ブルーローズ

Meg

ブルーローズ 前編

 深緑のモミの森、澄んだ湖畔のほとりには、蜘蛛の巣だらけの石造りの古城があった。そこには、没落貴族の娘が住んでいた。

 魔女の末裔とも言われている。


 

 埃を被った、暗い古城の書庫は、棚や床におびただしい本を貯蔵していた。

 本に囲まれた、青白い肌に黒髪の娘ローズは、しゃがんで古文書を睨んでいた。床に置いた大きな鉢内の、いくつもの青い薔薇と見比べる。

 真っ青な花弁はみずみずしく、ほんのり光を纏う。

 古文書に書かれていたとおりの育て方をしたら、薔薇は青くなった。

 一つを摘み取り、震える指先で、簡素にまとめた自分の黒髪に差した。二、三の青い花弁が散り、淡い光を帯びたまま、床の本の上へひらりと落ちた。

 


 ローズは古城の貴族の一人娘だった。この地方の者には珍しく、髪は地味な黒色。

 黒髪は魔女の象徴で、不吉で醜いものだとされている。さらにローズは、生まれつき血色が悪く、骨張った体をしているものだから、よく人に気味悪がられた。一族が昔、魔女の末裔と噂されていたのも、具合が悪かった。

 カビ臭い身分以外、矜恃を持たない両親は、幼い頃からローズを罵った。


「なんでこんな娘が生まれてきたのかねぇ」

「おまえのせいで私たちまで後ろ指さされるじゃないか」


 ローズは常に、自分自身に失望していた。自分が周りの者より劣っていると信じきり、極度に内気な娘になった。

 古城には書庫がある。一族が代々引き継いだ、おびただしい本を収納していた。

 本の内容は様々。歴史、文化、宗教、科学、空想の物語、黒魔術まで。

 ローズは書庫に籠り、目を細くして本ばかり読む、野暮ったい娘になった。



 たまに家の再興を望む両親に、婿探しのために催される夜会へ、むりやり引っ張られることもあった。

 男らはみな、金や栗色の髪の、きらびやかなドレスを着た、おしゃべりで快活な娘たちに引き寄せられていった。

 壁にはりついた、正装しても野暮で、内気で、不吉な髪色の娘には、見向きもしない。

 ローズからしても、自分から男たちと話すことなど、到底不可能だった。心の中で侮蔑されるのではないかと、話す前から恐怖のあまり頭が真っ白になるのだから。

 夜会がうまくいかないと、帰りの馬車の中で、両親はローズをちくちく叱った。


「もっと愛想良くしなさい」

「お前は頭の回転が悪い。誰に似たんだか」

「ほかの家の娘たちみたいにしゃべれないかね、この子は」


 これ以上破壊できる自尊心は、もうない。

 ローズが余計に書庫に引きこもるようになると、最後は両親も諦め、存在を無視するようになった。そのうち、両親は死んでいなくなった。

 古城はローズが相続した。使用人たちはみな、金目のものを持って出て行った。



 古城に一人取り残されたローズは、書庫で毎日、みっともないほど泣いて暮らした。

 両親が死んだからではない。今までの人生で、これからの人生で、誰からも愛されないのが、強烈に悲しかったから。

 夜会で自分に見向きもしない男たちや、そんな自分を尻目に、もてはやされる娘たちの記憶も、自分を責め立てる。

 きっとあの人たちは、ローズがいない時、悪口を言っているのだろう。そう考えると憎くもある。ならば人間はすべからく、自分が味わったような屈辱を味わえばいい。

 が、弱く卑屈な自分が、きらびやかで自信に溢れた彼らと、直接対決して勝つことは、髪色がある日突然黄金に変わるくらいありえない。



 藁にもすがる思いで、貯め込まれた本の中に手段を探した。奇跡的にも、祖先が書いた虫食いだらけの本の1ページに、それを見つけた。

 率直に言って、バカげた方法だった。まるで辛い時の妄想のようで。


 

薔薇の種のきれこみに、当家の黒髪の娘の血を染み込ませ、土中へ埋める。芽生えた青い薔薇を手折れば……

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