ち付けた。


ちょうどエレベーターのドアが閉まり始める。


「ま、待ってくれ! おいていかないで!! こんな場所ーー」


倒れた男は振り返って、こちらに手を伸ばしていた。

最後の言葉も言い切れないうちにエレベーターの扉が完全に閉まった。


「もう俺だけ……か」


それから長い長い時間が過ぎたはずなのに、記憶はおぼろげだった。


気がつけばすべてのパネルのボタンを押し切ってしまい、

食料も尽きてただエレベーターに閉じ込められるだけになった。


なぜ老人が2階に留まることを選んだのか今ではわかる。

こんな狭い箱に閉じ込められて一生を終える恐怖を理解していたんだ。


空腹と乾きだけがジリジリと自分を追い詰めていく。


このままとどまっても助からないことを悟ると、

エレベーターの天井をぶち抜いた。


外にははしごも無い。

壁とワイヤーだけがあった。

ここが何階なのかもわからない。


4階で回収した護身用のナイフでワイヤーを傷つけ始める。

もう覚悟は決まっていた。


「どうせこのまま居てもしょうがない。だったら死ぬ覚悟で落ちてやる!」


ワイヤーをぶちんと切るとエレベーターは急速落下した。

このままぺしゃんこに潰れると思ったが、エレベーターはどすんと音を立ててすぐに止まった。


「高い場所じゃなかったのか……?」


天井からふたたびエレベーターの中に戻ると、ドアは開いていた。

ドアを通ると、「B1」と書かれた柱が見える。


「地下1階まで落ちたのか……? エレベーターにはそんなボタンなかったのに」


暗すぎてよく見えないがフロアを見渡していると、

奥には「EXIT」の文字と外につながるドアが見えた。


「そ、外だ!! やった!!」


ドアに向かおうと掛けだした瞬間、思い切りつまづいた。

すると、出口のドアを塞ぐように上からエレベーターが降りてきた。


「ああ! 出口が!!」


向かいのエレベーターのドアが開くと、中の照明の明かりで地下1階が照らされた。

地下1階には一面の人間が横たわって寝息を立てていた。


「うわ!? なんだ!?」


さっきつまづいたのも人間の胴体だとわかった。

雑魚寝のように寝ている人間を避けながら、出口を阻んだエレベーターに近づく。


「くそっ……邪魔だ! 早く上の階に行ってくれ!」


中に入ってボタンを連打しても、エレベーターは動かない。

地下1階から動いてくれれば出口へ行けるのに。


そのとき、ふと見上げるとエレベーターの階数パネルに文字が表示されていた。



【重量ガ足リマセン】



俺はエレベーターの中から後ろを振り返った。

床にたくさん寝かされた老若男女さまざまな人間が目に入る。


やっと見つけた最後のゴール地点を前に、もはや罪悪感などなかった。


地下1階に寝かされていた人間をエレベーターの中に引きずり込んだ。

4人ほど入れたところでパネルに明かりが灯った。


50階のボタンを押しドアが閉まる前にエレベーターから出ると、出口のドアから外に出た。

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